競技結果
日本プロ野球
ペナントレース
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日本シリーズ
日付 | 試合 | ビジター球団(先攻) | スコア | ホーム球団(後攻) | 開催球場 |
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10月17日(土) | (第1戦) | 雨天中止 | 横浜スタジアム | ||
10月18日(日) | 西武ライオンズ | 4 - 9 | 横浜ベイスターズ | ||
10月19日(月) | (第2戦) | 西武ライオンズ | 0 - 4 | 横浜ベイスターズ | |
10月20日(火) | 移動日 | ||||
10月21日(水) | (第3戦) | 雨天中止 | 西武ドーム | ||
10月22日(木) | 横浜ベイスターズ | 2 - 7 | 西武ライオンズ | ||
10月23日(金) | (第4戦) | 横浜ベイスターズ | 2 - 4 | 西武ライオンズ | |
10月24日(土) | (第5戦) | 横浜ベイスターズ | 17 - 5 | 西武ライオンズ | |
10月25日(日) | 移動日 | ||||
10月26日(月) | (第6戦) | 西武ライオンズ | 1 - 2 | 横浜ベイスターズ | 横浜スタジアム |
優勝:横浜ベイスターズ(38年ぶり2回目) |
個人タイトル
セントラル・リーグ | パシフィック・リーグ | |||||
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タイトル | 選手 | 球団 | 成績 | 選手 | 球団 | 成績 |
最優秀選手 | 佐々木主浩 | 横浜 | 松井稼頭央 | 西武 | ||
最優秀新人 | 川上憲伸 | 中日 | 小関竜也 | 西武 | ||
首位打者 | 鈴木尚典 | 横浜 | .337 | イチロー | オリックス | .358 |
本塁打王 | 松井秀喜 | 巨人 | 34本 | N.ウィルソン | 日本ハム | 33本 |
打点王 | 松井秀喜 | 巨人 | 100点 | N.ウィルソン | 日本ハム | 124点 |
最多安打 | 石井琢朗 | 横浜 | 174本 | イチロー | オリックス | 181本 |
盗塁王 | 石井琢朗 | 横浜 | 39個 | 松井稼頭央 | 西武 | 43個 |
小坂誠 | ロッテ | |||||
最高出塁率 | 松井秀喜 | 巨人 | .421 | 片岡篤史 | 日本ハム | .435 |
最優秀防御率 | 野口茂樹 | 中日 | 2.34 | 金村暁 | 日本ハム | 2.73 |
最多勝利 | 川崎憲次郎 | ヤクルト | 17勝 | 西口文也 | 西武 | 13勝 |
武田一浩 | ダイエー | |||||
黒木知宏 | ロッテ | |||||
最多奪三振 | 石井一久 | ヤクルト | 241個 | 西口文也 | 西武 | 148個 |
最高勝率 | 桑田真澄 | 巨人 | .762 | 黒木知宏 | ロッテ | .591 |
最優秀救援投手 | 佐々木主浩 | 横浜 | 46SP | 大塚晶文 | 近鉄 | 38SP |
ベストナイン
セントラル・リーグ | パシフィック・リーグ | |||
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守備位置 | 選手 | 球団 | 選手 | 球団 |
投手 | 佐々木主浩 | 横浜 | 西口文也 | 西武 |
捕手 | 谷繁元信 | 横浜 | 伊東勤 | 西武 |
一塁手 | 駒田徳広 | 横浜 | P.クラーク | 近鉄 |
二塁手 | R.ローズ | 横浜 | J.フランコ | ロッテ |
三塁手 | 江藤智 | 広島 | 片岡篤史 | 日本ハム |
遊撃手 | 石井琢朗 | 横浜 | 松井稼頭央 | 西武 |
外野手 | 松井秀喜 | 巨人 | イチロー | オリックス |
鈴木尚典 | 横浜 | 大村直之 | 近鉄 | |
前田智徳 | 広島 | 柴原洋 | ダイエー | |
指名打者 | N.ウィルソン | 日本ハム |
高校野球
- 第70回選抜高等学校野球大会優勝:横浜(神奈川県)
- 第80回全国高等学校野球選手権大会優勝:横浜(神奈川県)
大学野球
- 第47回全日本大学野球選手権大会優勝:近畿大
- 第29回明治神宮野球大会優勝:亜細亜大
社会人野球
メジャーリーグ
詳細は「1998年のメジャーリーグベースボール」を参照
- マーク・マグワイアとサミー・ソーサがシーズン最多本塁打記録争いを繰り広げ、1961年にロジャー・マリスが作った年間61本の本塁打記録に挑む。マグワイアが70本、ソーサが66本を打ち、両者そろって記録を破る。
- ワールドシリーズ:ニューヨーク・ヤンキース(4戦全勝)サンディエゴ・パドレス
- アメリカンリーグ東地区優勝:ニューヨーク・ヤンキース
- アメリカンリーグ中地区優勝:クリーブランド・インディアンス
- アメリカンリーグ西地区優勝:テキサス・レンジャーズ
- ナショナルリーグ東地区優勝:アトランタ・ブレーブス
- ナショナルリーグ中地区優勝:ヒューストン・アストロズ
- ナショナルリーグ西地区優勝:サンディエゴ・パドレス
できごと
この節の加筆が望まれています。 |
1月
- 1月5日 - ドン・サットンのアメリカ野球殿堂入りが、全米野球記者協会の投票によって決定。
- 1月15日 - ヤクルトスワローズからFAの吉井理人がニューヨーク・メッツへ移籍。
- 1月31日 - PL学園野球部監督の中村順司が第70回選抜高等学校野球大会を最後に勇退することを表明。
2月
3月
- 3月3日 - ラリー・ドビー、リー・マクフェイル、ジョージ・デービス、ブレット・ジョー・ローガンがベテランズ委員会の選出によりアメリカ野球殿堂入り。
- 3月31日 - MLBの新球団タンパベイ・デビルレイズとアリゾナ・ダイヤモンドバックスが開幕戦。
4月
- 4月3日 - プロ野球セントラル・リーグの公式戦が開幕[1]。
- 4月4日 - プロ野球パシフィック・リーグの公式戦が開幕[2]。
- 4月5日
- 4月8日 - 第70回選抜高等学校野球大会の決勝戦が阪神甲子園球場で行われ、横浜が関大一を3-0で破り25年ぶり2回目の優勝。
- 4月22日 - ヤクルトは神宮球場での対中日5回戦の一回裏、2番・真中満から4四球を挟み6番・池山隆寛までプロ野球新記録の10連続安打。またプロ野球タイ記録の1イニング13得点[5]。
- 4月25日 - 【MLB】ボルチモア・オリオールズのカル・リプケンがボルチモアでのオークランド・アスレチックス戦に5番・3塁で出場し、メジャー通算2500試合連続出場を達成[6]。
5月
- 5月3日 - パ・リーグは西武、ダイエーが勝ったためそれぞれ勝ち越し1となり、リーグ内で6球団中5球団が勝ち越し、最下位のオリックスだけが11の負け越し。1980年9月30日に南海以外のチームが勝ち越して以来[7]。
- 5月4日 - 日本ハムの片岡篤史がグリーンスタジアム神戸での対オリックス6回戦で、パ・リーグタイ記録の1試合5四球[8]。
- 5月5日 - 巨人の槙原寛己が東京ドームでの対横浜4回戦に先発して今季1勝目を挙げ、プロ通算150勝を達成[9]。
- 5月16日 - 広島の大野豊が広島市民球場での対阪神6回戦に先発し、プロ通算700試合登板を達成[10]。
- 5月21日 - 巨人の大森剛と近鉄の背尾伊洋・南真一郎の交換トレードが成立したと巨人、近鉄両球団が発表[11]。
- 5月23日
- 5月25日 - 近鉄は球団社長の筑間啓亘が辞任し、6月1日付けで近鉄本社専務の藤井賢三が就任すると発表[13]。
- 5月26日
- 5月29日 - 近鉄は中日から市原圭を金銭トレードで獲得したと発表[17]。
- 5月31日 - 西武の佐々木誠がグリーンスタジアム神戸での対オリックス7回戦に出場し、プロ通算1500試合出場を達成[18]。
6月
- 6月1日 - 【MLB】ロサンゼルス・ドジャースは午後1時よりドジャースタジアムにて記者会見し、野茂英雄の退団を発表[19]。
- 6月2日 - ヤクルトの古田敦也がナゴヤドームでの対中日9回戦に出場し、プロ通算1000試合出場を達成[20]。
- 6月3日 - 広島の江藤智が甲子園球場での対阪神8回戦の七回表に7号2点本塁打を打ち、プロ通算200本塁打を達成[21]。
- 6月4日 - 【MLB】ロサンゼルス・ドジャースはニューヨーク・メッツとの間で野茂英雄を含む2対2のトレードが成立したと発表[22]。
- 6月12日 - ロッテの初芝清が千葉マリンスタジアムでの対オリックス11回戦に出場し、プロ通算1000試合出場を達成[23]。
- 6月16日 - ダイエーの秋山幸二がグリーンスタジアム神戸での対オリックス11回戦の七回表に6号2点本塁打を打ち、プロ通算400本塁打を達成[24]。
- 6月17日
- 6月18日 - 日本ハムの落合博満が西武ドームでの対西武12回戦に先発出場し、セ・パ両リーグで1000試合出場を達成。史上2人目[27]。
- 6月25日 - プロ野球コミッショナー事務局は、1970年に黒い霧事件で永久追放処分を受けた池永正明の名誉回復を求める署名運動の実行委員会に対し「当時の裁決を再審することはできない」と文書で回答[28]。
- 6月27日 - ロッテは台湾プロ野球の和信のブライアン・ウォーレンを獲得したと発表[29]。
- 6月30日 - 横浜の佐々木主浩が横浜スタジアムでの対広島14回戦の九回表から登板して23セーブ目を挙げ、1994年に近鉄の赤堀元之が記録した21試合連続セーブポイントの記録を更新する22となる[30]。
7月
- 7月1日 - 広島の町田公二郎が横浜スタジアムでの対横浜16回戦の七回表にティモ・ペレスの代打として登場し、関口伊織から1号満塁本塁打を打ち、元近鉄の佐藤竹秀の記録と並ぶ最多タイの通算3本目の代打満塁本塁打となる[31]。
- 7月4日
- 7月5日 - 広島の佐々岡真司が広島市民球場での対阪神13回戦に先発し、七回表に新庄剛志からこの試合7個目の三振を奪い、プロ通算1000奪三振を達成[34]。
- 7月7日
- 7月9日 - オリックス対ロッテ15回戦がグリーンスタジアム神戸で行われ、ロッテがオリックスに9-6で勝利し、連敗を18で止める[38]。ロッテはこの試合で三回から七回まで5連続併殺打。ロッテの立川隆史がプロ野球タイ記録となる1試合3併殺打を記録。
- 7月12日 - 横浜対中日12回戦が帯広で行われ、日没のため延長12回9-9の引き分けとなる[39]。
- 7月25日 - 阪神の新庄剛志が甲子園球場での対横浜17回戦の二回裏に野村弘樹から3号本塁打を打ち、プロ通算100本塁打を達成[40]。
- 7月27日 - ヤクルトの池山隆寛が神宮球場での対広島19回戦に5番・三塁で先発出場し、プロ通算1500試合出場を達成[41]。
- 7月28日 - 巨人の松井秀喜が神宮球場での対ヤクルト21回戦の八回表に22号本塁打を打ち、プロ通算150本塁打を達成[42]。
- 7月30日 - 西武はオーナー代行の仁杉巌が高齢を理由に辞任し、後任に西武鉄道社長の戸田博之が就任したと発表[43]。
- 7月31日
- 甲子園球場での阪神対巨人15回戦で巨人先発のバルビーノ・ガルベスは試合中に主審の橘高淳の判定に何度か苛立ちを見せ、六回裏、阪神の坪井智哉に本塁打を打たれた直後に主審の橘高に対し猛烈に抗議、巨人の監督の長嶋茂雄はここで投手交代を主審に次げベンチからマウンドに向かいガルベスを三塁ベンチに戻させるが、ガルベスが戻る途中でマウンド上に集まっていた審判団に向けてボールを投げつける。ボールは当たらなかったが、主審の橘高はこのガルベスの行動に対し侮辱行為として退場を宣告[44]。
8月
- 8月1日 - 巨人は、7月31日の試合で審判に向けてボールを投げつけて退場処分を受けたバルビーノ・ガルベスに対し、無期限出場停止と米国への帰国を通告。また、セ・リーグ会長の高原須美子は、ガルベスを統一契約書に定められたプロ野球選手の「模範行為」に反するとして今季の出場停止処分を下したと発表[45]。
- 8月2日 - 甲子園球場での阪神対巨人17回戦で、八回表に巨人の高橋由伸が阪神の吉田豊彦から死球を受け、巨人の打撃コーチの武上四郎がベンチから飛びだして阪神の捕手の矢野輝弘の胸を突き、武上は退場処分を受ける。八回裏、阪神の矢野が巨人の槙原寛己から死球を受け、阪神の三塁ベースコーチの大熊忠義が槙原に体当たりし、大熊は退場処分を受ける[46]。
- 8月3日
- 8月5日 - 横浜の佐々木主浩が横浜スタジアムでの対阪神20回戦に九回表から救援登板して今季29セーブ目を挙げ、プロ野球新記録となる通算193セーブを挙げる[49]。
- 8月9日 - 福山市民球場での広島対横浜22回戦は延長15回、試合時間が6時間13分、試合終了時刻が10日午前0時15分、プロ野球史上3番目の長時間試合となる。試合は6-6の同点の延長15回表に横浜が8点取り横浜が14-6で勝利[50]。
- 8月11日 - 阪神はアロンゾ・パウエルの退団を発表。パウエルは9日に監督の吉田義男から二軍落ちを宣告され、11日には球団から来季は戦力外と通告されたため、この日甲子園球場の球団事務所で球団社長の三好一彦と話し合い、退団が決定[51]。
- 8月14日 - 阪神は東京ドームでの対巨人18回戦に3-9で敗れ、球団ワーストタイ記録の10連敗[52]。
- 8月15日 - 東京ドームで巨人対阪神19回戦が行われ、阪神は巨人に4-5でサヨナラ負けし、球団ワースト新記録の11連敗[53]。巨人の川相昌弘が七回裏一死一塁の場面で犠打を決め、プロ野球新記録となる通算452犠打を達成[54]。
- 8月18日 - 阪神は倉敷での対広島17回戦に3-2で勝利し、連敗を12で止める[55]。
- 8月19日 - 中日の立浪和義が神宮球場での対ヤクルト19回戦の三回表に7号本塁打を打ち、プロ通算100本塁打を達成[56]。
- 8月20日 - 第80回全国高等学校野球選手権記念大会の第15日準々決勝の横浜高校対PL学園戦が行われ、第61回大会の1979年8月17日の箕島高校対星稜高校以来の延長17回となり横浜が延長17回9-7でPLを下し準決勝進出[57]。
- 8月22日 - 第80回全国高等学校野球選手権記念大会の決勝戦が甲子園球場で行われ、横浜高校が京都成章に3-0で勝利、優勝。史上5度目の春夏大会制覇。横浜先発・松坂大輔は無安打無得点を達成。決勝戦での第二十五回大会の海草中学校の嶋清一以来史上2度目[58]。
- 8月25日 - 横浜の谷繁元信が甲子園球場での対阪神22回戦に出場し、プロ通算1000試合出場を達成[59]。
- 8月27日
- 8月28日 - 広島の前田智徳が横浜スタジアムでの対横浜23回戦の七回表に二塁打を打ち、プロ通算1000安打を達成[62]。
9月
- 9月4日 - 横浜の佐々木主浩がナゴヤドームでの対中日18回戦の十回裏二死一、三塁の場面で登板し今季35セーブ目をあげ、プロ通算200セーブを達成[63]。
- 9月8日 - セントルイス・カージナルスのマーク・マグワイアがブッシュ・メモリアル・スタジアムでの対カブス戦のメジャー新記録となるシーズン62号本塁打を記録(→1998年のMLBシーズン最多本塁打記録対決)[64]。
- 9月9日 - ダイエーの工藤公康が千葉マリンスタジアムでの対ロッテ23回戦に先発し7回1/3、3失点で6勝目を挙げ、プロ通算150勝を達成[65]。
- 9月12日 - 巨人の監督の長嶋茂雄が東京・大手町の読売新聞本社にてオーナーの渡辺恒雄と会談。今季で3年契約が切れるため去就について話し合い、来季も続投することが決定[66]。
- 9月13日 - 広島の前田智徳が広島市民球場での対ヤクルト27回戦で3安打を打ち、セ・リーグ新記録を更新する23度目の猛打賞[67]。
- 9月19日 - 横浜の佐々木主浩が神宮球場での対ヤクルト20回戦の八回裏から登板し今季39セーブ目を挙げ、年間最多セーブのプロ野球記録を更新[68]。
- 9月20日
- 9月21日 - ヤクルトの球団社長の田口周は監督の野村克也が20日の対横浜21回戦の試合終了後に球団に対し今季限りでの辞任を申し出たことを明らかにした[70]。
- 9月23日 - 日本ハムの広瀬哲朗が今季限りでの現役引退を表明[71]。
- 9月26日
- 9月27日 - 巨人の吉村禎章が今季限りでの現役引退を表明[74]。
- 9月28日 - ロッテの堀幸一が千葉マリンスタジアムでの対日本ハム24回戦の七回裏に二塁打を打ち、プロ通算1000本安打を達成[75]。
10月
- 10月1日 - 巨人は金石昭人が今季限りで現役引退すると発表[76]。
- 10月7日 - 西武ドームでの西武対近鉄ダブルヘッダー第2試合の27回戦で西武が5-2で勝ち、2年連続のリーグ優勝達成[77]。
- 10月8日
- 10月9日 - ヤクルトの飯田哲也が神宮球場での対阪神27回戦の七回裏に右中間への二塁打を打ち、プロ通算1000本安打を達成[81]。
- 10月13日
- 10月14日
- 10月15日 - ヤクルトの渡辺久信と伊東昭光が引退の申し入れを球団から了承される[87]。
- 10月16日 - 近鉄は中島輝士の現役引退と二軍打撃コーチの就任を発表[88]。
- 10月25日 - 阪神の新監督に前ヤクルト監督の野村克也が就任。
- 10月26日 - 日本シリーズ第6戦が横浜スタジアムで行われ、横浜が西武に2-1で勝利し、4勝2敗で横浜が38年ぶり2度目の日本一達成[89]。
- 10月27日 - 正力松太郎賞の選考が都内のホテルで行われ、横浜の佐々木主浩を選出[90]。
- 10月28日 - プロ野球の最優秀選手、最優秀新人を決める担当記者の投票の開票が行われ、最優秀選手はセ・リーグが横浜の佐々木主浩、パ・リーグは松井稼頭央、最優秀新人にセ・リーグは中日の川上憲伸、パ・リーグは西武の小関竜也が選出される[91]。
- 10月30日 - 中日は日本ハムから島崎毅を金銭トレードで獲得したと発表[92]。
11月
- 11月4日 - 中日は山田久志の一軍投手コーチ就任を発表[93]。
- 11月7日 - 阪神は西武から佐々木誠を金銭トレードで獲得したと発表[94]。
- 11月9日 - ヤクルトはデュウェイン・ホージーとエリック・アンソニーを自由契約にした[95]。
- 11月17日 - 近鉄は常務取締役編成部長の岡本伊三美が専務取締役球団代表に就任すると発表[96]。
- 11月20日 - ドラフト会議が午前10時半から新高輪プリンスホテルにて行われ、注目の横浜高校の松坂大輔は競合の末、西武ライオンズが交渉権を獲得[97]。
- 11月24日 - オリックスの高橋智とヤクルトの松元秀一郎の交換トレードが成立したとオリックス、ヤクルト両球団が正式に発表[98]。
- 11月27日
12月
誕生
5月
7月
8月
12月
死去
脚注
- ^ 読売新聞1998年4月4日1面「巨人好スタート セ・リーグ開幕」読売新聞縮刷版1998年4月p173
- ^ 読売新聞1998年4月5日21面「パも開幕」読売新聞縮刷版1998年4月p245
- ^ 読売新聞1998年4月6日16面「ヤクルトと日本ハムでトレード成立」読売新聞縮刷版1998年4月p288
- ^ 読売新聞1998年4月6日16面「上田監督が監督通算1000敗」読売新聞縮刷版1998年4月p288
- ^ 読売新聞1998年4月23日19面「ヤクルトが10連続安打のプロ野球新記録」読売新聞縮刷版1998年4月p1169
- ^ 読売新聞1998年4月27日17面「リプケン連続出場2500試合」読売新聞縮刷版1998年4月p1395
- ^ 読売新聞1998年5月4日12面「BWだけが借金生活」読売新聞縮刷版1998年5月p152
- ^ 読売新聞1998年5月5日22面「日本ハム・片岡がパ・リーグタイ記録の1試合5四球」読売新聞縮刷版1998年5月p186
- ^ 読売新聞1998年5月6日夕刊11面「槙原 耐えて150勝」読売新聞縮刷版1998年5月p207
- ^ 読売新聞1998年5月17日21面「広島・大野が700試合登板」読売新聞縮刷版1998年5月p749
- ^ 読売新聞1998年5月22日18面「大森の移籍発表」読売新聞縮刷版1998年5月p1012
- ^ a b 読売新聞1998年5月24日18面「阪神・和田、巨人・清原が1500安打」読売新聞縮刷版1998年5月p1120
- ^ 読売新聞1998年5月26日23面「近鉄の社長交代」読売新聞縮刷版1998年5月p1227
- ^ 読売新聞1998年5月27日16-17面「川尻 ノーヒット・ノーラン セ 28人目」読売新聞縮刷版1998年5月p1274-1275
- ^ 読売新聞1998年5月27日17面「ロッテの堀が全打順本塁打」読売新聞縮刷版1998年5月p1275
- ^ 読売新聞1998年5月27日16面「ダイエー吉田が阪神に移籍」読売新聞縮刷版1998年5月p1274
- ^ 読売新聞1998年5月30日16面「中日から市原を獲得」読売新聞縮刷版1998年5月p1434
- ^ 読売新聞1998年6月1日18面「西武・佐々木が通算1500試合出場」読売新聞縮刷版1998年6月p18
- ^ 読売新聞1998年6月2日夕刊1面「野茂、ドジャース退団 在籍3年余 本人希望 『環境変えたい』」読売新聞縮刷版1998年6月p95
- ^ 読売新聞1998年6月3日19面「ヤクルト・古田が1000試合出場」読売新聞縮刷版1998年6月p129
- ^ 読売新聞1998年6月4日22面「江藤通算200号 広島堅首」読売新聞縮刷版1998年6月p180
- ^ 読売新聞1998年6月5日夕刊1面「野茂メッツ入り 2対2トレード」読売新聞縮刷版1998年6月p259
- ^ 読売新聞1998年6月13日24面「ロッテ・初芝が通算1000試合出場」読売新聞縮刷版1998年6月p664
- ^ 読売新聞1998年6月17日20面「秋山 勝ち越し400号」読売新聞縮刷版1998年6月p846
- ^ 読売新聞1998年6月18日25面「巨人・桑田が1500奪三振と2000投球回を達成」読売新聞縮刷版1998年6月p907
- ^ 読売新聞1998年6月17日24面「広島・正田が1500試合出場」読売新聞縮刷版1998年6月p906
- ^ 「日本ハム・落合が両リーグ1000試合出場」『読売新聞』(縮刷・関東版) 1998年(平成10年)6月19日付朝刊、24面(スポーツ面)。
- ^ 読売新聞1998年6月25日35面「池永元投手 復権ならず プロ野球『黒い霧』で追放28年 コミッショナー事務局『再審理せず』回答」読売新聞縮刷版1998年6月p1299
- ^ 読売新聞1998年6月28日22面「ロッテがウォーレン投手を獲得」読売新聞縮刷版1998年6月p1462
- ^ 読売新聞1998年7月1日24面「佐々木日本新22連続SP」読売新聞縮刷版1998年7月p24
- ^ 読売新聞1998年7月2日21面「広島・町田が史上最多タイの3本目の代打満塁本塁打」読売新聞縮刷版1998年7月p81
- ^ 読売新聞1998年7月5日20面「ロッテパ・タイ15連敗 異例の『厄払い』御利益なく・・・11回に力尽く」読売新聞縮刷版1998年7月p270
- ^ 読売新聞1998年7月5日21面「阪神・坪井が史上5人目の先頭打者ランニングホームラン」読売新聞縮刷版1998年7月p271
- ^ 読売新聞1998年7月6日21面「広島・佐々岡が通算1000奪三振」読売新聞縮刷版1998年7月p323
- ^ 読売新聞1998年7月8日26面「ロッテ日本記録17連敗 12回満塁サヨナラ被弾」読売新聞縮刷版1998年7月p444
- ^ 読売新聞1998年7月8日26面「代打広永 11人目快挙」読売新聞縮刷版1998年7月p444
- ^ 読売新聞1998年7月8日27面「”大魔神”倒れる 今季初失点 連続セーブ22止まり 『直球狙い』後輩・矢野輝が一撃」読売新聞縮刷版1998年7月p445
- ^ 読売新聞1998年7月10日21面「ロッテ27日ぶり白星 連敗18で止める」読売新聞縮刷版1998年7月p563
- ^ 読売新聞1998年7月13日11面「横浜9回6点追いつく 中日の抑え2枚看板攻略 日没引き分け」読売新聞縮刷版1998年8月p725
- ^ 読売新聞1998年7月26日17面「阪神・新庄が通算100号本塁打」読売新聞縮刷版1998年7月p1393
- ^ 読売新聞1998年7月28日23面「ヤクルト・池山が1500試合出場」読売新聞縮刷版1998年7月p1501
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- ^ 読売新聞1998年10月15日24面「『故郷に優勝もたらす』原コーチ、巨人と契約 水野コーチ『若い投手と頑張る』」読売新聞縮刷版1998年10月p762
- ^ 読売新聞1998年10月15日25面「達川監督就任会見」読売新聞縮刷版1998年10月p763
- ^ 読売新聞1998年10月15日25面「史上最高の右打者 静かに引退 落合 正式表明」読売新聞縮刷版1998年10月p763
- ^ 読売新聞1998年10月16日25面「渡辺、伊東が引退」読売新聞縮刷版1998年10月p821
- ^ 読売新聞1998年10月17日25面「球界情報」読売新聞縮刷版1998年10月p877
- ^ 読売新聞1998年10月27日1面「横浜 日本一 *38年ぶり2度目」読売新聞縮刷版1998年10月p1419
- ^ 読売新聞1998年10月28日25面「佐々木に正力賞 日本一に貢献 ストッパーで初」読売新聞縮刷版1998年10月p1499
- ^ 読売新聞1998年10月29日25面「セ新人王は川上 MVP 佐々木(横浜)松井(西武)」読売新聞縮刷版1998年10月p1549
- ^ 読売新聞1998年10月31日25面「トレードで島崎獲得」読売新聞縮刷版1998年10月p1677
- ^ 読売新聞1998年11月5日23面「山田投手コーチ発表」読売新聞縮刷版1998年11月p213
- ^ 読売新聞1998年11月8日31面「西武の佐々木を獲得」読売新聞縮刷版1998年11月p399
- ^ 読売新聞1998年11月10日27面「ホージー自由契約」読売新聞縮刷版1998年11月p463
- ^ 読売新聞1998年11月18日22面「近鉄代表に岡本氏」読売新聞縮刷版1998年11月p886
- ^ 読売新聞1998年11月20日夕刊1面「松坂(横浜高)西武が交渉権 ドラフト会議 巨人は二岡」読売新聞縮刷版1998年11月p1021
- ^ 読売新聞1998年11月25日21面「BW高橋智がヤクルト移籍 松元とトレード」読売新聞縮刷版1998年11月p1245
- ^ 読売新聞1998年11月28日1面「オリックス スカウトが自殺 那覇 沖水の投手交渉役」読売新聞縮刷版1998年11月p1417
- ^ 読売新聞1998年11月28日27面「西武と交換トレード」読売新聞縮刷版1998年11月p1443