網代(あじろ)は、静岡県熱海市の地名である。本項ではその前身である網代町(1889年(明治22年)の町村制施行時は網代村)についても説明する。
地理
静岡県熱海市南東部に位置する。網代漁港や網代温泉を有する。東・北は相模灘に面し、西は(下多賀)、南は伊東市宇佐美と隣接する。国道135号が相模灘沿いを通過する。JR伊東線網代駅は熱海市網代ではなく隣接する熱海市下多賀にある。
世帯数と人口
2018年(平成30年)11月30日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
歴史
あじろちょう 網代町 | |
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廃止日 | 1957年4月1日 |
廃止理由 | 編入合併 網代町 → 熱海市 |
現在の自治体 | 熱海市 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 中部地方、東海地方 |
都道府県 | 静岡県 |
郡 | 田方郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
総人口 | 4,424人 (国勢調査、1955年) |
隣接自治体 | 熱海市、伊東市 |
網代町役場 | |
所在地 | 静岡県田方郡網代町 |
座標 | 北緯35度2分50.5秒 東経139度5分29.7秒 / 北緯35.047361度 東経139.091583度 |
伊豆地域の町村制施行時の町村。8が網代村。 | |
ウィキプロジェクト |
地名の由来
網代漁港が網を入れる漁夫の漁場で、網を入れる場所である網代の名が村名となった[4]。
沿革
- 江戸時代は「京大阪に江戸網代」といわれ、江戸への海路の要衝として諸国の廻船でにぎわった。滞在中に船荷を売るときはその斡旋の口銭があったほか、航海中に濡れて上納できなくなった「濡米」が流通し、活気に満ちた港町であった[4]。
- 「旧高旧領取調帳」[5]の記載によると、明治初年時点で韮山代官所および旗本酒井氏が管轄した。
- 1868年(慶応4年)6月29日 - 新政府が韮山代官所に韮山県を設置。韮山県の管轄となる。
- 1871年(明治4年)11月14日 - 第1次府県統合により全域が足柄県の管轄となる。
- 1876年(明治9年)4月18日 - 第2次府県統合により全域が静岡県の管轄となる。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、近世からの網代村が単独で自治体を形成し、賀茂郡網代村が発足する。
- 1896年(明治29年)4月1日 - 郡制の施行により所属郡が田方郡に変更される。
- 1924年(大正13年)5月27日 - 網代村が町制施行して網代町が発足する。
- 1957年(昭和32年)4月1日 - 網代町が熱海市に編入される。熱海市の大字として網代が設置される。
経済
いとう漁業協同組合網代支所
交通
JR東日本伊東線網代駅は、熱海市網代ではなく隣接する熱海市下多賀に所在する。
バス
道路
教育
小学校
- 熱海市立網代小学校 - 2021年3月閉校。
中学校
- 熱海市立網代中学校 - 2006年3月閉校。
施設
名所・旧跡
文化
関連項目
脚注
- ^ a b “平成30年地区・月別人口及び世帯”. 熱海市 (2018年12月14日). 2019年1月6日閲覧。
- ^ a b “郵便番号”. 日本郵便. 2019年1月6日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2019年1月6日閲覧。
- ^ a b 網代の歴史
- ^ 旧高旧領取調帳データベース
- ^ 郵便番号簿 平成29年度版 - 日本郵便. 2019年01月06日閲覧 (PDF)
- ^ “交番・駐在所案内”. 熱海警察署. 2019年1月6日閲覧。
- ^ a b 御神船「両宮丸」網代を勇壮に渡御 「ヤーヤー」の掛け声響き渡る - 熱海ネット新聞 2019/7/20
- ^ a b 年間イベント情報 - 多賀観光協会
- ^ 「阿治古神社で『大漁桜』見頃 熱海」『伊豆新聞』2021年2月23日