金井町(かないまち)は、かつて新潟県佐渡郡におかれていた町。佐和田町への通勤率は12.3%・両津市への通勤率は11.3%(いずれも平成12年国勢調査)。佐渡地方の中央にあって海に接しておらず、農業が盛んであった。2004年3月1日に、合併して佐渡市の一部になった。
かないまち 金井町 | |
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廃止日 | 2004年3月1日 |
廃止理由 | 新設合併 佐渡島内 全10市町村 → 佐渡市 |
現在の自治体 | 佐渡市 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 中部地方、北陸地方 甲信越地方、信越地方 北信越地方、上信越地方 広域関東圏 |
都道府県 | 新潟県 |
郡 | 佐渡郡 |
市町村コード | 15603-5 |
面積 | 54.33 km2. |
総人口 | 7,145人 (2003年11月1日) |
隣接自治体 | 両津市、新穂村、畑野町、真野町、佐和田町、相川町 |
町の木 | ブナ[1] |
町の花 | シャクナゲ[1] |
金井町役場 | |
所在地 | 〒952-1209 新潟県佐渡郡金井町大字千種232[1] (現在の佐渡市役所) |
外部リンク | - ウェイバックマシン(2003年12月26日アーカイブ分) |
座標 | 北緯38度01分06秒 東経138度22分05秒 / 北緯38.01831度 東経138.36814度座標: 北緯38度01分06秒 東経138度22分05秒 / 北緯38.01831度 東経138.36814度 |
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ウィキプロジェクト |
地理
佐渡島の内陸にあり、離島としては珍しく海岸線のない町だった。
町の南半は、佐渡の中央部、国中平野の一部をなした。平野の中央を流れる国府川が、町の南東の境とほぼと重なった。町の中央を国府川の支流、新保川が北から南に流れた。平野部は水田で、人家は山裾をふちどるように平地の北側に集中した。
北半は大佐渡山地の一部にあたった。北西に、島の最高点の金北山 (1171.9m) があった。
隣接していた自治体
歴史
- 1889年 (明治22年) 4月1日 - 町村制施行
- 1896年 (明治29年) 4月1日 - 雑太郡と加茂郡が羽茂郡と合併して佐渡郡となる。
- 1901年 (明治34年)
- 1954年 (昭和29年) 11月3日 - 金沢村と吉井村の一部(吉井・吉井本郷・大和・安養寺・三瀬川・水渡田)が合併して金井村になった。
- 1960年 (昭和35年) 11月3日 - 金井村が町制施行して金井町になった。
- 2004年 (平成16年) 3月1日 - 両津市、相川町、佐和田町、新穂村、畑野町、真野町、小木町、羽茂町、赤泊村と合併して、佐渡市になった。市役所は以前の金井町役場に置かれ、後に新しい建物に移転することになった。
町名の由来
1954年の金沢村と吉井村の一部の合併の際に、金沢の「金」と吉井の「井」、と村名の一字ずつを取り新しい村名とした。この名前が町制移行の際そのまま引き継がれた。
行政
経済
産業
戦後、農業人口が総人口に占める割合は減ってきたが、21世紀はじめになっても半数近くが農家であった。水稲の生産が主で、他に大豆、蕎麦、柿、肉牛を作った。
姉妹都市・提携都市
なし
教育
- 新潟県立佐渡女子高等学校
- 合併後の2004年(平成16年)4月1日に新潟県立佐渡高等学校と統合した。校舎は佐渡高等学校金井校舎として使用された時期もあった。
- (金井中学校)
- (金井小学校)
- 吉井小学校
- 佐渡市合併時に金井吉井小学校へ改称。その後2012年度末に閉校となった[2]。
施設
医療施設
佐渡総合病院が立地しており、島内全域から通院客が訪れた[3]。
交通
道路
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
出身有名人
脚注
関連項目
外部リンク
- - ウェイバックマシン(2003年12月26日アーカイブ分)
- 市政概要:合併資料(平成) 佐渡市