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『CHA-CHAワールド』(チャチャワールド)は、1989年4月16日から同年9月24日まで日本テレビで放送されていたバラエティ番組である。放送時間は毎週日曜 12:00 - 13:00 (日本標準時)。
概要
金曜16:30枠で放送されていた『ビギニング!!チャチャ』のリニューアル版で、同様に劇場型のスタジオに観客を招いての公開収録を行っていた。また、『欽きらリン530!!』から誕生したアイドルグループ・CHA-CHAが引き続きメインを務めていた。彼らはその他のレギュラー陣や番組が招いた2組のゲストとともに、ステージ上でコントやドラマ(戯曲)を繰り広げていた。
本番組の企画構成は、萩本欽一が「秋房子」名義で担当していた。萩本自身が番組に出演することはあまりなかったが、番組の流れや本人のモチベーション次第でエキストラ的に登場することもあった。この方式は、本番組の拡大リニューアル版である『笑うと泣くぞ…ダハ!』にそのまま引き継がれた。
出演者
スタッフ
コーナー
- ショートコント
- 「スキップぼうや」や「悩む男」などがあった。
- CHA-CHAドラマ
- CHA-CHAが各回のゲストとともに、1つのテーマに沿っての笑いもありの人情芝居を展開。番組開始から間もない頃にはレギュラーもゲストもそれぞれ本人役で演じていたが、途中からそれぞれに役が付き、演技の幅を広げていった。しかし、勝俣州和には何故か“愛媛県(松山市?)から来たトマト売りの青年”というキャラが定着。番組終了間際の時期にはトマトの着ぐるみを着て登場していたが(通称:トマト買うてくれマン)、動きづらかったらしく、登場後すぐに脱ぎ捨てていた。
- 演技力を身につけよう
- CHA-CHAが演技力を身につけるためにゲストを講師役に迎え、多種多様な稽古を繰り広げる。前期には山口良一やなぎら健壱などが講師を務めていたが、後期にはゲスト講師として出演していた中村ゆうじがレギュラー講師となり、CHA-CHAに簡単なパントマイムを伝授していた。
- わかってたまるか!
- JA-JAと田中美佐子が出演していたショートコメディ(ゲストが出演する場合もあり)。毎回キャラとストーリー設定に一貫性が無く、回転寿司を食べ終えた後の会社の先輩後輩だったり、散歩中の三姉弟だったりする。ラストでは「ほぼ短距離腿上げ全力疾走」(その名の通り、短距離を腿上げで全力疾走する走法)で退場していた。
- ちょっと聞いてよ!
- JA-JAがメインのコーナー。傍らにピアノを置き(演奏者は(門司肇))、JA-JAの進行で他演者がテーマに沿った(このテーマは毎週「CHA-CHAドラマ」と同様の物)ショートコントやトークを展開。JA-JAと、人気キャラクターとなった「スキップぼうや」(西尾拓美、中村亘利)や「ハチ」(火野玉男)との絡みが見所となった。
キャラクターおよびコント
- スキップぼうや
- 中村亘利が幼稚園児、西尾が低学年の小学生に扮し、かくれんぼや古今東西ゲームに興じる。だが、その様はどこかずれている。少し変わったスキップをする。
- 悩む男
- トレンチコートを着た男(木野)が、海に向かって心にある悩みを叫ぶ。しかし、その内容は実にくだらない。
- トマト買うてくれマン
- 上記の通り、勝俣がCHA-CHAドラマにて演じていた青年キャラ。何かとトマトを売りつけようとする。着ていた着ぐるみの腹部にはスーパーマンよろしく「T」のマークがあり、そこは開閉可能。
- ハチ
- 火野が蜂の着ぐるみを着て登場。当初はただのハチキャラだったが、いつの間にか出落ちキャラとなっていた。「ちょっと聞いてよ!」では、なぜか土木作業員の設定が追加。JA-JAのコーナー進行中に前を通りがかり(出勤途中らしい)、彼らと一悶着起こすのがお約束になっていた。
- 番組終了間際の時期には息子のハチ太(5歳)も登場。ハチ太を演じていたのは子役で、火野とお揃いの着ぐるみを着て出演していた。
テーマソング
※いずれもCHA-CHAの歌唱楽曲。
備考
- 松原が別番組の収録中に骨折。これにより、途中まで番組に参加していたが、治療入院のために一時降板した。復帰の際にはレギュラー全員から歓迎コメントを貰い、松原は感極まって涙してしまった。
- 公開録画のため、収録中には以下のようなハプニングもあった。
日本テレビ 日曜12:00枠 | ||
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前番組 | 番組名 | 次番組 |
恋々!!ときめき倶楽部 (1988年10月9日 - 1989年3月26日) | CHA-CHAワールド (1989年4月16日 - 1989年9月24日) |