父島(ちちじま)は、東京都・小笠原諸島の父島列島の島。東京都島嶼部に属する。東京都小笠原村の中心的機能を担う島であり、村役場はこの島に所在する。
概要
硫黄島に次いで、小笠原諸島で2番目に大きな島である。周囲の兄島、弟島などの島とともに父島列島を形成する。一度も大陸と陸続きになったことがない海洋島で、多くの固有種が存在する。島全体が小笠原国立公園に指定されている。集落は島の北西部の大村地区が中心。島の西側に西に開けた二見湾があり、湾の北部に二見港がある。
1920年代から大日本帝国陸軍によって砲台などの軍施設が建設され、太平洋戦争の頃には更に増強が進んで父島要塞となった。飯盛山近くの洲崎地区には大日本帝国海軍の飛行場((洲崎飛行場跡))が建設された[1]。 現在でも夜明山や衝立山などには、日本軍施設・塹壕・砲台の跡、高射砲などの残骸が残っている。また、海上自衛隊の父島基地や宇宙航空研究開発機構 (JAXA) の小笠原追跡基地、国立天文台のVERA観測局などが島内に設置されている。
戦後はアメリカの支配下に置かれたが、1968年に返還。小笠原諸島振興開発特別措置法により10年間で約300億円規模の公共事業などが実施された。復興に当たり水や電気の配給を効率的にするため、一島一集落にまとめるよう住民の移転が行われたが、父島は面積が広く農家が通勤を強いられるようになるため一島二集落として整備が行われた[2]。 ある程度の大きさの旅客機が離着陸できる飛行場の建設は長年の悲願であり、2022年現在、東京都が洲崎地区で建設に向けた調査を行っている[3]。
気候
沖縄と同じく温帯と熱帯の境界域に近いが、沖縄と異なり梅雨の時期がないため年間降水量は沖縄より格段に少ない。このため、沖縄本島(北緯26度00分 - 27度00分)が熱帯雨林気候に近い亜熱帯気候(気候区分上は温暖湿潤気候)なのと異なり、父島の気候は熱帯モンスーン気候に分類される。
小笠原村父島字西町(父島気象観測所、標高3m)の気候 | |||||||||||||
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月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
最高気温記録 °C (°F) | 26.1 (79) | 25.4 (77.7) | 26.7 (80.1) | 28.4 (83.1) | 30.1 (86.2) | 33.0 (91.4) | 34.1 (93.4) | 33.7 (92.7) | 33.1 (91.6) | 32.1 (89.8) | 30.2 (86.4) | 27.5 (81.5) | 34.1 (93.4) |
平均最高気温 °C (°F) | 20.7 (69.3) | 20.5 (68.9) | 21.7 (71.1) | 23.4 (74.1) | 25.6 (78.1) | 28.5 (83.3) | 30.4 (86.7) | 30.3 (86.5) | 29.9 (85.8) | 28.6 (83.5) | 25.9 (78.6) | 22.7 (72.9) | 25.7 (78.3) |
日平均気温 °C (°F) | 18.5 (65.3) | 18.1 (64.6) | 19.3 (66.7) | 21.1 (70) | 23.4 (74.1) | 26.2 (79.2) | 27.7 (81.9) | 28.0 (82.4) | 27.7 (81.9) | 26.4 (79.5) | 23.8 (74.8) | 20.6 (69.1) | 23.4 (74.1) |
平均最低気温 °C (°F) | 15.8 (60.4) | 15.4 (59.7) | 16.8 (62.2) | 18.8 (65.8) | 21.4 (70.5) | 24.4 (75.9) | 25.6 (78.1) | 26.1 (79) | 25.7 (78.3) | 24.4 (75.9) | 21.6 (70.9) | 18.2 (64.8) | 21.2 (70.2) |
最低気温記録 °C (°F) | 8.9 (48) | 7.8 (46) | 9.2 (48.6) | 10.7 (51.3) | 13.9 (57) | 17.7 (63.9) | 20.8 (69.4) | 22.2 (72) | 19.6 (67.3) | 17.2 (63) | 13.2 (55.8) | 10.8 (51.4) | 7.8 (46) |
降水量 mm (inch) | 63.6 (2.504) | 51.6 (2.031) | 75.8 (2.984) | 113.3 (4.461) | 151.9 (5.98) | 111.8 (4.402) | 79.5 (3.13) | 123.3 (4.854) | 144.2 (5.677) | 141.7 (5.579) | 136.1 (5.358) | 103.3 (4.067) | 1,296.1 (51.028) |
平均降水日数 (≥0.5 mm) | 11.0 | 8.5 | 9.8 | 10.0 | 11.8 | 8.8 | 8.6 | 11.3 | 13.4 | 13.7 | 12.0 | 11.2 | 130.2 |
% 湿度 | 66 | 68 | 72 | 79 | 84 | 86 | 82 | 82 | 82 | 81 | 76 | 70 | 78 |
平均月間日照時間 | 131.3 | 138.3 | 159.2 | 148.3 | 151.8 | 205.6 | 246.8 | 213.7 | 197.7 | 173.2 | 139.1 | 125.3 | 2,030.6 |
出典:気象庁 (平均値:1991年-2020年、極値:1968年-現在)[5][6] |
歴史
- 1830年(天保元年) - ナサニエル・セイヴァリーら白人5人とハワイ人25人が、ハワイ王国のオアフ島から父島に入植し、初めての移住民となる(欧米系島民を参照)。
- 1876年(明治9年)3月 - 小笠原島の日本統治を各国に通告し、大日本帝国の領有確定。小笠原諸島が内務省の管轄となる。日本人37名が父島に定住。内務省出張所設置。
- 1880年(明治13年)10月28日 - 東京府小笠原出張所を設置。
- 1920年(大正9年)8月 - 大日本帝国陸軍築城部が父島支部を設置。
- 1927年(昭和2年) - 昭和天皇が戦艦「山城」で父島・母島を行幸[7]。母島の御幸之浜で海洋生物の調査実施。
- 1944年(昭和19年)9月2日- 第二次世界大戦において、後にアメリカ合衆国大統領となるジョージ・H・W・ブッシュが、父島にあった日本軍施設を攻撃している最中に撃墜されたが、アメリカ海軍潜水艦に救助された[8]。
- 1945年(昭和20年)- 小笠原事件。アメリカ合衆国による統治が開始。
- 1968年(昭和43年)6月26日 - 本土復帰。
- 1972年(昭和47年) - 東京電力が小笠原父島内燃力発電所の操業開始。
- 1976年(昭和51年) - (父島ケーブルテレビ)開局。
- 2002年(平成14年) - ジョージ・H・W・ブッシュが、かつて当地で撃墜された折に行方不明となった同僚の追悼と日米友好のために訪問[8]。
- 2011年(平成23年) - 小笠原諸島がユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録。
- 2013年(平成25年)4月14日 - 現職の内閣総理大臣では初めて安倍晋三が訪島。[9]。
設置機関
- 国の機関
- 東京都の機関
小笠原総合事務所
父島気象観測所
国立天文台VERA小笠原観測局
JAXA小笠原追跡局
小笠原支庁
小笠原警察署
交通
2022年9月現在、本土との定期的な交通手段は竹芝埠頭と父島の二見港を結ぶ航路が唯一で、約24時間かかり[1]、かつ、おおむね6日に1便のみの運航である[10]。1990年-2000年代初頭に、高速船を建造して本土と小笠原諸島との移動時間を短縮する「超高速貨客船テクノスーパーライナー (TSL)」計画が旧運輸省を中心に企画され[1]、実際に115億円かけて高速フェリーが建造されたが、原油価格の高騰によって採算性が失われ、計画は放棄された[1]。建造された高速フェリーは就役することなく解体された[1]。
現状では本土との往来に約10日を要し、緊急時の対応に支障があるため、東京都と小笠原村は2008年に「小笠原航空路協議会」を設置し、島内に空港を建設し航空路を開設するための調査・検討を行っている[10]。空港の位置についてはさまざまな案が上がり、父島の北に隣接する兄島、島内南部の時雨山、父島から北に70 kmの聟島などが検討されたが、いずれも自然環境への影響が大きいとして撤回され、2018年からはかつて大日本帝国海軍飛行場があった洲崎地区に候補が絞られている[10]。
島内では自治体バス(コミュニティバス)として、小笠原村営バスが運行されている。
- 本土 - 父島
- 東京港(竹芝埠頭) - 二見港
- 二見港 - 母島沖港
- 小笠原村営バス
- 小笠原観光有限会社(タクシー)
おがさわら丸 - 父島二見港
ははじま丸 - 母島沖港
共勝丸 - 東京港月島ふ頭
村営バスの車両(日野・リエッセ)
おがさわら丸の乗客を小笠原村民が太鼓で見送る
名産
動植物
- オガサワラオオコウモリ
- オガサワラノスリ
- オガサワラカラスバト(絶滅種)
- アカガシラカラスバト
- オガサワラマシコ(絶滅種)
- オガサワラカワラヒワ
- クジラ(ザトウクジラ、ニタリクジラ、マッコウクジラ、アカボウクジラなど)
- イルカ(コビレゴンドウ、ミナミハンドウイルカ、ハンドウイルカ、ハシナガイルカなど)
外来種の侵入問題
トカゲの一種、グリーンアノールが定着し、昆虫類を大量に捕食している[11]。
1990年頃に侵入したニューギニアヤリガタリクウズムシがカタツムリなどを捕食し、2000年頃に30種いた陸貝類のうち4割が絶滅した[12]。
ギャラリー
脚注
- ^ a b c d e 石津祐介 (2018年1月17日). “小笠原空港、いよいよ実現か 航空会社はどこで、どんな飛行機が飛ぶのか”2021年11月7日閲覧。
- ^ 「小笠原を南海の楽園に 観光柱に振興計画」『朝日新聞』1978年(昭和53年)4月6日朝刊、13版、21面
- ^ “島民悲願の小笠原航空路 道遠く 工法、環境配慮、航空機選定 課題山積”. 産経新聞 (2022年11月25日). 2022年11月25日閲覧。
- ^ a b “”. 東京都小笠原支庁. 2020年5月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月18日閲覧。
- ^ “平年値ダウンロード”. 気象庁. 2021年6月閲覧。
- ^ “観測史上1〜10位の値(年間を通じての値)”. 気象庁. 2021年6月閲覧。
- ^ “天皇陛下海軍演習御覧の節小笠原及奄美大島へ行幸の件”. アジア歴史資料センター. 2020年8月9日閲覧。
- ^ a b “ブッシュ元アメリカ大統領が来島される”. 小笠原村役場. (2002年7月1日)2017年5月1日閲覧。
- ^ . 読売新聞 (読売新聞社). (2013年4月14日). オリジナルの2013年4月17日時点におけるアーカイブ。 2021年11月7日閲覧。
- ^ a b c “小笠原航空路の検討状況について” (pdf). 東京都 (2020年12月22日). 2022年9月18日閲覧。
- ^ “脅威増す外来種(3)小笠原や沖縄の生態系乱す”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2018年6月10日) 2019年4月8日閲覧。
- ^ “脅威増す外来種(4)在来カタツムリ 絶滅の危機”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2018年6月17日)2019年4月8日閲覧。
関連項目
外部リンク
- 小笠原村
- 小笠原村観光協会