カンザスシティ・チーフス(英語: Kansas City Chiefs、略称: KC)は、アメリカ合衆国ミズーリ州カンザスシティに本拠地をおくNFLチーム。AFC西地区に所属している。第4回と第54回のスーパーボウルで優勝している。ホームスタジアムは、GEHAフィールド・アット・アローヘッド・スタジアム。本部と練習場は、カンザス大学医療関連学部のトレーニング施設内にある。
カンザスシティ・チーフス Kansas City Chiefs | ||||||||||||||||||||||||||||||||
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所属地区 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
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チームデザイン | ||||||||||||||||||||||||||||||||
チームロゴ | ||||||||||||||||||||||||||||||||
チームカラー | ||||||||||||||||||||||||||||||||
赤 金 白 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
ユニフォーム | ||||||||||||||||||||||||||||||||
チーム名 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
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ホームタウン | ||||||||||||||||||||||||||||||||
1963-現在 1960-1962 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
GEHAフィールド・アット・アローヘッド・スタジアム(1972-現在) | ||||||||||||||||||||||||||||||||
永久欠番 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
獲得タイトル | ||||||||||||||||||||||||||||||||
スーパーボウル創設(1966年)以降 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
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球団組織 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
歴史
チーム創設から1970年代まで
1960年に石油王のラマー・ハントによってテキサス州ダラスにアメリカン・フットボール・リーグ (AFL) のフランチャイズとしてダラス・テキサンズとして創設されたが、NFLはそれに対抗してダラス・カウボーイズをエクスパンションチームとした。初代ヘッドコーチとしてハントは当初(バド・ウィルキンソン)、トム・ランドリー(カウボーイズ初代ヘッドコーチに就任)に声をかけたが断られ、マイアミ大学のアシスタントコーチをしていたハンク・ストラムを初代ヘッドコーチとした[1]。コットン・ボウルを本拠地として3シーズンの平均入場者数は、AFLベストの24,500人であった。
最初の2シーズンで14勝14敗だったチームは、リーグ創設3年目に11勝3敗の成績を残して(AFLチャンピオンシップゲーム)でヒューストン・オイラーズと対戦、ダブルオーバータイムの末に20-17で勝利した[2][3]。この試合の時間は77分54秒に渡り、未だにプロフットボール史上最長の試合時間となっている[3]。
AFLチャンピオンとなったものの、創設して3年間の成績が9勝28敗3分にすぎないダラス・カウボーイズの方がメディアから注目され続け、1963年にハントは、チームをジョージア州アトランタかフロリダ州マイアミに移転させようと考えた[3]。そこへカンザスシティ市長がチームの誘致に名乗りをあげ、カンザスシティ・ミュニシパル・スタジアムの拡張の約束などを行ったため、ハントは1963年5月22日にチームをカンザスシティに移転し、同年5月26日にチームの愛称をチーフス(酋長)に変更した。この時新しい愛称をファンから募集したところ4,866件の応募があり、1,000件以上の愛称が寄せられ、ミュールズやロイヤルズの方が票を集めたが、カンザスシティ市長のニックネームでもあった[3] チーフスが48票を集めて選ばれた。チーフスはAFLで最もプレーオフに出場した強豪であり(プレーオフ出場回数はオークランド・レイダースとタイ)、3回優勝したのはチーフスのみであった[3]。
ハントはNFLコミッショナーの(ピート・ロゼール)とAFLとNFLの統合について話し合い、両リーグの統合、両リーグのチャンピオン同士が争うAFL-NFLチャンピオンシップゲーム(スーパーボウル)を実施することを合意した。
1966年シーズン、チームはAFLのチャンピオンとなって第1回スーパーボウルに出場し、グリーンベイ・パッカーズと対戦した。この試合でフレッド・ウィリアムソンのタックルで相手WRの(ボイド・ダウラー)が退場したが、代わりの(マックス・マギー)のタッチダウンパスキャッチ、チーフスのパスがインターセプトされるなど大差で敗れた。3年後、チームは第4回スーパーボウルに出場しミネソタ・バイキングスと対戦し優勝を果たしMVPにはQBのレン・ドーソンが選ばれた。
1971年12月25日のマイアミ・ドルフィンズとのプレーオフはダブルオーバータイムまでもつれた末、24-27で敗れた。この試合は、82分40秒とNFL史上最長の試合となっている[4]。
その後チームは、同地区のオークランド・レイダース、サンディエゴ・チャージャーズ、デンバー・ブロンコスの影に隠れ、目立った活躍を見せなかった。
1980年代
1981年、ドラフト2巡で入団したRBジョー・ディレイニーが1,121ヤードを走る活躍を見せてチームは9勝7敗と1973年以来となる勝ち越しでシーズンを終えた[5]。ディレイニーは翌1982年に網膜剥離の手術を受けたため出場機会は限定的となり、ストライキで短縮されたシーズンをチームは3勝6敗で終えた。翌1983年6月29日、ディレイニーは3人の溺れた子どもを助けるために建設工事現場に大雨でできた水たまりに飛び込み、1人の子どもを救ったが溺れて亡くなった。
1989年にマーティ・ショッテンハイマーがヘッドコーチに就任すると、(クリスチャン・オコイエ)のパワーラン、(デリック・トーマス)、ニール・スミスら強力ディフェンスの活躍でプレーオフの常連となった。
1990年から2000年
1993年にはジョー・モンタナとマーカス・アレンの加入もあり、11勝5敗とフランチャイズ創設以来最高成績をあげて、ピッツバーグ・スティーラーズ、ヒューストン・オイラーズを破ったが、AFCチャンピオンシップゲームでバッファロー・ビルズに敗れた。1994年には13勝3敗となり、プレーオフでは地元でインディアナポリス・コルツを迎え撃ったが、QBの(スティーブ・ボノ)が3インターセプト、キッカーの(リン・エリオット)がFGを3本失敗し7-10と敗れた。1997年にはエースQBの(エルビス・ガーバック)が負傷し控えQBのリッチ・ギャノンが出場し13勝3敗でシーズンを終えた。プレーオフのデンバー・ブロンコス戦では再びガーバックが先発したが7-10で試合に敗れた。
ヘッドコーチのショッテンハイマーは1989年から1998年終了までの10シーズン、101勝58敗1分、プレーオフ出場7回の成績を残し辞任、後任にはディフェンスコーディネーターの(ガンサー・カニンガム)が就任した。
1997年にニール・スミスがブロンコスに移籍、デリック・トーマスも2000年1月23日に交通事故に遭い2月8日に亡くなった。カニンガムは1999年と2000年の2シーズンを16勝16敗の成績で、2000年シーズン終了後にヘッドコーチを解任され、セントルイス・ラムズを第34回スーパーボウルで優勝させた(ディック・ヴァーミール)が2001年からヘッドコーチとなった。
2001年以降
ヴァーミールはQBの(トレント・グリーン)、RBのプリースト・ホームズを獲得し、それまでのディフェンスを中心としたゲームプランから一転してオフェンスを中心としたゲームプランを用いた。2003年にチーム記録となる9連勝を含み13勝3敗でシーズンを終えたチームは、オフェンスのいくつかのカテゴリでNFLトップ成績を残した。またプリースト・ホームズはマーシャル・フォークが持っていたシーズン27タッチダウンランの記録を塗り替えた。プレーオフでのインディアナポリス・コルツ戦はお互いにパントを1度も蹴らないオフェンス合戦となったが、31-38でコルツの勝利となった。
2004年は7勝9敗と負け越し、2005年には10勝6敗の成績をあげたがプレーオフ出場はならなかった。エースRBのホームズがシーズン中盤に故障し、ラリー・ジョンソンがその後9試合しか先発出場しなかったにもかかわらず1,750ヤードを走る活躍を見せた。2005年シーズン終了とともにヴァーミールはヘッドコーチを辞任した。2006年もジョンソンは活躍し、チームは9勝7敗ながらプレーオフに進出したがインディアナポリス・コルツ戦でジョンソンが抑えられ完敗した。
2008年、エースRBのジョンソンは、NFLとチーフスより3試合出場停止となり、ヘイリーヘッドコーチのチーム方針にも反発しキャンプに不参加、トレードを志願する発言をした。その後シーズン半ばにはジョンソンは解雇された。この年チームは2勝14敗に終わり、シーズン終了と共に(ハーマン・エドワーズ)ヘッドコーチは解任され後任にはアリゾナ・カージナルスのアシスタントコーチだった(トッド・ヘイリー)が就任した[6]。またGMにはニューイングランド・ペイトリオッツ時代にトム・ブレイディをドラフト6巡で指名したこともある(スコット・ビオリ)が就任した[7]。
2010年、ジャマール・チャールズ、トーマス・ジョーンズに牽引されたラン攻撃がチームを引っ張り開幕から3連勝を果たした[8]。チャールズはこの年NFL2位の1467ヤードを走る活躍を見せ、チームは10勝6敗で地区優勝を果たしたが、ワイルドカードプレーオフで敗れシーズンを終えた。
2011年、9月18日にRBチャールズが[9]、11月21日にはエースQBマット・キャセルが故障者リスト入り[10] するなどけが人が続出した。キャセルの離脱後は(タイラー・パルコ)が先発したが1勝3敗の成績しか残せず、ヘイリーはヘッドコーチを解任され[11]、ディフェンスコーディネーターの(ロメオ・クレネル)が暫定ヘッドコーチとなったが、デンバー・ブロンコスからウェイバー公示されたQB(カイル・オートン)を獲得[12]、そこまでシーズン13連勝中だったグリーンベイ・パッカーズを破る番狂わせを見せる[13] など、残り3試合を2勝1敗で終えた。シーズン終了後、チームはクレネルを2012年からの正式なヘッドコーチとして3年契約を結んだ[14]。
2012年、12月1日に(ジョバン・ベルチャー)が恋人を殺害、ビオリGMとクレネルの目の前で自殺するショッキングな事件を起こした。その翌日、12月2日のカロライナ・パンサーズ戦で27-21と勝利、連敗を8でストップした[15] が、リーグ最低の2勝14敗でシーズンを終え、クレネルはヘッドコーチを解任された。その一方、プロボウルには5人が選出された[16]。ビオリも1月4日にGMを解任され、前年までフィラデルフィア・イーグルスのヘッドコーチだったアンディ・リードが新ヘッドコーチとなった[17]。
2013年以降
アンディ・リードをHCに迎え、サンフランシスコ・フォーティーナイナーズからQBアレックス・スミスを獲得し、2年連続して地区最下位だったチームの成績は上昇に転じた。2013年から4年連続して勝ち越し、2013年、2015年はワイルドカードとしてプレーオフに進出したがカンファレンス決勝には進めなかった。
2016年、前セントルイス・ラムズのQBニック・フォールズと契約した。この年は地区優勝を遂げ第2シードとなったがプレーオフ初戦で敗れた。
2017年も連続して地区優勝を遂げたがプレーオフ初戦で敗退した。この年最終週にはドラフト全体10位で指名したルーキーのパトリック・マホームズがQBとして先発出場し、アレックス・スミスはシーズン後にワシントン・レッドスキンズにトレードされた。
2018年はマホームズを先発QBとして地区優勝を遂げ西カンファレンス一位となって第1シードとなる。プレーオフ初戦はコルツを破り、1994年1月14日のオイラーズ戦以来となるプレーオフ勝利を飾ったが、AFCチャンピオンシップゲームでは、ニューイングランド・ペイトリオッツに延長の末37-31で屈した。
2019年、レギュラーシーズンを12勝4敗の成績で終えたチーフスは、4年連続で地区優勝を遂げプレーオフでは第2シードとなった。初戦ではヒューストン・テキサンズを迎え、パントブロック、パントレシーブのファンブルなどスペシャルチームのミスで一時は0-24と大きくリードされるものの、マホームズの6TDパスなどで逆転勝ちをおさめた。AFCチャンピオンシップゲームでもテネシー・タイタンズに一時は0-10とリードされるも逆転し、第4回以来半世紀ぶりにスーパーボウルに進出した。2020年2月2日の第54回スーパーボウル(ハードロック・スタジアム)では、4Qに3TDをあげる逆転でサンフランシスコ・フォーティナイナーズを31-20で破り、2度目のチャンピオンに輝いた。MVPは、マホームズが選ばれた。シーズンオフ、マホームズと北米スポーツ界で過去最大の契約となる10年5億300万ドルで契約延長した。
2020年、5年連続で地区優勝を遂げ、第1シードでプレーオフに進んだ。第1シードによる免除でプレーオフ初戦となったディビジョナル・プレーオフのクリーブランド・ブラウンズ戦では、試合途中でマホームズを負傷により失うこととなったが、交代時のリードを守りきり、3年連続でAFCチャンピオンシップに進出した[18]。マホームズはチャンピオンシップゲームでフル出場し、スーパーボウルに2年連続して出場した。第55回スーパーボウルでは、オフェンスライン選手の離脱やマホームズのケガの影響もあり、トム・ブレイディ率いるタンパベイ・バッカニアーズに9-31で敗れ、連覇とはならなかった[19][20]。
2021年、4年連続で12勝以上を挙げ、6年連続で地区優勝を遂げた。4年連続で出場したAFCチャンピオンシップ・ゲームではシンシナティ・ベンガルズに延長で敗れた。2022年3月24日、契約で合意に至らなかったWRタイリーク・ヒルを、2022年のNFLドラフト1巡目(全体29番目)、2巡目、4巡目、さらに2023年のNFLドラフト4巡目、6巡目と交換にマイアミ・ドルフィンズにトレードした[21]。
2022年にも7年連続となる地区優勝をあげた。第17週のビルズ対ベンガルズの試合が中止となったために試合数の少ないビルズを勝率で上回り、シード1位となった。ただし、AFCチャンピオンシップゲームがチーフスとビルズの対戦となった場合は、中止となった試合の結果次第でシード権が逆転したはずであるため、中立地のアトランタで行われることになったが[22]、ビルズがベンガルズに敗れたためにこの条件は成立しなかった。プレーオフ初戦ではジャガーズを破り、5年連続でAFCチャンピオンシップゲームに進み、本拠地にベンガルズを迎えた。23-20でベンガルズを破り昨年の雪辱を果たしスーパーボウルに進んだ。スーパーボウルでは38-35でイーグルスを破りチャンピオンに輝いた。
文化
マスコット
チームの初代マスコットは1963年から1988年まで活躍した駁毛(ピントホース)のウォーペイント(Warpaint、1955 - 1992)。ウォーペイントはチーフスの各ホームゲームの開始時にフィールドを一周し、チーフスの各タッチダウン後に勝利のラップを披露していた。2009年9月20日、チーフスのホーム開幕戦で新しいウォーペイントの馬がお披露目された。
1980年代半ばには、チーフスは短期間、無名の「インディアン・マン」が存在したが、1988年に廃止された。1989年以降、オオカミのK・C・ウルフ(K. C. Wolf)がチームのマスコットとして機能している。K・C・ウルフは、カンザスシティ・ミュニシパル・スタジアムの熱心なファングループの「ウルフパック」にちなんで命名された。K・C・ウルフはNFLのマスコットの中でも特に人気があり、2006年にはマスコット栄誉の殿堂にNFLのマスコットの中では初めて選ばれた。
チアリーダー
1960年のチーム発足時、カンザスシティ・チーフス・チアリーダーズ(Kansas City Chiefs Cheerleaders)が誕生した。 チームの初期の頃、女性チームはチーフッタス(Chiefettes)と呼ばれていた。 チアリーディングに加えて、1970年代初頭には、試合前とハーフタイムにパフォーマンスを行うダンス・ドリルチームもあった。また、1986年から1992年まで、チアリーダーは男女混合であった。1993年から2019年までは、女性のみのチームだったが、2020年に1人の男性がチームに加わった。
2023年シーズン
AFC | NFC | |||||||
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前年 | 西地区 | 南地区 | 北地区 | 東地区 | 西地区 | 南地区 | 北地区 | 東地区 |
1位 | チーフス | ジャガーズ | ベンガルズ | ビルズ | 49ers | バッカニアーズ | バイキングス | イーグルス |
2位 | チャージャーズ | タイタンズ | レイブンズ | ドルフィンズ | シーホークス | パンサーズ | ライオンズ | カウボーイズ |
3位 | レイダース | コルツ | スティーラーズ | ペイトリオッツ | ラムズ | セインツ | パッカーズ | ジャイアンツ |
4位 | ブロンコス | テキサンズ | ブラウンズ | ジェッツ | カージナルス | ファルコンズ | ベアーズ | コマンダース |
:1度対戦 :2度対戦
2022年シーズン成績
AFC西地区 2022 | |||||||||||
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チーム | 勝 | 負 | 分 | 勝率 | 総得点 | 総失点 | 平均得点 | 平均失点 | |||
(1)カンザスシティ・チーフス | 14 | 3 | 0 | .824 | 496 | 369 | 29.2 | 21.7 | |||
(5)ロサンゼルス・チャージャーズ | 10 | 7 | 0 | .588 | 391 | 384 | 23.0 | 22.6 | |||
ラスベガス・レイダース | 6 | 11 | 0 | .353 | 395 | 418 | 23.2 | 24.6 | |||
デンバー・ブロンコス | 5 | 12 | 0 | .294 | 287 | 359 | 16.9 | 21.1 |
AFC 2022 | ||||||||||
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順位 | チーム | 地区 | 勝 | 敗 | 分 | 勝率 | 対地区 | 対AFC | 対戦 相手 勝率 | 勝利 相手 勝率 |
地区優勝 | ||||||||||
1 | カンザスシティ・チーフス | 西 | 14 | 3 | 0 | .824 | 6-0 | 9–3 | .453 | .422 |
2 | バッファロー・ビルズ | 東 | 13 | 3 | 0 | .813 | 4-2 | 9–2 | .489 | .471 |
3 | シンシナティ・ベンガルズ | 北 | 12 | 4 | 0 | .750 | 3-3 | 8-3 | .507 | .490 |
4 | ジャクソンビル・ジャガーズ | 南 | 9 | 8 | 0 | .529 | 4-2 | 8-4 | .467 | .438 |
ワイルドカード | ||||||||||
5[a] | ロサンゼルス・チャージャーズ | 西 | 10 | 7 | 0 | .588 | 2-4 | 7-5 | .443 | .341 |
6[a] | ボルチモア・レイブンズ | 北 | 10 | 7 | 0 | .588 | 3-3 | 6-6 | .509 | .456 |
7[b] | マイアミ・ドルフィンズ | 東 | 9 | 8 | 0 | .529 | 3-3 | 7-5 | .537 | .457 |
レギュラーシーズン敗退 | ||||||||||
8[b] | ピッツバーグ・スティーラーズ | 北 | 9 | 8 | 0 | .529 | 3-3 | 5-7 | .519 | .451 |
9 | ニューイングランド・ペイトリオッツ | 東 | 8 | 9 | 0 | .471 | 3-3 | 6-6 | .502 | .415 |
10[c][d] | ニューヨーク・ジェッツ | 東 | 7 | 10 | 0 | .412 | 3-3 | 5-7 | .538 | .458 |
11[c][d] | テネシー・タイタンズ | 南 | 7 | 10 | 0 | .412 | 3-3 | 5–7 | .509 | .336 |
12[c] | クリーブランド・ブラウンズ | 北 | 7 | 10 | 0 | .412 | 3-3 | 4-8 | .524 | .492 |
13 | ラスベガス・レイダース | 西 | 6 | 11 | 0 | .353 | 3-3 | 5-7 | .474 | .397 |
14 | デンバー・ブロンコス | 西 | 5 | 12 | 0 | .294 | 1-5 | 3-9 | .481 | .465 |
15 | インディアナポリス・コルツ | 南 | 4 | 12 | 1 | .265 | 1-4-1 | 4-7-1 | .512 | .500 |
16 | ヒューストン・テキサンズ | 南 | 3 | 13 | 1 | .206 | 3-2-1 | 3-8-1 | .481 | .402 |
(タイブレーク) | ||||||||||
成績
AFC西地区(4地区制)
- DEN:デンバー・ブロンコス、KC:カンザスシティ・チーフス、OAK→LV:オークランド・レイダース→ラスベガス・レイダース、SD→LAC:サンディエゴ・チャージャーズ→ロサンゼルス・チャージャーズ
- 数字:シード順
- v:スーパーボウル優勝
- s:スーパーボウル敗退
- c:カンファレンス決勝敗退
- d:ディビジョナルプレーオフ敗退
- w:ワイルドカードプレーオフ敗退
- 年表示の背景色が変わっている年はチームがスーパーボウルを制覇した年
年 | 地区優勝 | 2位 | 3位 | 4位 | ||||||||||||
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チーム | 勝 | 負 | 分 | チーム | 勝 | 負 | 分 | チーム | 勝 | 負 | 分 | チーム | 勝 | 負 | 分 | |
2022 | KC (1v) | 14 | 3 | 0 | LAC(5w) | 10 | 7 | 0 | LV | 6 | 11 | 0 | DEN | 5 | 12 | 0 |
2021 | KC (2c) | 12 | 5 | 0 | LV (5w) | 10 | 7 | 0 | LAC | 9 | 8 | 0 | DEN | 7 | 10 | 0 |
2020 | KC (1s) | 14 | 2 | 0 | LV | 8 | 8 | 0 | LAC | 7 | 9 | 0 | DEN | 5 | 11 | 0 |
2019 | KC (2v) | 12 | 4 | 0 | DEN | 7 | 9 | 0 | OAK | 7 | 9 | 0 | LAC | 5 | 11 | 0 |
2018 | KC (1c) | 12 | 4 | 0 | LAC(5d) | 12 | 4 | 0 | DEN | 6 | 10 | 0 | OAK | 4 | 12 | 0 |
2017 | KC (4w) | 10 | 6 | 0 | LAC | 9 | 7 | 0 | OAK | 6 | 10 | 0 | DEN | 5 | 11 | 0 |
2016 | KC (2d) | 12 | 4 | 0 | OAK(5w) | 12 | 4 | 0 | DEN | 9 | 7 | 0 | SD | 5 | 11 | 0 |
2015 | DEN(1v) | 12 | 4 | 0 | KC (5d) | 11 | 5 | 0 | OAK | 7 | 9 | 0 | SD | 4 | 12 | 0 |
2014 | DEN(2d) | 12 | 4 | 0 | KC | 9 | 7 | 0 | SD | 9 | 7 | 0 | OAK | 3 | 13 | 0 |
2013 | DEN(1s) | 13 | 3 | 0 | KC (5w) | 11 | 5 | 0 | SD (6d) | 9 | 7 | 0 | OAK | 4 | 12 | 0 |
2012 | DEN(1d) | 13 | 3 | 0 | SD | 7 | 9 | 0 | OAK | 4 | 12 | 0 | KC | 2 | 14 | 0 |
2011 | DEN(4d) | 8 | 8 | 0 | SD | 8 | 8 | 0 | OAK | 8 | 8 | 0 | KC | 7 | 9 | 0 |
2010 | KC (4w) | 10 | 6 | 0 | SD | 9 | 7 | 0 | OAK | 8 | 8 | 0 | DEN | 4 | 12 | 0 |
2009 | SD (2d) | 13 | 3 | 0 | DEN | 8 | 8 | 0 | OAK | 5 | 11 | 0 | KC | 4 | 12 | 0 |
2008 | SD (4d) | 8 | 8 | 0 | DEN | 8 | 8 | 0 | OAK | 5 | 11 | 0 | KC | 2 | 14 | 0 |
2007 | SD (3c) | 11 | 5 | 0 | DEN | 7 | 9 | 0 | KC | 4 | 12 | 0 | OAK | 4 | 12 | 0 |
2006 | SD (1d) | 14 | 2 | 0 | KC (6w) | 9 | 7 | 0 | DEN | 9 | 7 | 0 | OAK | 2 | 14 | 0 |
2005 | DEN(2c) | 13 | 3 | 0 | KC | 10 | 6 | 0 | SD | 9 | 7 | 0 | OAK | 4 | 12 | 0 |
2004 | SD (4w) | 12 | 4 | 0 | DEN(6w) | 10 | 6 | 0 | KC | 7 | 9 | 0 | OAK | 5 | 11 | 0 |
2003 | KC (2d) | 13 | 3 | 0 | DEN(6w) | 10 | 6 | 0 | OAK | 4 | 12 | 0 | SD | 4 | 12 | 0 |
2002 | OAK(1s) | 11 | 5 | 0 | DEN | 9 | 7 | 0 | SD | 8 | 8 | 0 | KC | 8 | 8 | 0 |
AFC西地区(3地区制)
- DEN: デンバー・ブロンコス、KC: カンザスシティ・チーフス、RAI→OAK: ロサンゼルス・レイダース→オークランド・レイダース、SD: サンディエゴ・チャージャーズ、SEA: シアトル・シーホークス、TB: タンパベイ・バッカニアーズ
- 1982年シーズンはストライキの影響により、地区別成績ではなくカンファレンス上位8チームがプレイオフ進出するルールであったが、ここでは地区別に変換して表記する。
- 括弧内の数字はプレイオフ出場時のシード順(シード制導入前は表記なし)、文字はv: スーパーボウル優勝、s: スーパーボウル敗退・カンファレンス優勝、c: カンファレンス決勝敗退、d: ディビジョナルプレーオフ敗退、w: ワイルドカードプレーオフ敗退。1982年についてはd: 2回戦敗退、w: 1回戦敗退。
年 | 地区優勝 | 2位 | 3位 | 4位 | 5位 | |||||||||||||||
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チーム | 勝 | 負 | 分 | チーム | 勝 | 負 | 分 | チーム | 勝 | 負 | 分 | チーム | 勝 | 負 | 分 | チーム | 勝 | 負 | 分 | |
2001 | OAK (3d) | 10 | 6 | 0 | SEA | 9 | 7 | 0 | DEN | 8 | 8 | 0 | KC | 6 | 10 | 0 | SD | 5 | 11 | 0 |
2000 | OAK (2c) | 12 | 4 | 0 | DEN (5w) | 11 | 5 | 0 | KC | 7 | 9 | 0 | SEA | 6 | 10 | 0 | SD | 1 | 15 | 0 |
1999 | SEA (3w) | 9 | 7 | 0 | KC | 9 | 7 | 0 | SD | 8 | 8 | 0 | DEN | 8 | 8 | 0 | OAK | 6 | 10 | 0 |
1998 | DEN (1v) | 14 | 2 | 0 | OAK | 8 | 8 | 0 | SEA | 8 | 8 | 0 | KC | 7 | 9 | 0 | SD | 5 | 11 | 0 |
1997 | KC (1d) | 13 | 3 | 0 | DEN (4v) | 12 | 4 | 0 | SEA | 8 | 8 | 0 | OAK | 4 | 12 | 0 | SD | 4 | 12 | 0 |
1996 | DEN (1d) | 13 | 3 | 0 | KC | 9 | 7 | 0 | SD | 8 | 8 | 0 | OAK | 7 | 9 | 0 | SEA | 7 | 9 | 0 |
1995 | KC (1d) | 13 | 3 | 0 | SD (4w) | 9 | 7 | 0 | SEA | 8 | 8 | 0 | DEN | 8 | 8 | 0 | OAK | 8 | 8 | 0 |
1994 | SD (2s) | 11 | 5 | 0 | KC (6w) | 9 | 7 | 0 | RAI | 9 | 7 | 0 | DEN | 7 | 9 | 0 | SEA | 6 | 10 | 0 |
1993 | KC (3c) | 11 | 5 | 0 | RAI (4d) | 10 | 6 | 0 | DEN (5w) | 9 | 7 | 0 | SD | 8 | 8 | 0 | SEA | 6 | 10 | 0 |
1992 | SD (3d) | 11 | 5 | 0 | KC (6w) | 10 | 6 | 0 | DEN | 8 | 8 | 0 | RAI | 7 | 9 | 0 | SEA | 2 | 14 | 0 |
1991 | DEN (2c) | 12 | 4 | 0 | KC (4d) | 10 | 6 | 0 | RAI (5w) | 9 | 7 | 0 | SEA | 7 | 9 | 0 | SD | 4 | 12 | 0 |
1990 | RAI (2c) | 12 | 4 | 0 | KC (5w) | 11 | 5 | 0 | SEA | 9 | 7 | 0 | SD | 6 | 10 | 0 | DEN | 5 | 11 | 0 |
1989 | DEN (1s) | 11 | 5 | 0 | KC | 8 | 7 | 1 | RAI | 8 | 8 | 0 | SEA | 7 | 9 | 0 | SD | 6 | 10 | 0 |
1988 | SEA (3d) | 9 | 7 | 0 | DEN | 8 | 8 | 0 | RAI | 7 | 9 | 0 | SD | 6 | 10 | 0 | KC | 4 | 11 | 1 |
1987 | DEN (1s) | 10 | 4 | 1 | SEA (5w) | 9 | 6 | 0 | SD | 8 | 7 | 0 | RAI | 5 | 10 | 0 | KC | 4 | 11 | 0 |
1986 | DEN (2s) | 11 | 5 | 0 | KC (5w) | 10 | 6 | 0 | SEA | 10 | 6 | 0 | RAI | 8 | 8 | 0 | SD | 4 | 12 | 0 |
1985 | RAI (1d) | 12 | 4 | 0 | DEN | 11 | 5 | 0 | SEA | 8 | 8 | 0 | SD | 8 | 8 | 0 | KC | 6 | 10 | 0 |
1984 | DEN (2d) | 13 | 3 | 0 | SEA (4d) | 12 | 4 | 0 | RAI (5w) | 11 | 5 | 0 | KC | 8 | 8 | 0 | SD | 7 | 9 | 0 |
1983 | RAI (1v) | 12 | 4 | 0 | SEA (4c) | 9 | 7 | 0 | DEN (5w) | 9 | 7 | 0 | SD | 6 | 10 | 0 | KC | 6 | 10 | 0 |
1982 | RAI (1d) | 8 | 1 | 0 | SD (5d) | 6 | 3 | 0 | SEA | 4 | 5 | 0 | KC | 3 | 6 | 0 | DEN | 2 | 7 | 0 |
1981 | SD (3c) | 10 | 6 | 0 | DEN | 10 | 6 | 0 | KC | 9 | 7 | 0 | OAK | 7 | 9 | 0 | SEA | 6 | 10 | 0 |
1980 | SD (1c) | 11 | 5 | 0 | OAK (4v) | 11 | 5 | 0 | KC | 8 | 8 | 0 | DEN | 8 | 8 | 0 | SEA | 4 | 12 | 0 |
1979 | SD (1d) | 12 | 4 | 0 | DEN (5w) | 10 | 6 | 0 | SEA | 9 | 7 | 0 | OAK | 9 | 7 | 0 | KC | 7 | 9 | 0 |
1978 | DEN (3d) | 10 | 6 | 0 | OAK | 9 | 7 | 0 | SEA | 9 | 7 | 0 | SD | 9 | 7 | 0 | KC | 4 | 12 | 0 |
1977 | DEN (1s) | 12 | 2 | 0 | OAK (4c) | 11 | 3 | 0 | SD | 7 | 7 | 0 | SEA | 5 | 9 | 0 | KC | 2 | 12 | 0 |
1976 | OAK (1v) | 13 | 1 | 0 | DEN | 9 | 5 | 0 | SD | 6 | 8 | 0 | KC | 5 | 9 | 0 | TB | 0 | 14 | 0 |
1975 | OAK (2c) | 11 | 3 | 0 | DEN | 6 | 8 | 0 | KC | 5 | 9 | 0 | SD | 2 | 12 | 0 | ||||
1974 | OAK (c) | 12 | 2 | 0 | DEN | 7 | 6 | 1 | KC | 5 | 9 | 0 | SD | 5 | 9 | 0 | ||||
1973 | OAK (c) | 9 | 4 | 1 | KC | 7 | 5 | 2 | DEN | 7 | 5 | 2 | SD | 2 | 11 | 1 | ||||
1972 | OAK (d) | 10 | 3 | 0 | KC | 8 | 6 | 0 | DEN | 5 | 9 | 0 | SD | 4 | 9 | 1 | ||||
1971 | KC (d) | 10 | 3 | 1 | OAK | 8 | 4 | 2 | SD | 6 | 8 | 0 | DEN | 4 | 9 | 1 | ||||
1970 | OAK (c) | 8 | 4 | 2 | KC | 7 | 5 | 2 | SD | 5 | 6 | 3 | DEN | 5 | 8 | 1 |
AFL西地区
- DEN:デンバー・ブロンコス、DAL→KC:ダラス・テキサンズ→カンザスシティ・チーフス、OAK:オークランド・レイダース、LA→SD:ロサンゼルス・チャージャーズ→サンディエゴ・チャージャーズ、CIN:シンシナティ・ベンガルズ
- 括弧内の文字はV:スーパーボウル(AFL-NFLワールドチャンピオンシップゲーム)優勝、s:スーパーボウル敗退・AFL優勝、a:AFL決勝敗退、d:ディビジョナルプレイオフ敗退、v:AFL優勝(AFL-NFLワールドチャンピオンシップゲーム設立前)
年 | 地区優勝 | 2位 | 3位 | 4位 | 5位 | |||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
チーム | 勝 | 負 | 分 | チーム | 勝 | 負 | 分 | チーム | 勝 | 負 | 分 | チーム | 勝 | 負 | 分 | チーム | 勝 | 負 | 分 | |
1969 | OAK(a) | 12 | 1 | 1 | KC(V) | 11 | 3 | 0 | SD | 8 | 6 | 0 | DEN | 5 | 8 | 1 | CIN | 4 | 9 | 1 |
1968 | OAK(a) | 12 | 2 | 0 | KC | 12 | 2 | 0 | SD | 9 | 5 | 0 | DEN | 5 | 9 | 0 | CIN | 3 | 11 | 0 |
1967 | OAK(s) | 13 | 3 | 0 | KC | 9 | 5 | 0 | SD | 8 | 5 | 1 | DEN | 3 | 11 | 0 | ||||
1966 | KC(s) | 11 | 2 | 0 | OAK | 8 | 5 | 1 | SD | 7 | 6 | 1 | DEN | 4 | 10 | 0 | ||||
スーパーボウル開始 | ||||||||||||||||||||
1965 | SD(a) | 9 | 2 | 3 | OAK | 8 | 5 | 1 | KC | 7 | 5 | 2 | DEN | 4 | 10 | 0 | ||||
1964 | SD(a) | 8 | 5 | 1 | KC | 7 | 7 | 0 | OAK | 5 | 7 | 2 | DEN | 2 | 11 | 1 | ||||
1963 | SD(v) | 11 | 3 | 0 | OAK | 10 | 4 | 0 | KC | 5 | 7 | 2 | DEN | 2 | 11 | 1 | ||||
1962 | DAL(v) | 11 | 3 | 0 | DEN | 7 | 7 | 0 | SD | 4 | 10 | 0 | OAK | 1 | 13 | 0 | ||||
1961 | SD(a) | 12 | 2 | 0 | DAL | 6 | 8 | 0 | DEN | 3 | 11 | 0 | OAK | 2 | 12 | 0 | ||||
1960 | LA(a) | 10 | 4 | 0 | DAL | 8 | 6 | 0 | OAK | 6 | 8 | 0 | DEN | 4 | 9 | 1 |
主な選手
現役選手
永久欠番
カンザスシティ・チーフス 永久欠番一覧 | ||||
背番号 | 選手 | ポジション | 在籍期間 | |
---|---|---|---|---|
3 | ヤン・ステナルード | Jan Stenerud | K | 1967–1979 |
16 | レン・ドーソン | Len Dawson | QB | 1962–1975 |
18 | (エミット・トーマス) | Emmitt Thomas | CB | 1966–1978 |
28 | (アブナー・ヘインズ) | Abner Haynes | RB | 1960–1964 |
33 | ストーン・ジョンソン | Stone Johnson | RB | 1963 |
36 | (マック・リー・ヒル) | Mack Lee Hill | RB | 1964–1965 |
58 | (デリック・トーマス) | Derrick Thomas | LB | 1989–1999 |
63 | (ウィリー・レニエル) | Willie Lanier | LB | 1967–1977 |
78 | (ボビー・ベル) | Bobby Bell | LB | 1963–1974 |
86 | (バック・ブキャナン) | Buck Buchanan | DT | 1963–1975 |
永久欠番にはなっていないものの以下の番号は選手の栄誉を讃え、現在使用されていない。
- 37 ジョー・ディレイニー(Joe Delaney) RB
プロフットボール殿堂入り
プロフットボール殿堂入りメンバー一覧 | |||||
選手 | |||||
---|---|---|---|---|---|
背番号 | 名前 | ポジション | 在籍期間 | 選出年 | |
78 | (ボビー・ベル) | Bobby Bell | LB | 1963–1974 | 1983 |
63 | (ウィリー・レニエル) | Willie Lanier | LB | 1967–1977 | 1986 |
16 | レン・ドーソン | Len Dawson | QB | 1963–1975 | 1987 |
86 | (バック・ブキャナン) | Buck Buchanan | DT | 1963–1975 | 1990 |
3 | ヤン・ステナルード | Jan Stenerud | K | 1967–1979 | 1991 |
53 | マイク・ウェブスター | Mike Webster | C | 1989–1990 | 1997 |
19 | ジョー・モンタナ | Joe Montana | QB | 1993–1994 | 2000 |
32 | マーカス・アレン | Marcus Allen | RB | 1993–1997 | 2003 |
1 | ウォーレン・ムーン | Warren Moon | QB | 1999–2000 | 2006 |
18 | (エミット・トーマス) | Emmitt Thomas | CB | 1966–1978 | 2008 |
58 | (デリック・トーマス) | Derrick Thomas | LB | 1989–1999 | 2009 |
77 | (ウィリー・ローフ) | Willie Roaf | OT | 2002–2005 | 2012 |
61 | (カーリー・カルプ) | Curley Culp | DT | 1968–1974 | 2013 |
68 | (ウィル・シールズ) | Will Shields | OG | 1993–2006 | 2015 |
8 | モーテン・アンダーセン | Morten Andersen | K | 2002–2003 | 2017 |
88 | トニー・ゴンザレス | Tony Gonzalez | TE | 1997–2008 | 2019 |
24 | タイ・ロー | Ty Law | CB | 2006–2007 | 2019 |
42 | (ジョニー・ロビンソン) | Johnny Robinson | S | 1960–1971 | 2019 |
コーチ・エグゼクティブ | |||||
名前 | 役職 | 在籍期間 | 選出年 | ||
ラマー・ハント | Lamar Hunt | 創設者 | 1960–2006 | 1972 | |
(マーブ・リービー) | Marv Levy | ヘッドコーチ | 1978–1982 | 2001 | |
ハンク・ストラム | Hank Stram | ヘッドコーチ | 1960–1974 | 2003 | |
(ビル・ポリアン) | Bill Polian | 寄付者 | 1978–1982 | 2015 | |
(ボビー・ベサード) | Bobby Beathard | 寄付者 | 1963, 1966–1967 | 2018 |
チーム殿堂入り
歴代ヘッドコーチ
1960年の創設以来10人のヘッドコーチが誕生している。初代ヘッドコーチのハンク・ストラムは1960年から1974年までチームの指揮を執り、その間AFLチャンピオンに3回、スーパーボウル出場2回(第4回スーパーボウル優勝)の成績を残した。マーティ・ショッテンハイマーは10シーズン中7回チームをプレーオフに導いた。彼はチーフスの歴代ヘッドコーチ中63.4%の勝率を残している。(ガンサー・カニンガム)は1995年から1998年及び2004年から2008年にはチームのディフェンス・コーディネーターを務めた。
- ハンク・ストラム (1960 - 1974)
- (ポール・ウィギン) (1975 - 1977)
- (トム・ベティス) (1977)
- (マーヴ・リービー) (1978 - 1982)
- (ジョン・マコーヴィック) (1983 - 1986)
- (フランク・ガンツ) (1987 - 1988)
- マーティ・ショッテンハイマー (1989 - 1998)
- (ガンサー・カニンガム) (1999 - 2000)
- (ディック・ヴァーミール) (2001 - 2005)
- (ハーマン・エドワーズ) (2006 - 2008)
- (トッド・ヘイリー) (2009 - 2011)
- (ロメオ・クレネル) (2011 - 2012)
- アンディ・リード (2013 - )
マーティ・ショッテンハイマー
ガンサー・カニンガム
ディック・ヴァーミール
ハーマン・エドワーズ
トッド・ヘイリー
脚注
- ^ “Kansas City Chiefs History – AFL Origins”. Kansas City Chiefs. 2009年6月1日閲覧。
- ^ “Kansas City Chiefs Franchise Encyclopedia”. Pro Football Reference. 2009年6月1日閲覧。
- ^ a b c d e “Kansas City Chiefs History – 1960's”. Kansas City Chiefs. 2009年6月1日閲覧。
- ^ Brian Ditullio (2010年12月2日). “The Longest Game Ever”. bleacherreport.com. 2013年8月4日閲覧。
- ^ “”. カンザスシティ・チーフス. 2010年12月21日閲覧。
- ^ チーフス新監督 トッド・ヘイリーが就任 TSPスポーツ 2009年2月7日
- ^ “チーフスのらつ腕GM、「異論反論こそ聞きたい意見」”. NFL JAPAN (2011年4月16日). 2012年1月9日閲覧。
- ^ “【第5週プレビュー】唯一の無敗チーフス、強豪コルツに挑む”. NFL JAPAN (2010年10月8日). 2012年1月9日閲覧。
- ^ “チーフスに大打撃、エースRBチャールズが今季絶望”. NFL JAPAN (2011年9月19日). 2012年1月9日閲覧。
- ^ “チーフスQBキャセルが今季絶望に”. NFL JAPAN (2011年11月22日). 2012年1月9日閲覧。
- ^ (生沢浩) (2011年12月29日). “ジャーニーマンの意地、大仕事で流浪に終止符を【前編】”. NFL JAPAN. 2012年1月9日閲覧。
- ^ “チーフスHC、急ピッチで新戦力QBオートンの準備”. NFL JAPAN (2011年11月29日). 2012年1月9日閲覧。
- ^ “パッカーズまさかの敗戦、パーフェクトシーズンの夢散る”. NFL JAPAN (2011年12月19日). 2012年1月9日閲覧。
- ^ “暫定から昇格、チーフスがクレネル新HCと3年契約”. NFL JAPAN (2012年1月10日). 2012年1月21日閲覧。
- ^ “チーフスが悲しみ乗り越え勝利、ようやく2勝目”. NFL JAPAN (2012年12月3日). 2013年1月6日閲覧。
- ^ “リーグ最下位のチーフス、クレネルHCを解任もGM去就は未定”. NFL JAPAN (2013年1月1日). 2013年1月2日閲覧。
- ^ “チーフスがリードHC招へいで合意、ピオリGMは解任”. NFL JAPAN (2013年1月5日). 2013年1月6日閲覧。
- ^ チーフスQBマホームズが脳しんとうの診断で途中離脱 NFL JAPAN 2021年1月18日
- ^ “第55回スーパーボウルを制したのは!? チーフス対バッカニアーズ戦!”. NFL JAPAN (2021年2月8日). 2021年2月9日閲覧。
- ^ “バッカニアーズ、18季ぶり王座 チーフス破る―スーパーボウル”. 時事ドットコム (2021年2月8日). 2021年2月9日閲覧。
- ^ “Chiefs trading WR Tyreek Hill to Dolphins for multiple draft picks, including 2022 first-rounder”. NFL. 2022年3月24日閲覧。
- ^ “カンファレンスチャンピオンシップがビルズ対チーフス戦の場合、アトランタのメルセデス・ベンツ・スタジアムが開催地に”. NFL Japan. 2023年1月15日閲覧。
外部リンク
- カンザスシティ・チーフス公式サイト (英語)
- NFL JAPANプロフィール (日本語)