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世襲親王家(せしゅうしんのうけ)は、南北朝時代から江戸時代の日本の皇室において、当代の天皇(今上天皇)との血統の遠近に関わらず、代々親王宣下を受けることで親王の身位を保持し続けた四つの宮家をいう。定親王家ともいう。
概説
院政期以降、天皇の子女で親王宣下を受けられない者は、多くが臣籍降下をするか出家するのが通例であった。鎌倉時代に入ると、いくつかの宮家が成立するようになる。
- 岩倉宮 - 順徳天皇の皇子忠成王を祖とする。
- 四辻宮 - 順徳天皇の皇子善統親王を祖とする。
- 常盤井宮 - 亀山天皇の皇子恒明親王を祖とする。
- 木寺宮 - 後二条天皇の孫で光厳天皇の皇太子であった康仁親王を祖とする。
- 花町宮 - 後二条天皇の孫の邦省親王を祖とする。
- (萩原宮) - 光厳天皇の子で崇光天皇の皇太子であった直仁親王を祖とする。
- 五辻宮 - 二系統あり。
これらの宮家は親王の身位もともに継承されるとは限らないので、世襲宮家ではあるものの、世襲親王家とは言えなかった。これらの世襲宮家の多くは有力な皇位継承候補者を祖に持ち、なおかつ旧院領・旧女院領など皇室領の一定部分を継承していた家であったことから、正統な皇位継承権を持つ家系であることを主張できる存在ではあったが、これらの宮家の継承者は世襲によって親王の地位を継承できるわけではなく、天皇もしくは上皇の猶子として親王宣下を受けない限りは親王を名乗れなかった。常磐井宮でも当主であった満仁親王は当時の公家たちから「本来なら親王になどなれない人だ」と軽侮され、足利義満に側室を差し出し義満の推挙を得てようやく親王の称号を得た。最初の世襲親王家とされる伏見宮も、当初は崇光天皇の子・栄仁親王を祖とする世襲宮家に過ぎず、その子である貞成親王も後小松上皇の猶子となることで54歳にして親王宣下を受けた(ちなみに貞成親王の兄で先に宮家を継承した治仁王は親王宣下を受けていない)。
正長元年(1428年)、称光天皇の崩御に伴い、貞成親王の第一皇子である彦仁王が皇位を継承(後花園天皇)。この時、伏見宮の血統は皇統と統合させて消滅する選択肢もあったが、康正2年(1456年)の貞成親王の薨去後、後花園天皇のより貞成親王の第二皇子である貞常親王に「永世伏見御所と称すべし」との勅許が下され、貞常親王が宮号を継承、およびそれに付属する財産を相続した。これが世襲親王家「伏見宮」の始まりであり、同時に最初の世襲親王家の成立でもある。ただし、世襲親王家であってもときの天皇もしくは上皇の猶子とならなければ親王宣下を受けることができないことはそれまでと同様であった。このことから世襲親王家は血縁による特権ではなく家としての特権であることがわかる。
その後、天正17年(1589年)に桂宮(当初は八条宮)、寛永2年(1625年)に有栖川宮(当初は高松宮)、宝永7年(1710年)に閑院宮が創設され、最終的に世襲親王家は四家に達する。
世襲親王家は、男系の血筋を直系とあわせて合計五本、次世代に継承し、それぞれに男系の男子が途絶えた時には、皇位および宮号の継承者を互いに融通しあった。結果、万世一系の皇統の安定的継承に寄与した。
明治維新後には、旧皇室典範によって永世皇族制が採用され、世襲親王家の制度は廃止された。これは、いったん世襲親王家として定めると、世代を経て皇統との血縁関係が離れていっても容易にこれを解消することができず、弾力ある運用が難しくなるためである。四宮家についても、その他の宮家と同様、男子に恵まれない場合は断絶することとされ、桂宮は明治14年(1881年)、有栖川宮は大正2年(1913年)にそれぞれ断絶した。また、あわせて親王宣下の制度も廃止されたため、伏見宮・閑院宮の宮号の継承者の身位も、親王ではなく王となった。両宮家は、敗戦後の昭和22年(1947年)、GHQの指令により皇籍離脱した。
世襲親王家(四親王家)
宮号 | 読み | 創設 | 開祖 | 備考 |
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伏見宮 | ふしみ | 応永16年 (1409年) | 栄仁親王 (崇光天皇皇子) | 正長元年(1428年)、3代貞成親王の第一皇子・彦仁王が後花園天皇として皇位継承。 昭和22年(1947年)、26代博明王の代で皇籍離脱。 博明王に男子がおらず、断絶見込み。 |
桂宮 | かつら | 天正17年(1589年) | 智仁親王 (正親町天皇皇孫) | 当初は八条宮、後に常磐井宮、京極宮。 明治14年(1881年)、12代淑子内親王の(薨去)により断絶。 |
有栖川宮 | ありすがわ | 寛永2年(1625年) | 好仁親王 (後陽成天皇皇子) | 当初は高松宮。 承応3年(1654年)、2代良仁親王が後西天皇として皇位継承。 1908年に11代目予定の栽仁王が20歳の若さで薨去。大正2年(1913年)、10代目威仁親王の薨去後、大正天皇の第三皇子・宣仁親王(威仁親王の義孫)が高松宮と宮号を改めて祭祀を継承。 平成16年(2004年)、宣仁親王妃喜久子の薨去により断絶。 |
閑院宮 | かんいん | 宝永10年(1707年) | 直仁親王 (東山天皇皇子) | 安永8年(1780年)、2代典仁親王の第二皇子・兼仁親王が光格天皇として皇位継承。 昭和22年(1947年)、7代春仁王の代で皇籍離脱。 春仁王に男子がおらず、昭和63年(1988年)に断絶。 |
世襲親王家系図
93代天皇 後伏見天皇 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
北朝初代天皇 光厳天皇 | 北朝2代天皇 光明天皇 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
北朝3代天皇 崇光天皇 | 北朝4代天皇 後光厳天皇 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
初代伏見宮 栄仁親王 | 北朝5代天皇 後円融天皇 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
2代伏見宮 治仁王 | 3代伏見宮 貞成親王 | 100代天皇 後小松天皇 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
101代天皇 称光天皇 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
102代天皇 後花園天皇 | 4代伏見宮 貞常親王 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
103代天皇 後土御門天皇 | 5代伏見宮 邦高親王 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
104代天皇 後柏原天皇 | 6代伏見宮 貞敦親王 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
105代天皇 後奈良天皇 | 7代伏見宮 邦輔親王 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
106代天皇 正親町天皇 | 8代伏見宮 貞康親王 | 9代伏見宮 邦房親王 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
皇太子 誠仁親王 | 10代伏見宮 貞清親王 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
107代天皇 後陽成天皇 | 初代桂宮 智仁親王 | 11代伏見宮 邦尚親王 | 13代伏見宮 貞致親王 | 12代伏見宮 邦道親王 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
108代天皇 後水尾天皇 | 初代有栖川宮 好仁親王 | 2代桂宮 智忠親王 | 14代伏見宮 邦永親王 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
109代天皇 明正天皇 | 110代天皇 後光明天皇 | 111代天皇 (2代有栖川宮) 後西天皇 | 3代桂宮 穏仁親王 | 112代天皇 霊元天皇 | 15代伏見宮 貞建親王 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
4代桂宮 長仁親王 | 3代有栖川宮 幸仁親王 | 5代桂宮 尚仁親王 | 113代天皇 東山天皇 | 7代桂宮 文仁親王 | 6代桂宮 作宮 | 5代有栖川宮 職仁親王 | 16代伏見宮 邦忠親王 | 18代伏見宮 邦頼親王 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
4代有栖川宮 正仁親王 | 114代天皇 中御門天皇 | 初代閑院宮 直仁親王 | 8代桂宮 家仁親王 | 6代有栖川宮 織仁親王 | 19代伏見宮 貞敬親王 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
115代天皇 桜町天皇 | 2代閑院宮 典仁親王 | 9代桂宮 公仁親王 | 7代有栖川宮 韶仁親王 | 20/23代伏見宮 邦家親王 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
117代天皇 後桜町天皇 | 116代天皇 桃園天皇 | 3代閑院宮 美仁親王 | 119代天皇 光格天皇 | 8代有栖川宮 幟仁親王 | 21代伏見宮 貞教親王 | 22/24代伏見宮 貞愛親王 | 6代閑院宮 載仁親王 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
118代天皇 後桃園天皇 | 17代伏見宮 貞行親王 | 4代閑院宮 孝仁親王 | 120代天皇 仁孝天皇 | 10代桂宮 盛仁親王 | 9代有栖川宮 熾仁親王 | 10代有栖川宮 威仁親王 | 25代伏見宮 博恭王 | 7代閑院宮 春仁王 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
5代閑院宮 愛仁親王 | 121代天皇 孝明天皇 | 12代桂宮 淑子内親王 | 11代桂宮 節仁親王 | 栽仁王 | 博義王 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
122代天皇 明治天皇 | 26代伏見宮 博明王 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
123代天皇 大正天皇 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
124代天皇 昭和天皇 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
125代天皇 明仁 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
126代天皇 徳仁 | 皇嗣 文仁親王 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||