量子力学 における運動量 とは、波動関数 ψ (x , t ) を別の関数に対応させる演算子 である。 もし新しい関数が元々の波動関数 ψ の定数 p 倍であったとき、 p は運動量演算子の固有値 で、ψ は運動量演算子の固有関数である。 量子力学では、演算子の固有値はその演算子の観測値 になりうる値である。 運動量演算子は微分演算子 の1つである。1次元の粒子の場合、次のように定義される。
p ^ = − i ℏ ∂ ∂ x {\displaystyle {\hat {p}}=-i\hbar {\frac {\partial }{\partial x}}} ここで ħ はディラック定数 、i は虚数単位 、また波動関数は時間についての関数でもあるため全微分 d /dx の代わりに偏微分 ∂ {\displaystyle \partial } が用いられる。 ハット記号は演算子を表す。 運動量演算子は波動関数に対して次のように作用する。
p ^ ψ = − i ℏ ∂ ψ ∂ x {\displaystyle {\hat {p}}\psi =-i\hbar {\frac {\partial \psi }{\partial x}}} 運動量演算子は関数に掛け算をすると思われることもあるが、これは実際には正しくなく、関数の偏微分をとっている。
運動量演算子は量子力学が発展した1920年代に、ニールス・ボーア 、アルノルト・ゾンマーフェルト 、エルヴィン・シュレーディンガー 、ユージン・ウィグナー など多くの理論物理学者によって見いだされた。
ド・ブロイ平面波からの導出 運動量演算子とエネルギー演算子は次のように構築できる[1] 。
1次元 1次元から出発し、シュレーディンガー方程式 に平面波 解を用いる。
ψ = e i ( k x − ω t ) {\displaystyle \psi =e^{i(kx-\omega t)}} 空間についての1階偏微分は、
∂ ψ ∂ x = i k e i ( k x − ω t ) = i k ψ {\displaystyle {\frac {\partial \psi }{\partial x}}=ike^{i(kx-\omega t)}=ik\psi } ド・ブロイの関係式 p = ħ k より k を表すと、ψ の微分公式は次のようになる。
∂ ψ ∂ x = i p ℏ ψ {\displaystyle {\frac {\partial \psi }{\partial x}}=i{\frac {p}{\hbar }}\psi } このことは演算子の等価性を示している。
p ^ = − i ℏ ∂ ∂ x {\displaystyle {\hat {p}}=-i\hbar {\frac {\partial }{\partial x}}} よって運動量 p はスカラー 値で、測定される粒子の運動量は演算子の固有値である。
偏微分は線形演算子 であり、運動量演算子も線形である。いかなる波動関数も他の状態の重ね合わせ として表すことができるため この運動量演算子は重ね合わせられた波全体に作用するとき、それぞれの平面波成分に対して運動量の固有値を与え、運動量が重ね合わせられた波の全運動量に加えられる。
3次元 3次元での導出は、1階偏微分の代わりにナブラ が用いられることを除いて、1次元と同じようにできる。 3次元のシュレーディンガー方程式の平面波解は次のように書ける。
ψ = e i ( k ⋅ r − ω t ) {\displaystyle \psi =e^{i(\mathbf {k} \cdot \mathbf {r} -\omega t)}} また勾配は
∇ ψ = e x ∂ ψ ∂ x + e y ∂ ψ ∂ y + e z ∂ ψ ∂ z = i k x ψ e x + i k y ψ e y + i k z ψ e z = i ℏ ( p x e x + p y e y + p z e z ) ψ = i ℏ p ^ ψ {\displaystyle {\begin{aligned}\nabla \psi &=\mathbf {e} _{x}{\frac {\partial \psi }{\partial x}}+\mathbf {e} _{y}{\frac {\partial \psi }{\partial y}}+\mathbf {e} _{z}{\frac {\partial \psi }{\partial z}}\\&=ik_{x}\psi \mathbf {e} _{x}+ik_{y}\psi \mathbf {e} _{y}+ik_{z}\psi \mathbf {e} _{z}\\&={\frac {i}{\hbar }}\left(p_{x}\mathbf {e} _{x}+p_{y}\mathbf {e} _{y}+p_{z}\mathbf {e} _{z}\right)\psi \\&={\frac {i}{\hbar }}\mathbf {\hat {p}} \psi \end{aligned}}} ここで e x , e y と e z は3次元空間での単位ベクトルであり、
p ^ = − i ℏ ∇ {\displaystyle \mathbf {\hat {p}} =-i\hbar \nabla } この運動量演算子は位置空間に存在する。なぜなら偏微分は空間変数に対して行われるからである。
定義 (位置空間) 電荷 とスピン を持たない1つの粒子では、運動量演算子は位置基底で表すことができる[2] 。
p ^ = − i ℏ ∇ {\displaystyle \mathbf {\hat {p}} =-i\hbar \nabla } ここで ∇ は勾配 の演算子、ħ はディラック定数 、i は虚数単位 である。
これは1次元空間では次のようになる
p ^ = p ^ x = − i ℏ ∂ ∂ x . {\displaystyle {\hat {p}}={\hat {p}}_{x}=-i\hbar {\partial \over \partial x}.} これは一般的によく見かける運動量演算子の形であるが、最も一般的な形ではない。 スカラーポテンシャル φ とベクトルポテンシャル A で記述される電磁場 中の荷電粒子 q では、運動量演算子は次のように置き換えなければならない[1] 。
p ^ = − i ℏ ∇ − q A {\displaystyle \mathbf {\hat {p}} =-i\hbar \nabla -q\mathbf {A} } ここで正準運動量 演算子は、
P ^ = − i ℏ ∇ {\displaystyle \mathbf {\hat {P}} =-i\hbar \nabla } これは電気的中性な粒子でも成り立ち、q = 0 とすれば第二項が消えて元々の演算子が得られる。
性質 エルミート性 物理的な量子状態に作用する運動量演算子は、(特に量子状態が正規化 できるときは、)常にエルミート演算子 である[3] 。
(半無限区間 [0, ∞) 上の量子状態のような、ある特定の人工的な状況では、エルミートな運動量演算子を作ることはできない[4] 。このことは半無限区間が並進対称性を持つことができない、より具体的に言えばユニタリー な並進演算子 を持たないという事実と密接に関係している)
正準交換関係 運動量基底と位置基底を適切に用いると、次の関係が簡単に示せる。
[ x ^ , p ^ ] = x ^ p ^ − p ^ x ^ = i ℏ . {\displaystyle \left[{\hat {x}},{\hat {p}}\right]={\hat {x}}{\hat {p}}-{\hat {p}}{\hat {x}}=i\hbar .} ハイゼンベルク の不確定性原理 は、どれだけ正確に1粒子の運動量と位置を同時に知ることができるかという限界点を定義する。 量子力学では、位置と運動量は(共役変数 )となる。
フーリエ変換 量子力学における運動量のフーリエ変換 は、位置演算子 であることを示すことができる。 フーリエ変換は運動量基底を位置基底に変える。 以下の議論ではブラ-ケット記法 を用いる。
ψ = ψ (x ) を ⟨ ψ │ψ ⟩ = 1 である波束とし、ψ ′ を ψ のフーリエ変換とすると、
⟨ ψ | p ^ | ψ ⟩ = h ⟨ ψ ′ | x ^ | ψ ′ ⟩ {\displaystyle \langle \psi |{\hat {p}}|\psi \rangle =h\langle \psi '|{\hat {x}}|\psi '\rangle } よって運動量はプランク定数 h と 空間周波数 との積で表される。これはエネルギーが h と時間周波数との積で表されることと類似している。
⟨ x | p ^ | ψ ⟩ = − i ℏ d d x ψ ( x ) {\displaystyle \langle x|{\hat {p}}|\psi \rangle =-i\hbar {\frac {d}{dx}}\psi (x)} 運動量基底における位置演算子の作用も同様に、
⟨ p | x ^ | ψ ⟩ = i ℏ d d p ψ ( p ) {\displaystyle \langle p|{\hat {x}}|\psi \rangle =i\hbar {\frac {d}{dp}}\psi (p)} またその他の便利な関係として、
⟨ p | x ^ | p ′ ⟩ = i ℏ d d p δ ( p − p ′ ) {\displaystyle \langle p|{\hat {x}}|p'\rangle =i\hbar {\frac {d}{dp}}\delta (p-p')} ⟨ x | p ^ | x ′ ⟩ = − i ℏ d d x δ ( x − x ′ ) {\displaystyle \langle x|{\hat {p}}|x'\rangle =-i\hbar {\frac {d}{dx}}\delta (x-x')} ここで δ はディラックのデルタ関数 を表す。
無限小並進からの導出 並進演算子 を T (ε ) とする。ここで ε は並進の長さを表す。この並進演算子は次の恒等式を満足する。
T ( ε ) | ψ ⟩ = ∫ d x T ( ε ) | x ⟩ ⟨ x | ψ ⟩ {\displaystyle T(\varepsilon )|\psi \rangle =\int dxT(\varepsilon )|x\rangle \langle x|\psi \rangle } これは次のようになる。
∫ d x | x + ε ⟩ ⟨ x | ψ ⟩ = ∫ d x | x ⟩ ⟨ x − ε | ψ ⟩ = ∫ d x | x ⟩ ψ ( x − ε ) {\displaystyle \int dx|x+\varepsilon \rangle \langle x|\psi \rangle =\int dx|x\rangle \langle x-\varepsilon |\psi \rangle =\int dx|x\rangle \psi (x-\varepsilon )} 関数ψ が解析的 (すなわち複素平面 のある領域で微分可能 )であると仮定すると、x についてテイラー級数 に展開できる。
ψ ( x − ε ) = ψ ( x ) − ε d ψ d x {\displaystyle \psi (x-\varepsilon )=\psi (x)-\varepsilon {\frac {d\psi }{dx}}} よって無限小 量 ε について、
T ( ε ) = 1 − ε d d x = 1 − i ℏ ε ( − i ℏ d d x ) {\displaystyle T(\varepsilon )=1-\varepsilon {d \over dx}=1-{i \over \hbar }\varepsilon \left(-i\hbar {d \over dx}\right)} 古典力学 から分かるように、運動量 は並進の生成子である。 よって並進と運動量演算子との間の関係は、
T ( ε ) = 1 − i ℏ ε p ^ {\displaystyle T(\varepsilon )=1-{i \over \hbar }\varepsilon {\hat {p}}} ここで、
p ^ = − i ℏ d d x . {\displaystyle {\hat {p}}=-i\hbar {d \over dx}.}
参考文献 ^ a b Quantum Physics of Atoms, Molecules, Solids, Nuclei and Particles (2nd Edition), R. Resnick, R. Eisberg, John Wiley & Sons, 1985, (ISBN 978-0-471-87373-0 ) ^ Quantum Mechanics Demystified , D. McMahon, Mc Graw Hill (USA), 2006, (ISBN 0-07-145546-9 ) ^ See Lecture notes 1 by Robert Littlejohn for a specific mathematical discussion and proof for the case of a single, uncharged, spin-zero particle. See Lecture notes 4 by Robert Littlejohn for the general case. ^ Bonneau,G., Faraut, J., Valent, G. (2001). “Self-adjoint extensions of operators and the teaching of quantum mechanics”. American Journal of Physics 69 (3): 322–331. arXiv :quant-ph/0103153 . Bibcode : 2001AmJPh..69..322B. doi :10.1119/1.1328351.
関連項目