» www.Giftbox.Az - Bir birindən gözəl hədiyyə satışı
ウィキペディアランダム
毎日カテゴリ
共有: WhatsappFacebookTwitterVK

村井邦彦

村井 邦彦(むらい くにひこ、1945年昭和20年〉3月4日 - )は、日本作曲家音楽プロデューサーアルファレコード創立者。

ザ・テンプターズザ・モップスザ・タイガースピーター赤い鳥辺見マリトワ・エ・モワヴィッキーらのヒット曲で知られている。代表曲には「エメラルドの伝説」[1]「夜と朝の間に」「廃墟の鳩」「朝まで待てない」「経験」「翼をください」「虹と雪のバラード」などがある。

アメリカ合衆国ロサンゼルス在住[2][3]。居住するロサンゼルスの小学校の合唱団が「翼をください」を歌うのを聴いて涙が止まらなかったのは、加齢により涙もろくなった所為かも知れないと村井は書いている[3]

息子のヒロ・ムライはアメリカで活躍する映像作家、映画監督で、2018年グラミー賞最優秀ミュージック・ビデオを受賞した。

人物

暁星小学校暁星中学校・高等学校を経て、慶應義塾大学法学部政治学科に進学[4][5]慶應義塾大学在学中、学生ビッグバンドサークル「ライトミュージックソサエティ」に所属。大学3年の時、東京都港区赤坂にレコード店「ドレミ商会」を開店した。1966年に大学を卒業、グループ・サウンズ全盛期の1967年ヴイッキー・レアンドロスに『待ちくたびれた日曜日』を提供し作曲家としてデビュー、1968年には、テンプターズにヒット曲『エメラルドの伝説』を提供した[6]。またピーターに「夜と朝の間に」、辺見マリに「経験」、赤い鳥に「翼をください」、トワエモアに「虹と雪のバラード」を提供した。

1969年にパリ・バークレー音楽出版社と契約して「マイ・ウェイ」などの日本国内における版権を獲得、音楽出版社(アルファ・ミュージック)を設立。その後、1972年にスタジオA及びアルファ&アソシエイツ、1977年アルファレコードを相次いで設立した。

自身がプロデューサーとなり、それまでポップス曲を提供する裏方としての作家活動を主体としていた荒井由実(婚姻後「松任谷由実」)シンガーソングライターとしてデビューさせた[7]ティン・パン・アレーを見いだし、アーティストのレコーディングの際にはスタジオミュージシャンとして起用した。1970年代末から1980年代前半にかけて、イエロー・マジック・オーケストラのアルバムを発売した。事業の海外進出を期に、1992年に活動の拠点をアメリカに移した。

作曲に関しては、東海林修に学んだところが多いと語っている。映画音楽が好きでミシェル・ルグランに私淑する。『座頭市御用旅』などの勝プロ作品の音楽監督などを経て、1977年に『悪魔の手毬唄』で音楽監督をつとめた。市川崑監督『(火の鳥)』では映画プロデューサーとしてルグランに主題曲の作曲を依頼した。その後、発明家の上野隆司とヴィラスミュージックを立ち上げ、村井は代表取締役会長を務めている。

1969年に自ら歌って発売したシングル曲「朝・昼・夜」は、当時、「(特にラジオで流すと)作品中の天気予報の部分が、実際の天気予報と紛らわしい」という理由で、日本民間放送連盟(民放連)から要注意歌謡曲指定を受けているが[8]、該当する部分をカットすれば放送可能である。

音楽作品

あ行

か行

さ行

  • ざんげの値打ちもない(歌:北原ミレイ
  • 幸せになるため(歌:ハイ・ファイ・セット)
  • 少女へのソナタ(歌:ザ・フィンガーズ)
  • 白い風を見る日(歌:ザ・ハーフ・ブリード)
  • 白いサンゴ礁(歌:ズー・ニー・ヴー
  • スカイレストラン(歌:ハイ・ファイ・セット)
  • すてきなクリスティーヌ(歌:ザ・フィンガーズ)
  • 砂のお城(歌:アダムス)
  • そりゃあないぜセニョリータ(歌:ケーシー高峰

た行

な行

は行

ま行

や・ら・わ行

  • 夢の牧場(歌:ザ・マイクス)
  • 夜行列車(歌:ザ・リリーズ)
  • 夜明けに消えた恋(歌:ザ・ブルーインパルス)
  • 夜と朝のあいだに(歌:ピーター
  • ララの秘密(歌:ザ・キングス)
  • ランブリン・マン(歌:ザ・マイクス)
  • 悪なあなた(歌:津々井まり
  • 忘れていた朝(歌:赤い鳥)

著書

  • 村井邦彦『村井邦彦のLA日記』リットーミュージック(原著2018年10月22日)。ISBN (978-4845633050)。 

脚注

  1. ^ 作詞は、なかにし礼、編曲は川口真
  2. ^ “未来授業 | これからの時代を生き抜くヒントを学ぶ特別授業”. 未来授業 | これからの時代を生き抜くヒントを学ぶ特別授業. 2020年8月30日閲覧。
  3. ^ a b 日本経済新聞2023年2月20日, p. 32.
  4. ^ “『音楽家 村井邦彦の時代』(その1:作曲家デビューまで『キャンティ』の頃)”. しろくま通信. 2021年9月27日閲覧。
  5. ^ “REC.007 村井邦彦さん(作曲家)”. www.teu.ac.jp. 2021年9月27日閲覧。
  6. ^ テンプターズ 2022年10月13日閲覧
  7. ^ インタビュー第88回 村井 邦彦氏 株式会社ヴィラスミュージック 代表取締役会長/作曲家musicman-net.com 2010年6月21日、2021年6月28日閲覧
  8. ^ 吉野健三『歌謡曲 流行らせのメカニズム』晩聲社 (ヤゲンブラ選書) 、1978年、133頁。

参考文献

  • 「私の履歴書 村井邦彦」『日本経済新聞 東京朝刊』日本経済新聞社、2023年2月20日。

関連項目

外部リンク

  • 村井邦彦 | KUNI MURAI
  • 月刊てりとりぃ 
  • 週刊てりとりぃ
  • Musicman's RELAY 村井邦彦氏インタビュー 2010年6月21日
  • Sony Music Publishing (Japan) Inc.|村井邦彦
ウィキペディア、ウィキ、本、library、論文、読んだ、ダウンロード、自由、無料ダウンロード、mp3、video、mp4、3gp、 jpg、jpeg、gif、png、画像、音楽、歌、映画、本、ゲーム、ゲーム。