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数学の年表

本項目は、純粋数学応用数学歴史に関する年表である。

年表

先史時代

紀元前10世紀以前

  • 紀元前70,000年頃 — 南アフリカ人が、黄土岩に刻み跡をつけることにより幾何学的パターンで装飾する[1]
  • 紀元前35,000年~紀元前20,000年頃 — アフリカとフランスで、時間を計量するための初期の先史的な試みが行われる[2][3][4]
  • 紀元前20,000年頃 — ナイル川流域のイシャンゴの骨より、素数掛け算を示唆する刻み跡が残される。
  • 紀元前3400年頃 — メソポタミア文明において、シュメール人命数法度量衡を人類で初めて発明する。
  • 紀元前3100年頃 — エジプト文明において、初期の十進法が新たな記号を用いて不確かながら行われるようになる[5]
  • 紀元前2800年頃 — インド亜大陸インダス文明において、インダス文明の度量衡に基づく10進法による比率が用いられたほか、その最小単位を長さ1.704mm、重さ28gとする。
  • 紀元前2700年 — エジプト文明において正確な測量の始まりとなる作業が行われる。
  • 紀元前2400年 — エジプト文明において天文暦が作成された。この暦は数学的な規則性の高さから中世においても使用されていた。
  • 紀元前2000年頃 — メソポタミア文明において、バビロニア人60進法を用いた数記法を使用、円周率Πの値を3.125とし人類初の概算値を求める。
  • 紀元前2000年頃 — スコットランドの石球、多面体の対称性をすべて含んだ様々な対称性を持つ石球が作成される。
  • 紀元前1800年 — モスクワ数学パピルス切頭体の体積を求める問題とその解法が記述される。
  • 紀元前1800年頃 — (ベルリンパピルス6619)(英語版)に2次方程式とその解法が記述される[5]
  • 紀元前1650年 — アーメスが紀元前1850年頃から失われた数学文書を筆写してリンド数学パピルスを作り、円周率πの近似値を3.16と定めている。また円積問題にも初めて取り組んでおり、余接を用いている他1次連立方程式を解くための知識も示している。
  • 紀元前1046年~紀元前256年 — 最古の中国の数学書である周髀算経が書かれる。

古代

紀元前10~1世紀

  • 紀元前1000年頃 — 分数古代エジプト人により利用される。しかし、単位分数のみ使用され(分子が1の分数)、補間数表が他の分数の値を近似するために用いられた[6]
  • 紀元前10~5世紀頃 — インドの哲学者ヤージュニャヴァルキヤが自身の著書「Shatapatha Brahmana」の中で太陽と月の運行について記述し、太陽と月の運行が一致する現象が95年周期であると記述する。
  • 紀元前8世紀頃 — ヒンドゥー教の4つのヴェーダの一つであるヤジュル・ヴェーダ無限に関する初期の概念が現れる。この書籍では「もし無限から一部を取り除いたり加えたとしても、変化後もまた無限である」と述べられている。
  • 紀元前800年 — (バウダーヤナ)(英語版)がバウダーヤナ・シュルバ・スートラヴェーダ語の幾何学文書)を記す。この書籍には2次方程式が記述されており、2の平方根を計算し、10進数5桁まで正しい値を求めている。
  • 紀元前6世紀前半 — タレスが自身の名のついた様々な定理を発見する。
  • 紀元前600年頃 — ヴェーダシュルバ・スートラサンスクリットにおける祭壇の作り方を述べた書物)でピタゴラスの三角形を使用する。この書籍には複数の幾何学的な証明が含まれている他、円周率Πを3.16と概算している。
  • 紀元前5~1世紀頃 — 通常の3次の魔方陣を扱った河図洛書が中国で作成される。
  • 紀元前530年 — ピタゴラス幾何学の命題と竪琴の琴線の振動を研究する。ピタゴラスとその弟子達は2の平方根から無理数も発見した。
  • 紀元前500年頃 — インドの文法学者パーニニが(アシュターディヤーイー)を書きあげる。この書籍では演算の計算順序、変換漸化式の使用法が述べられている。この書籍はサンスクリットの文法をシステム化することを目的としていた。
  • 紀元前5世紀 — (ヒポクラテス)が円積問題に取り組む中で三日月形の図形を利用する。
  • 紀元前5世紀 — ヴェーダ・サンスクリット幾何学の書籍「アーパスタンバ・シュルバ・スートラ」の著者である(アーパスタンバ)(英語版)が円積問題に取り組んで2の平方根を計算、10進数5桁まで正しい値を求める。
  • 紀元前400年頃 — インドのジャイナ教の数学者が「Surya Prajinapti」を著す。この書籍ではあらゆる数を可算、非可算、無限の3つに分類している。また、無限を5つの異なる種類に分類している。1~2方向の無限、面積の無限、あらゆる場所での無限、永久無限である。
  • 紀元前4世紀 — インドの数学書で0の概念を意味するサンスクリット語の単語「Shunya」が使用される。
  • 紀元前370年 — エウドクソス面積を決定する方法として取り尽くし法について述べる。
  • 紀元前350年 — アリストテレスオルガノンにおいて論理的な理由について議論する。
  • 紀元前330年 — 中国幾何学の初期の書籍であるMo Jingが編纂される。
  • 紀元前300年 — インドのジャイナ教数学者が「バーガバティ・スートラ」を著す。この書籍には組合せに関する初期の情報が含まれている。
  • 紀元前300年 — エウクレイデス(ユークリッド)が原論の中で幾何学を公理系として研究、素数が無限に存在することを証明しユークリッドの互除法を発見する。ユークリッドは「反射光」における反射の様子を述べ、算術の基本定理素因数分解の一意性)を証明した。
  • 紀元前300年頃 — ブラーフミー数字(現代一般的に使用されている10進法の基礎となる記数法)がインドで普及する。
  • 紀元前300年 — メソポタミア文明において、バビロニア人が初期の計算機であるアバカス(中東地域のそろばん)を発明する。
  • 紀元前300年頃 — インドの数学者(ピンガラ)が「Chhandah-shastra」を著し、人類で初めて0を数記法に取り入れる(当時は0を点で表していた)。また、二進法の記述を行い、フィボナッチ数パスカルの三角形も人類で初めて使用する。
  • 紀元前202年~紀元前186年 — 中国のの時代に算術書籍である(算数書)が編纂される。
  • 紀元前260年 — アルキメデス円周率Πの値が3 + 1/7(約3.1429)と3 + 10/71(約3.1408)の間にあることを証明する。円の半径の2乗に円周率Πを乗じた値が円の面積に等しいこと、放物線と直線で囲まれる面積がその交点2点と直線と平行な接線が接触する1点を頂点とする三角形の面積の4/3倍になることを証明した。アルキメデスは3の平方根に対しても非常に正確な値を与えている。
  • 紀元前250年頃 — 後期オルメカ文明が新世界において、プトレマイオスに先立つこと数世紀前に0の概念(shell glyph)の使用を始めていた。0を参照のこと。
  • 紀元前240年 — エラトステネスエラトステネスの篩を発見する。
  • 紀元前225年 — ペルガのアポロニウスが「円錐曲線」を著し、楕円放物線双曲線に名称をつける。
  • 紀元前206年~紀元後8年 — 算木が中国で発明される。
  • 紀元前150年 — インドのジャイナ教の数学者が「シュタナンガ・スートラ」を著す。この書籍では数論の定理、数学の解法、幾何学、分数、一次方程式、二次方程式三次方程式の解法と、置換の組み合わせについて扱っていた。
  • 紀元前150年 — ガウスの消去法が中国の書籍九章算術に世界で初めて現れる。
  • 紀元前150年 — ホーナー法が中国の書籍九章算術に世界で初めて現れる。
  • 紀元前150年 — 負の数が中国の書籍九章算術に世界で初めて現れる。
  • 紀元前140年 — ヒッパルコス三角法の基礎を作る。
  • 紀元前50年 — ブラーフミー数字の後継記数法としてのインド数字10進法で初めて位取り記数法を使用した記数法)がインドで発展を始める。
  • 紀元前1世紀 — インドの天文学者(ラガダ)が「Vedanga Jyotisha」を著す。この書籍は天文学について取り扱っており、太陽と月の運行に関するルールについて記述している他、天文学の記述に際し幾何学と三角法を使用している。

1~10世紀

  • 1世紀 — ヘロンが負の数の平方根に関する最初の言及を行う。
  • 3世紀頃 — アレクサンドリアのプトレマイオスアルマゲストを著す。
  • 250年 — ディオファントスが未知数に対して与える記号を使用し、「算術」を著す。この書籍は代数学に関する初期の論文の一つである。
  • 263年 — 劉徽円周率πに対して(割円術)(中国語版)取り尽くし法を用いた円周率計算法)を使用する。
  • 300年 — インド数学において、10進法の計量数としての0の初期の導入が行われる。
  • 300年~500年 — 中国の剰余定理が孫子により発見される。
  • 300年~500年 — そろばんの計算法の記述が孫子により行われる。
  • 340年頃 — アレクサンドリアのパップスが自身の(パップスの定理)(英語版)パップス=ギュルダンの定理を自著に記す。
  • 400年頃 — バクシャーリー写本ジャイナ教の数学者により著される。この書籍では様々な段階の無限を含む無限に関する理論を記述しており、や2を底とする対数を扱い、平方根を10進法11桁まで求める。
  • 450年 — 祖沖之円周率πの値を小数第7位まで求める。
  • 500年 — アリヤバータが「アリヤバータ=シッダーンタ」を著す。この書籍ではまず三角関数とその概算値を求める計算方法を導入している。また、正弦関数余弦関数の概念を定義し、正弦関数の値や余弦関数の概算値(0度から90度まで3.75度ごとの値)を与えている。
  • 6世紀 — アリヤバータが日食月食に関する天文学的な定数に対する正確な計算を与え、円周率πを小数第4位まで求める。 また、現代とほぼ同様の方法を取ることで一次方程式に対する数値解を求める方法を得ている。
  • 550年 — ヒンドゥー教の数学者が位取り記数法において0に数的表現を与える。
  • 7世紀 — (バースカラ1世)(英語版)正弦関数に対し有理数による概算値を与える。
  • 7世紀 — ブラーマグプタが2次不定方程式の解法を発明する。これは天文学の問題をとくために代数学を使用した初の例となった。彼はまた、様々な惑星の運行や場所の計算、太陽や月の出没、満ち欠けの計算に対する方法を考案した。
  • 628年 — ブラーマグプタがブラーマ・スプタ・シッダーンタを著す。この書籍では0の概念が明確に説明されており、現代の位取り記数法を用いたインドの数記法が完全に整備された。また、この書籍では正の数と負の数を扱う規則や平方根の値を求める方法、一次方程式二次方程式の解を求める方法、級数の和に関する規則、ブラーマグプタの二平方恒等式ブラーマグプタの定理に関しても取り上げている。
  • 8世紀 — (ヴィラセナ)がフィボナッチ数列に関する規則を与える。切頭体体積問題に無限回の分割を用いる方法を与え、底2の対数を扱いその仕組みを知る。
  • 8世紀 — (シュリダーラ)が球の体積の公式と二次方程式の解の公式を与える。
  • 773年 — カンカーがインドの算術天文学やインドの数記法を説明するため、ブラーマグプタのブラーマ・スプタ・シッダーンタをバグダードに持ち込む。
  • 773年 — アル・ファザイーがハーリフ・アッバーシード・アル・マンスール王の命によりブラーマ・スプタ・シッダーンタをアラビア語に翻訳する。
  • 9世紀 — (ゴヴィンダシュヴァーミ)がニュートン・ガウスの補間公式を発見し、アリヤバータの正弦関数表の分数形式を与える。
  • 810年 — 知恵の館バグダードに建設され、ギリシア語サンスクリット語の数学書のアラビア語への翻訳が開始される。
  • 820年 — ペルシア人の数学者フワーリズミー(代数学の父)が(約分と消約の計算の書)(英語版)(ヒサーブ・アル=ジャブル・ワル=ムカーバラ、Al-Jabr)を著す。この書籍は後に「代数」(アル・ジャブル、代数学の英語名Algebraの語源となった)として各言語に翻訳、版を重ねる。この書籍では代数学において一次方程式や二次方程式に対し解を求めるための体系化した方法論を述べている。算術に関する彼の書籍の翻訳により、西洋では12世紀にアラビア数字による10進法の記数法が紹介されることとなる。アルゴリズムという単語は彼の名前(ラテン語ではAlgorizmiと表記された)から採られたものである。
  • 820年 — (マーハーニー)(英語版)立方体倍積問題のような幾何学的問題を代数学の問題へと変換する方法を考案する。
  • 850年頃 — キンディー暗号理論に関する自著において暗号解読頻度分析について考察する。
  • 895年 — サービト・イブン・クッラ: 散逸している彼の書籍の内唯一残っている断片には、3次方程式の解法と性質が記されている。彼はピタゴラスの定理も一般化し、友愛数(それぞれが互いの約数の和であるような2つの数)の組を発見することにより、(サービト数)(英語版)を発見する。
  • 900年頃 — エジプトの(アブー・カーミル・シュジャー・イブン・アサラム)(英語版) のような記号による数の記述を理解し始める。
  • 940年 — アブル・ワファーがインドの記数法を使用して函数の根を得る。
  • 953年 — アラビア数字を用いた算術において、「数を計算式上で動かし、移項した数を消す必要性が出てきた」ため、初めて塵板(持ち運びのできる黒板)の使用を必要とするようになった。(アブー・ウッ=ハサン・アッ=ウクリーディスィー)(英語版)が筆と紙を使用することによりこれらの方法を修正した。次第に、10進法を利用可能となった長所が地域全体に広まり標準的な表記法となり、これが世界に広まった。
  • 953年 — (カラジー)(英語版)が幾何学的解法から完全に独立した代数学的解法を編み出し、現代の代数学の核となる解法の算術分類へと置き換える。彼は   、・・・、   、・・・といった単項式を人類で初めて定義し、これらの任意の2つの四則演算に対し規則を定義した。彼は代数学の学校を創始、この学校は何百年にも渡り栄える。また、彼は冪乗整数の場合に対する二項定理も発見した。これは「10進法に基づく数値解析の発展において重要な要素となった」。
  • 975年 — バッターニーがインドにおける正弦関数や余弦関数の概念を拡張し、正接関数、正割関数、余割関数のような他の三角関数も導入する。また、以下のような公式を発見する  

中世

10~15世紀

  • 1000年頃 — アブー・サフル・アル=クーヒー (クーヒー)が2次以上の方程式を解く。
  • 1000年頃 — (アブー=マフムード・ホジャンディー)(英語版)フェルマーの最終定理の特別な場合について初めて言及する。
  • 1000年頃 — 正弦定理ムスリムの数学者により発見されたが、アブー=マフムード・ホジャンディー、(アブー・ナスル・マンスール)(英語版)アブル・ワファーの内誰が最初に発見したかについては明らかではない。
  • 1000年頃 — ローマ教皇シルウェステル2世アラビア数字による記数法を使用したアバカスをヨーロッパに紹介する。
  • 1000年 — (カラジー)が数学的帰納法による人類初の証明を含む書籍を著す。彼はこれを二項定理パスカルの三角形立方数の和の証明に使用した[7]。彼は「微分積分学の理論を導入した初の数学者となった」[8]
  • 1000年頃 — (イブン・ターヒル・アッ=バグダーディー)(英語版)が友愛数に関するサービト・イブン・クッラの様々な定理を研究し、10進法の記数法発展に大きく貢献する。
  • 1020年 — アブル・ワファー三角関数加法定理として有名な以下の公式(sin (α + β) = sin α cos β + sin β cos α)を定式化する。彼はまた放物線の求積法や放物面の体積についても考察した。
  • 1021年 — イブン・アル・ハイサムアルハゼンの定理を幾何学的に定式化、解を与える。
  • 1030年 — (アリー・イブン・アフマド・ナサウィー)(英語版)10進法60進法による記数法について扱った著書を書き上げる。彼の著書ではほぼ現代と同様の手法で平方根と立方根(57,342の平方根、3, 652, 296の立方根)の求め方を説明している[9]
  • 1070年 — ウマル・ハイヤームが「Treatise on Demonstration of Problems of Algebra」の作成を始め、3次方程式の分類を行う。
  • 1100年頃 — ウマル・ハイヤームが幾何学的解法に基づき、円錐曲線を用いて3次方程式の完全な分類を与えた。彼は3次方程式の一般的な幾何学的解法を初めて発見し、解析幾何学非ユークリッド幾何学の発展の基礎を作った。彼は10進法による記数法を用いた関数の根も得た。
  • 12世紀 — インド数字がアラブの数学者により洗練化され、現代のアラビア数字による記数法(現代の世界で一般的に使用されている数記法)が整備される。
  • 12世紀 — アラビア数字による数記法がアラブ地域を通じてヨーロッパへと到達する。
  • 12世紀 — バースカラ2世が(リーラーヴァティ)(算術)を著す。この書籍では定義、算術用語、利子計算、算術級数と幾何級数、平面幾何学、立体幾何学、日時計の影、不定方程式の解法、組合せといった内容を扱っている。
  • 12世紀 — バースカラ2世が(ビージャガニタ) (代数学)を著す。これは正の数が2つの2乗根を持つことについて触れた世界初の書籍である。
  • 12世紀 — バースカラ2世が微分法を考案し、さらにロルの定理ペル方程式ピタゴラスの定理の証明を発見、さらに0で割った数は無限であることを証明する。また、円周率Πを10進法5桁まで求め、地球の公転周期を10進法で9桁まで求めている。
  • 1130年 — (アル=サマワール)(英語版)が代数の定義を与える。「算術家が既知の数を使用して問題を解く様に、代数はあらゆる算術法を用い未知数を駆使して問題を解く学問である。」[10]
  • 1135年 — (シャラフ・アッディーン・アル・トゥースィー)(英語版)がイブン・アル・ハイサムに続いて代数学の幾何学への適用を行い、3次方程式の解法を記す。これは方程式を用いて曲線を研究する目的で別の代数への本質的な貢献をしており、代数幾何学の創始となった[10]
  • 1202年 — レオナルド・フィボナッチが自著算盤の書においてアラビア数字の使用法を実演してみせる。
  • 1247年 — 南宋の数学者秦九韶数書九章を出版する。
  • 1260年 — (カマール・アッディーン・アル=ファーリスィー)(英語版)がサービト・イブン・クッラの定理に関する新たな証明を与え、因数分解組合せ数学に関する重要な新たな方法を導入した。彼はまた、友愛数である17296と18416の組を与え、サービト・イブン・クッラとともにピエール・ド・フェルマーの業績に貢献を残した[11]
  • 1250年頃 — ナスィールッディーン・トゥースィー非ユークリッド幾何学の定義整備を試みる。
  • 1303年 — 朱世傑(四元玉鑑)(中国語版)を出版する。この書籍では三角形における二項係数を求める古典的方法を取り扱っている。
  • 14世紀 — インドの数学者マーダヴァ(サンガマグラーマのマーダヴァ、ケーララ学派の創始者)が解析学の父と考えられている。彼は円周率や正弦関数、余弦関数に対する冪級数に関して業績を残し、他のケーララ学派の数学者とともに微分積分学の重要な概念を生み出した。
  • 14世紀 — ケーララ学派の数学者(パラメーシュヴァラ)(英語版)テイラー級数展開に相当する正弦関数の級数展開を発見し、微分法の平均値の定理について述べた、また、彼は四角形の外接円の半径を与えた世界初の数学者となった。
  • 1400年 — マーダヴァが逆正接関数の級数展開、及び逆正接関数と正弦関数の無限級数を発見し、円の円周を計算する多くの方法を発明する。これらを用いて、円周率Πの値を11桁まで求める。
  • 1400年頃 — アル=カーシー代数的数だけでなく、円周率Πのような実数をも近似する10進小数の開発に貢献する。10進小数に対する彼の貢献は非常に大きいため、長年に渡り彼は10進小数の発明者と考えられていた。10進小数の発明者ではなかったものの、アル=カーシーは数世紀後にパオロ・ルフィニウィリアム・ジョージ・ホーナーにより与えられる事となる冪根を計算する方法の特別な場合について、計算するためのアルゴリズムを与えた。また、彼は算術アラビア数字を用いた記数法において、小数点を初めて導入した。彼の作品の中には「計算の鍵、数学における発見、小数点」や「0の効用」がある。「0の効用」の内容は序章に続いて、「数の算術」、「分数の算術」、「星の運行」、「面積」、「未知数の解法」の5つの分野にわかれている。彼は、「正弦関数と弦」や「1次の正弦の値を求める方法」と言った著作も残した。
  • 15世紀 — (イブン・アル=バンナ)(英語版)(アル=カラサーディー)(英語版)が代数学、さらには数学に対し一般的な数学記号を導入した[10]
  • 15世紀 — ケーララ学派の数学者(ニーラカンタ・ソーマヤージ)(英語版)が「アールヤバティーヤ注解」を著す。この中には無限級数展開、代数学の問題、球面幾何学に関する業績が含まれている。
  • 1424年 — アル=カーシーが円に内接、外接する多角形を用いて円周率Πを小数第16位まで求める。
  • 1427年 — アル=カーシーが「計算法の鍵」を完成させる。この書籍は10進小数について深い考察を含んでおり、複数の幾何学の問題を含む様々な問題の解法に対する演算的、代数学的方法を示している。
  • 1478年 — トレヴィーゾ・アリスメティクが書かれる。(作者不詳)
  • 1494年 — ルカ・パチョーリが「スムマ(Summa de arithmetica, geometria, proportioni et proportionalità)」を著す。この書籍では、不明な数にco(cosa)を当てた原始的な記号代数が導入されている。

近代

16世紀
  • 1501年 — (ニーラカンタ・ソーマヤージ)が(タントラサングラハ)(英語版)を著す。
  • 1520年 — シピオーネ・デル・フェッロが特定の3次方程式(x2の項がない3次方程式)を解くための方法を開発するが、出版しなかった。
  • 1522年 — アダム・リースアラビア数字の使用法とローマ数字に対する優越性について説明する。
  • 1535年 — ニコロ・フォンタナ・タルタリアが独立に2次の項がない3次方程式を解くための方法を開発するが、公表しなかった。
  • 1539年 — ジェロラモ・カルダーノが2次の項がない3次方程式を解くためのタルタリアの方法を学び、3次方程式において2次の項を消去する方法を発見、これによりあらゆる3次方程式を解くための方法が生み出される。
  • 1540年 — ルドヴィコ・フェラーリ四次方程式を解く。
  • 1544年 — (ミヒャエル・シュティフェル)(英語版)が「整数の算術(Arithmetica integra)」を出版する。
  • 1550年 — ケーララ学派の数学者である(ジャヤスタデーヴァ)(英語版)(ユクティバーサ)(英語版)を著す。これは世界初の微分法に関する書籍であり、多くの微分学の定理や公式の詳細な由来について記述している。
  • 1572年 — ラファエル・ボンベリが代数学の論文を著し、3次方程式を解くために虚数を使用する。
  • 1584年 — 朱載堉平均律を計算する。
  • 1596年 — ルドルフ・ファン・コーレンが円に内接する多角形と円に外接する多角形を用いて円周率πを20桁まで計算する。
17世紀
18世紀
19世紀

  • 1895年 — ゲオルク・カントールが集合理論に関する書籍を出版する。この書籍では無限濃度の四則演算と連続体仮説を扱っている。
  • 1896年 — ジャック・アダマール(シャルル=ジャン・ド・ラ・ヴァレー・プーサン)(フランス語版)が独立に素数定理を証明する。
  • 1896年 — ヘルマン・ミンコフスキー(数の幾何学)(英語版)を創始する。
  • 1899年 — ゲオルク・カントールが自身の集合理論に矛盾を発見する。
  • 1899年 — ダフィット・ヒルベルトが「幾何学原理」において自己無矛盾性を持つ幾何学公理の集合を示す。
  • 1900年 — ダフィット・ヒルベルトがヒルベルトの23の問題を提示する。この23の問題では将来数学的に解決が必要な問題が列挙されていた。

現代

20世紀

[13]

21世紀

関連項目

  •   (数学ポータル)

  1. この記事はNiel Brandt (1994) の年表に基づいており、ウィキペディアにおける使用の許可を得ています。(英語版のノートを参照のこと。)
  2. 1966年、IBMは1000年から1950年までの数学に関する「Men of Modern Mathematics」と呼ばれる有名な年表のポスターを出版した。これは数学者(主に西洋)や彼らの数学的功績に関する個人的な物語に基づいている。このポスターはカリフォルニア大学ロサンゼルス校教授Raymond Redhefferにより提供された数学者に関する内容とともに、Charles Eamesによりデザインされた。

脚注

  1. ^ Art Prehistory, Sean Henahan, January 10, 2002.
  2. ^ How Menstruation Created Mathematics, Tacoma Community College,
  3. ^ OLDEST Mathematical Object is in Swaziland
  4. ^ an old Mathematical Object
  5. ^ a b Egyptian Mathematical Papyri - Mathematicians of the African Diaspora
  6. ^ Carl B. Boyer, A History of Mathematics, 2nd Ed.
  7. ^ Victor J. Katz (1998). History of Mathematics: An Introduction, p. 255–259. Addison-Wesley. (ISBN 0-321-01618-1).
  8. ^ F. Woepcke (1853). Extrait du Fakhri, traité d'Algèbre par Abou Bekr Mohammed Ben Alhacan Alkarkhi. Paris.
  9. ^ O'Connor, John J.; Robertson, Edmund F., “Abu l'Hasan Ali ibn Ahmad Al-Nasawi”, MacTutor History of Mathematics archive, University of St Andrews, https://mathshistory.st-andrews.ac.uk/Biographies/Al-Nasawi.html .
  10. ^ a b c Arabic mathematics, MacTutor History of Mathematics archive, University of St Andrews, Scotland
  11. ^ a b Various AP Lists and Statistics
  12. ^ D. J. Korteweg and G. deVries, "On the Change of Form of Long Waves Advancing in a Rectangular Canal, and on a New Type of Long Stationary Waves," Phil. Mag., 39 (1895) 4. doi:10.1080/14786449508620739
  13. ^ Paul Benacerraf and Hilary Putnam, Cambridge U.P., Philosophy of Mathematics: Selected Readings, (ISBN 0-521-29648-X)
  14. ^ L. E. J. Brouwer, Über Abbildungen von Mannigfaltigkeiten] Math. Ann. 71 (1911), 97. doi:10.1007/BF01456931
  15. ^ Viggo Brun, "La série 1/5+1/7+1/11+1/13+1/17+1/19+1/29+1/31+1/41+1/43+1/59+1/61+..., où les dénominateurs sont nombres premiers jumeaux est convergente ou finie," Bulletin des Sciences Mathématiques 43 (1919) 100, 124.
  16. ^ J. v. Neumann, "Zur Theorie der Gesellschaftsspiele," Math. Ann. 100 (1928) 295. doi:10.1007/BF01448847
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  • David Eugene Smith, 1929 and 1959, A Source Book in Mathematics, Dover. (ISBN 0-486-64690-4).

外部リンク

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