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ゆで卵(ゆでたまご、茹で卵)は、卵料理の一つ。鳥類の卵、特に鶏卵を、殻のまま茹でて凝固させた食品。かつては「うで卵」と呼ぶ地域が存在した[注釈 1]。近畿地方では固く茹でた卵を「煮抜き卵」や「煮抜き」とも呼ぶ。
歴史
もともと「日本書紀」第29巻によると飛鳥時代の天武4年(675年)6月17日に天武天皇から肉食禁止の詔が出されており、奈良時代に発展した仏教においても、卵を食べることは肉食と同様に殺生とされていた。しかし、「薬食い」と称して権力者、病気の庶民及び山里に住んでいる人の一部が、卵類を食べていた。日本において積極的に注目されたのは織田信長の時代で、南蛮人が肉食を生活に持ち込んでからである[1]。
江戸時代後期の風俗、事物を説明した百科事典の一種である「守貞謾稿(もりさだまんこう)」によると、湯出鶏卵(ゆで卵)が20文で売り出されており[2]、当時のかけ蕎麦の価格である16文と比較するとゆで卵は高級品であった。
調理法と保存
殻を割らない状態で、鶏卵やウズラの卵などを鍋に入れて火にかけて沸騰させ、3 - 16分程度茹でて作る。茹で時間により半熟卵、完熟卵に大別され、半熟にも黄身の状態で幅がある。
茹であがったあと、卵の殻を剥き、食塩・コショウ・マヨネーズ・ケチャップ・カレーソース・タバスコなどをつけて食したり、他の料理の材料とする(後述の#ゆで卵を利用した料理を参照のこと)。または、頂部など1箇所だけを剥き、エッグスタンドに立ててスプーンで中をえぐって食べる方法もある。
調理のポイント
- 産卵直後の新鮮な卵では、普通に茹でた場合、卵白に含まれる二酸化炭素の作用によって薄皮が非常に剥きにくく、きれいにはがすのは至難である。また、二酸化炭素が入ったままの白身はぼそぼそとした食感になり、味も落ちる。対策としては、卵の丸い方にひびを入れてから茹でる方法が効果的である[注釈 2]。新鮮な卵を大量に入荷する店では、入荷から少し時間を置いて、鮮度を若干落としたものをゆで卵に用いることが多い。
- 沸騰してから入れると中身が膨張し、内圧で殻が破裂しやすいので、水から茹でる。気室(丸い方)に針で圧力抜きの小穴をあけると割れが防げる。中身が出た時に固まりやすいように食塩を水に入れることもある。卵が冷蔵してある場合は、冷たいまま入れた方が、あとから剥きやすい。黄身の偏りを防ぎたい場合は、時々卵を動かすとよい。
- 茹で時間が長すぎると、硫化水素が発生し、黄身が変色したり、硫黄くさくなる。これを防ぐため、茹で時間を長くても10分以内に抑え、茹であがった卵はすぐに冷水で冷やす。
- 水の中(もしくは流水内)で揉むようにして殻に細かくひびを入れると、より簡単に剥くことができる。
- 熱いうちに濃い目の塩水や調味液につけると、冷める過程で味がしみ、味付け卵を簡単につくることができる。
- ゆで卵調理専用の機器として卵ゆで器がある[3]。また、気室に圧力抜きの穴をあけるための玉子用穴あけ器が市販されている。
加熱条件による出来上がり方
高温で時間を掛けて茹でた場合、白身から発生した硫化水素と、黄身の鉄分とが化合して、黄身の外端が黒緑色となる。これは健康には害がないとされる。また、鍋底に接していた部分が高温で茶褐色に変色し、「硫黄焼け」を起こす場合がある。さらに加熱時間を長くすると、白身全体が褐色をおび、硫化水素臭が強くなるとともに味も落ちる。
卵と卵が十分没する量の水を入れた器を電子レンジにかけてゆで卵を作る方法は、卵が爆発するとともに水が突沸するので絶対にやってはならない(爆発卵の項を参照)。また、冷蔵庫から取り出したばかりの冷たい卵を急激に加熱すると、やはり破裂することがある。また殻をむいた調理済みのゆで卵であっても電子レンジによって再加熱すると爆発することがある。
保存
熱を加えているため、ゆで卵のほうが生卵よりも保存がきくと考える者もいるが、生卵に含まれる酵素のひとつであるリゾチームが熱により破壊されるため、同条件下ではゆで卵のほうが早く腐敗する。
固茹で卵と半熟卵
茹でる時間の加減により、黄身に火が半分通った半熟卵、完全に火が通った固茹で卵に分類できる。
水から茹でる場合、水の量や火力、気温によって温度の上がり方が変わるためにタイミングを見極めるのが難しいが、調理時間はやや短くなり、卵が割れる危険性も少ない。一方、沸騰させてから卵を入れた場合これらのメリットはなくなるが、好みの硬さに仕上げるための時間管理が楽になる[4]。
このために「エッグメーター」と呼ばれる一種の温度計を一緒に茹でる方法がある。また、常に一定の時間で仕上げるために、卵は80 ℃程度で白身と黄身がともに固まることを利用し、多めのお湯をあらかじめ沸騰させておき、そこに卵を入れて蓋をして、あとは熱を加えずに放置する方法(余熱調理)もある。卵が常温の場合、6分前後で半熟に、10分前後で固ゆで卵になる。
また、湯を沸騰させずに、70℃前後の比較的低温を保って数十分茹でると、黄身と白身の凝固温度の違いから、白身は固まらず黄身だけが固まる特殊な状態になる。これは温泉卵と呼ばれ、広い意味でのゆで卵の一種である。
なお、フランスでは殻付きの半熟卵(仏: Œuf à la coque)と殻付きでない半熟卵(仏: Œuf mollet)に分ける[5]。
ゆで卵を利用した料理
- おでん
- ゆで卵はおでんの具としても一般的に用いられる。殻をむいておでんの出汁に入れて一緒に煮ることで、味を含ませる。
- 煮卵、味付け卵(味玉)、ゆで卵の醤油漬け
- 叉焼の煮汁やタレで煮れば煮卵となる。冷たい煮汁にゆで卵を入れて沸騰させ、短時間煮た後、汁ごと長時間かけて冷やすなどにより味を染み込ませて作る。ラーメンのトッピングとしてゆで卵の代わりに煮卵がメニューに加えられている店もある。ゆで卵を半熟に仕上げ、冷たい汁の中に入れて以降は加熱せずに味付けする「半熟煮卵」(厳密には「煮卵」ではないが)が出されることもある。また、醤蛋(ジャンタン)とも呼ばれる。
- 爆弾
- ゆで卵を魚のすり身で包んだ薩摩揚げ。
- スコッチエッグ
- ゆで卵をひき肉で包んだフライ。
- エッグサラダ
- ミモザサラダ
- みそたま
- ゆで卵を八丁味噌の中に入れてじっくり煮込んだ愛知県の料理。
- (ウフ・マヨネーズ)(フランス語: œuf Mayonnaise)[6][7]
- フランス料理。前菜の定番のメニューで、フランス人のソウルフードとも言われる。日本語では「ウフマヨ」と略されることもある。
- ゆで卵にマヨネーズをかけただけの料理であるが、マヨネーズを手作りしたり、市販のマヨネーズにひと手間加えることもよくある。
- 料理評論家の(クロード・ルベイ)とジャーナリストで作家の(ジャック・ペシス)は「ウフ・マヨネーズ保存協会(仏: Association de sauvegarde de l'œuf mayonnaise、ASOM)」を1990年に結成している[8]。
ポーランド料理で非常に好まれる。またユダヤ教の過越祭では、必ず供されるしきたりである[要出典]。
その他、みじん切りにしたゆで卵はマヨネーズとの相性も良く、サンドイッチの具やタルタルソースの材料にすることがある[要出典]。
ゆで卵と科学
- 「コロンブスの卵」という、できそうにないことを簡単にやってのける発想の転換を教えるエピソードがあり、中世イタリアの建築家フィリッポ・ブルネレスキが起源とされる。フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のキューポラの設計を誰が担当するかというときに出た話である。
- 立春または春分には卵が立つという俗説がある。元々中国には立春の日に卵を立てる儀式があり、1945年にそれを見た『ライフ』の特派員、アナリー・ジャコビーがその儀式を紹介する記事を書き、UPI通信社が全米の新聞社に向けて配信した。これがきっかけで、西欧社会に「春分の日だけは卵が垂直に立つ」という俗説が広まった[9]。科学者の中谷宇吉郎には『立春の卵』(1947年発表)という随筆があり[注釈 3]、立春に卵が立つという当時の噂を実験したことを書いている。なお、実際には立春や春分に限らず、1年中いつでも卵を立てることはできる[9]。
- 生卵とゆで卵を割らずに判別する方法に、卵を寝かせてテーブルの上で勢いをつけて回転させ、指で短時間回転を止めた後再び指を離すというものがある。指を離すと再び微妙に回転し始める方が生卵で、これは殻の回転を短時間止めても流体状の中身が慣性で回転を続けたままであるために起きる現象である。もっとも同様の理由で回転させようとした時点で回転しにくく、それだけでも判別できる。
- ゆで卵をテーブルの上などで高速回転させると、次第に起き上がって回転するようになる。この力学は下村裕と(キース・モファット)が解明し、2002年3月28日の『ネイチャー』に掲載された[10]。また、三井と下村らにより、回転する卵が非常にごくわずかだがジャンプするという予測について、現象が確認され、2006年に発表された[11]。
- 日本の小学校でよくおこなわれる理科の実験に、牛乳瓶の口にゆで卵を乗せ、あらかじめ温めておいた中の空気を冷やすなどして中の空気を収縮させて圧力を下げたとき、大気圧との圧力差によってゆで卵が瓶の中に押し込まれる(吸い込まれると説明されることが多い)というものがある。
- 殻を剥いた状態のゆで卵を冷蔵庫に長期間入れておくと、卵白が透明に硬くガラス化して長期保存が可能となる。卵白は水に浸けると元に戻る。
文化
- 東南アジアでは孵化直前のアヒルの卵を茹でた「バロット」と言う料理がある。
- 江戸時代の文献で、黄身が外側・白身が中央に茹でられた「黄身返し卵」と言う料理がある。本来は有精卵を用いるが、近年は市販の無精卵で行う別の方法も開発されている。
- ポーチドエッグは殻を割って卵の中身だけを茹でた料理。
- 文学作品の分類上のハードボイルドとは、元来は「固茹で卵」の意である。
- コンビニエンスストアなどで販売されているサラダやチルド麺類に輪切り状態で入っているゆで卵には、ロールエッグと呼ばれる加工卵が多く用いられている。
- 日本では、愛知県岩倉市がゆで卵生産日本一である。
- ジョナサン・スウィフトの『ガリヴァー旅行記』のうち、「第一篇 リリパット国渡航記」におけるリリパット国とブレフスキュ国の戦争の原因は、卵の殻の正しい剥き方についての意見の相違である。卵は復活祭のシンボルとして、キリスト教信仰を表している。「卵の大きな方からの剥き方」はカトリック教徒を表しており、「卵の小さな方からの剥き方」は英国国教徒を表している。いさかいの原因を嘲笑することによって、聖書の解釈の仕方は幾通りもある事をスウィフトは示している。
- ユダヤ教では、ゆで卵はエルサレムの神殿崩壊を象徴する聖なる料理であり、ユダヤ教徒は過ぎ越し祭にはゆで玉子を食さなくてはならない。
脚注
注釈
出典
- ^ 江間三恵子「江戸時代における獣鳥肉類および卵類の食文化」『日本食生活学会誌』第23巻第4号、日本食生活学会、2013年、247-258頁、doi:10.2740/jisdh.23.247、ISSN 13469770、CRID 1390282680176063360、2023年5月9日閲覧。
- ^ “守貞謾稿② (江戸検受験対策)”. 江戸や江戸検定について気ままに綴るブログ. 2020年5月2日閲覧。
- ^ 意匠分類定義カード(C5) 特許庁
- ^ “ゆで卵は水とお湯、どっちでゆでる? 「好みの固さにしたい」答えがわかった”. J-CASTトレンド (2021年8月19日). 2021年8月25日閲覧。
- ^ 佐藤正透『暮らしのフランス語単語8000』語研、2014年、41頁。
- ^ なべこ (2018年1月29日). “卵ひとつで簡単おつまみ。シンプルだけど絶品な「ウフマヨ」アレンジレシピ”. おうちごはん. 2018年10月16日閲覧。
- ^ “【ウフマヨ】マヨネーズとは“卵を楽しむ料理”なのだ”. 日刊ゲンダイ (2018年8月7日). 2018年10月16日閲覧。
- ^ “Les meilleurs œufs mayo de Paris”. フィガロ (2014年12月3日). 2018年10月16日閲覧。
- ^ a b 科学か迷信か 春分の日に卵がまっすぐに立つ理由、ナショナルジオグラフィック日本版、2019年1月4日。
- ^ Moffatt, H. K.; Shimomura, Y. (2002/03/01). “Can a spinning egg really jump?”. Nature 416 (6879): 385-386. doi:10.1038/416385a. ISSN 1476-4687 .
- ^ Mitsui, T; Aihara, K; Terayama, Chikako; Kobayashi, H; Shimomura, Y (2006). “Can a spinning egg really jump?”. Proceedings of the Royal Society A: Mathematical, Physical and Engineering Sciences (The Royal Society London) 462 (2074): 2897-2905. doi:10.1098/rspa.2006.1718 .
- ^ Yuan, Tom Z.; Ormonde, Callum F. G.; Kudlacek, Stephan T.; Kunche, Sameeran; Smith, Joshua N.; Brown, William A.; Pugliese, Kaitlin M.; Olsen, Tivoli J. et al. (2015-02-09). “Shear-Stress-Mediated Refolding of Proteins from Aggregates and Inclusion Bodies” (英語). ChemBioChem 16 (3): 393-396. doi:10.1002/cbic.201402427. PMC 4388321. PMID (25620679) .
- ^ “'Unboiling' of egg wins researchers parody Nobel” (英語). ABC News (2015年9月18日). 2022年11月5日閲覧。