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矢口

日本 > 東京都 > 大田区 > 矢口

矢口(やぐち)は、東京都大田区。現行行政地名は矢口一丁目から矢口三丁目。郵便番号は146-0093[2]

矢口
「矢口の渡し」跡と多摩川大橋(2014年3月)
矢口
矢口の位置
北緯35度34分3.35秒 東経139度41分31.91秒 / 北緯35.5675972度 東経139.6921972度 / 35.5675972; 139.6921972
日本
都道府県 東京都
特別区 大田区
地域 蒲田地域
面積
 • 合計 0.83 km2
人口
2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
 • 合計 15,027人
 • 密度 18,000人/km2
等時帯 (日本標準時)
郵便番号
146-0093[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 品川

地理

大田区の南部に位置する。地域北部は概ね環状八号線を境に大田区千鳥に接する。地域東部は第二京浜国道1号)を境に大田区多摩川に接する。地域南部一帯は多摩川となり、これを境に神奈川県川崎市になる。地域西部は大田区下丸子に接する。

多摩川沿いには旧堤通りが通っている。地域内を多摩堤通り東急多摩川線線路が通っており、武蔵新田駅がある。地質沖積低地であり[4]地形はおおむね平坦である。多摩川と堤防の間は緑地になっている。

都市計画法上の用途地域は、駅周辺と商店街近隣商業地域である他は大半が準工業地域に指定されており[5]住宅と中小規模の工場が混在する地域となっている。

歴史

 
洋画家・和田英作の代表作『渡頭の夕暮』。明治中期の矢口の渡しが作品のモチーフである

矢口は渡船で名が知られる。1358年延文3年)、新田義興がこの矢口渡(やぐちのわたし)で謀殺され、住民が義興を祀って新田神社を創建した[6]。「矢口」の地名は正木文書のうち、1395年応永2年)の『岩松氏所領注文』に初出する。

義興の頃の多摩川は現在よりも大きく東に湾曲しており、渡船場は現在の新田神社付近にあったと思われる。その後の渡船場は流路の変遷と共に何度か位置を変え、江戸中期に、東八幡神社の南に落ち着いた。[7]

地域の南北を鎌倉街道が縦貫していた。現在の、東八幡神社前から新田神社前の商店街を経て地域の北西端に至る道である。[8][9]

江戸時代の地名は荏原郡矢口村であった[6]1770年明和7年)に義興の謀殺を題材とした福内鬼外(平賀源内)作の浄瑠璃神霊矢口渡』が上演され人気を博すと、新田神社は多くの参詣者を集めるようになった。

1889年明治22年)周辺8ヶ村を編入して村域を拡大、旧村域は大字矢口となった。1928年昭和3年)町制を施行する。1932年(昭和7年)矢口町は11ヶ村に分離し、大字矢口が蒲田区矢口町となった。1949年(昭和24年)多摩川大橋が完成し、中世以来続いた矢口の渡しは廃止された。1966年(昭和41年)住居表示により矢口や東矢口が成立した。

1969年(昭和44年)11月16日、矢口三丁目の第二京浜で、佐藤栄作首相の訪米阻止を主張する学生デモ隊が暴徒化して路線バスを焼き討ち、さらに消火作業にかけつけた(蒲田消防署)の消防車にも火炎瓶が投げつけられ3台が炎上。3人が負傷[10]

地名の由来

日本武尊がこの地で矢合わせをしたことによると伝えられる[6]。『新編武蔵風土記稿』によれば、もとは矢食村と称したという[6]

世帯数と人口

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
矢口一丁目 2,450世帯 3,989人
矢口二丁目 3,280世帯 5,690人
矢口三丁目 2,600世帯 5,348人
8,330世帯 15,027人

小・中学校の学区

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[11]

丁目 番地 小学校 中学校
矢口一丁目 1〜10番 大田区立千鳥小学校 大田区立大森第七中学校
11〜22番
27〜29番
(大田区立矢口西小学校) (大田区立矢口中学校)
その他 大田区立多摩川小学校
矢口二丁目 全域
矢口三丁目 全域

交通

 
武蔵新田駅

鉄道

当地域北部に東急多摩川線武蔵新田駅がある。地域東部では隣の矢口渡駅も利用できる。

バス

矢口・下丸子の両地域内を循環運行するコミュニティバス。愛称「たまちゃんバス」。
当地域東端の第二京浜に二つの停留所がある。
環状八号線の武蔵新田駅前停留所から空港に直行する。武蔵小杉駅方向には乗車できない。

施設

公共

教育

保育

  • 今泉保育園
  • おひさま保育園
  • グローバルキッズ 武蔵新田園
  • こどもヶ丘保育園 武蔵新田園
  • ナーサリールーム ベリーベアー矢口
  • 矢口第二保育園
  • りぶほ保育園

福祉

文化・スポーツ

寺社・教会

企業

大規模集合住宅

  • 都営矢口二丁目アパート(594戸、1969年 - )
  • 東急ドエルアルス多摩川(461戸、1987年 - )
  • ザ・ガーデンズ 大田多摩川(378戸、2021年 - )
  • 多摩川ハウス(218戸、1982年 - )
  • プライム大田矢口(107戸、2022年 - )

現存しない施設

 
ナムコ本社(2014年2月)
  • 矢口浄水場(1930年 - 1961年、現:東京都下水道局矢口ポンプ所)
  • ナムコ本社(1985年 - 2014年、現:プライム大田矢口)

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ 多摩川小学校は矢口三丁目に[12]矢口小学校多摩川一丁目に、矢口西小学校は下丸子一丁目に、矢口東小学校東矢口三丁目に、それぞれ所在する。

脚注

  1. ^ a b “世帯と人口”. 大田区 (2017年12月4日). 2017年12月15日閲覧。
  2. ^ a b “郵便番号”. 日本郵便. 2017年12月15日閲覧。
  3. ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月15日閲覧。
  4. ^ “地震に関する地域危険度測定調査(第7回)(平成25年9月公表)”. 東京都都市整備局 (2013年9月). 2016年6月21日閲覧。
  5. ^ “地域地区図(平成31年3月作成)”. 大田区都市計画課 (2019年3月). 2019年7月4日閲覧。
  6. ^ a b c d 新編武蔵風土記稿 矢口村.
  7. ^ 「矢口の渡し」跡の説明板(大田区教育委員会) 2014年3月15日閲覧。
  8. ^ 大田区コミュニティバスご利用案内2014(大田区都市基盤管理課発行)
  9. ^ 芳賀善次郎 1982, p. 107.
  10. ^ 消防車を焼打ち『朝日新聞』1969年(昭和44年)11月17日朝刊 12版 15面
  11. ^ “通学区域”. 大田区 (2016年5月30日). 2017年12月15日閲覧。
  12. ^ 大田区 多摩川小学校.

参考文献

  • 「矢口村」『新編武蔵風土記稿』 巻ノ44荏原郡ノ6。(NDLJP):763981/56。 
  • 芳賀善次郎『旧鎌倉街道 探索の旅』 下道編、さきたま出版会〈さきたま双書〉、1982年2月25日。ISBN (4-87891-010-0)。 
  • “多摩川小学校”. 大田区立小中学校ホームページ. 2019年12月18日閲覧。

外部リンク

  • 矢口特別出張所
  • 矢口区民センター
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