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サイパン国際空港

サイパン国際空港(サイパンこくさいくうこう、英語: Saipan International Airport)は、北マリアナ諸島サイパン島にある国際空港である。

サイパン国際空港
Saipan International Airport
Francisco C. Ada Airport
IATA: SPN - ICAO: PGSN
概要
国・地域 北マリアナ諸島
所在地 サイパン島
母都市 ガラパン
種類 公共
所有者 Commonwealth Ports Authority
標高 66 m (215 ft)
座標 北緯15度07分08秒 東経145度43分46秒 / 北緯15.11889度 東経145.72944度 / 15.11889; 145.72944
公式サイト 公式ウェブサイト
地図
SPN
空港の位置
滑走路
方向 ILS 長さ×幅 (m) 表面
07/25 2,652×61 アスファルト
統計(2005年)
発着回数 39,542回
リスト
空港の一覧
(テンプレートを表示)

概要

サイパン国際空港は、734エーカー(297ヘクタール)の面積があり、8,700ft(フィート)×200ft(2,652m×61m)の滑走路がある[1]。深夜便が多いので、事実上24時間運用の空港となっている。

北マリアナ諸島の表玄関となる空港であり、国際線ターミナルと国内線ターミナルの2つのターミナルがある。国内線ターミナルからテニアンロタへの便に乗り換えることができる。国際線ターミナルには、6基のボーディングブリッジが等間隔で並んでおり、大部分がボーイング747クラスの(大型機)も使用可能である。

国際線ターミナルには、到着ロビーに観光案内所・ATM・軽食店・インターネットサービス・レンタカーの受付など、出国制限エリアにレストラン空港ラウンジDFSによる免税店や土産物店・両替所などの各施設が充実している。

ラウンジ

国際線ターミナルの制限エリアには、共用ラウンジの「ハファダイガーデン」が設置されている。ハファダイガーデンには、新聞(日本語新聞日本から空輸されるため、配達されるのは当日の午後になる)やソフトドリンク、アルコール類が準備されて、おつまみや軽食も準備されている。ソファ席とテーブル席が80席用意されているほか、ビジネスコーナーがある。利用時間は、0:00~8:00/13:00~21:15。

歴史

 
イズリー飛行場(1945年撮影)。右上にコブラー飛行場も見える。

第一農場の暫定滑走路

元々この地には、南洋興発株式会社の第一農場(アスリート農場)が置かれており、辺り一面サトウキビプランテーションであった。また、約600人の日本人が居住していた街もあり、学校駐在所商店もあった。

ところが、1933年(昭和8年)に帝国海軍が特別大演習を実施することになり、訓練機離着陸のために農場の一区画約30万を潰して即席の飛行場を作ることになった。東西800 m、600 mのL字型滑走路が建設された。「マカダム舗装」という簡易舗装であったため、演習中にひびが入るほど脆く、大演習終了後は特に利用することもなかったため、瞬く間に雑草がアスファルトを突き破り、元の(サトウキビ畑)へと転用されていった。

「共同網干し場」の建設

1937年(昭和12年)になり、日本海軍は南洋群島域内に軍事施設を建設する方針を固め、特別大演習の滑走路と同じ場所に海軍飛行場を建設することになった。もっとも、南洋群島は国際連盟の委任統治規定により軍事施設の構築が禁止されていたため、表向きは「共同網干し場」の名目で建設された。

第二次世界大戦前は大日本航空飛行艇がサイパンと横浜港との間を結んでいたが、1941年(昭和16年)の日英米開戦後に、地名の「アスリート(As Lito)」から「アスリート飛行場」と命名された。

サイパン戦

1944年(昭和19年)7月のサイパン島陥落により、アスリート飛行場はアメリカ軍に占領され、名称も「コンロイ飛行場」(コンロイフィールド)、続いて「イズリー飛行場」(アイズリーフィールド)に改称した。

その後、大幅な拡張・改修工事がなされ、ボーイングB-29の離着陸が可能となった。これにより、イズリー飛行場は日本本土空襲の前線基地となった。

戦後

アメリカ軍はイズリー飛行場の西側にも「コブラー飛行場」を新設しており、戦後は専らコブラー飛行場の方を使用していた。

1970年代に入り、日本人観光客が多く訪れるようになると、コブラー飛行場は手狭になり、旧イズリー飛行場を大型旅客機の離着陸が可能な国際空港に整備することになった。

1975年12月15日に整備が完了し、現在の名称に改称した。

就航路線

航空会社 就航地
  (スターマリアナス・エア)(英語版) グアムロタテニアン
  フリーダムエアー グアムロタテニアン
  ユナイテッド航空 東京/成田(2022年9月1日〜)[2]
  中国東方航空 (MU) 北京/首都
  北京首都航空 (JD) 杭州
  香港航空 (HX) 香港 [3]
  香港エクスプレス航空 (UO) 香港 [4]
  アシアナ航空 (OZ) ソウル/仁川釜山
  チェジュ航空 (7C) ソウル/仁川 [5]
  ジンエアー (LJ) ソウル/仁川 [6]
  フィリピン航空 (PR)
運航は  PAL エクスプレス
[季節運航] マニラ [7]

旅客便就航都市一覧

 
ターミナル通路
 
コンコース

国内線

ミクロネシア

アジア

その他

空港周辺には、日本軍爆薬庫跡やトーチカ、破損した戦車などが残されている。これは放置されたままになっているのではなく、北マリアナ諸島の法律で、戦跡は歴史的遺物として保存され移動することができないためであり、意図的に「片付けない」野外展示場となっている[8]

脚注

  1. ^ a b FAA Airport Form 5010 for GSN (PDF) , retrieved 2007-03-15
  2. ^ “ユナイテッド航空、東京/成田〜サイパン線を9/1開設 マリアナ政府観光局などと日本人誘致”. TRAICY(トライシー) (2022年6月26日). 2022年6月27日閲覧。
  3. ^ 香港航空、7月6日から香港/サイパン線に就航 A330で週2便 Flyteam 2016年6月23日付
  4. ^ 香港エクスプレス、12月にグアム線、1月にサイパン線を開設へ FlyTeam 2016年10月5日付
  5. ^ チェジュ航空、ソウル/仁川〜サイパン線に10月1日就航! Traicy 2014年7月10日付
  6. ^ ジンエアー、6月から仁川/サイパン線に就航 デイリー運航 Flyteam 2016年3月23日付
  7. ^ フィリピン航空、6月から週2便でマニラ/サイパン線に就航 Flyteam 2016年1月30日付
  8. ^ 中山京子「慰霊碑、小瓶、『赤い靴』」/ 中山京子編著『グアム・サイパン・マリアナ諸島を知るための54章』明石書店 2012年 141ページ

参考文献

  • 中島洋『サイパン・グアム 光と影の博物誌』現代書館、2003年

関連項目

外部リンク

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