尾部銃手(びぶじゅうしゅ、tail gunner)、または後部銃手(こうぶじゅうしゅ、rear gunner)は、機体後方または「機尾」方向からの敵戦闘機の攻撃に対して、旋回機関銃や旋回機関砲をもって防御を行う銃手の役目を担う軍用機の乗員。
尾部銃手は、一般的に後方視界を妨げない機体背面や機尾に設置された可動式銃砲を操作する。「尾部銃手」(tail gunner)という用語は、通常は銃架を操作ないし銃塔内部にいる乗員のことを指すが、機種によっては尾部武装が機体の別の部位から遠隔操作されるものもある。
概要
戦闘機が空中の航空機へ銃撃を仕掛ける場合、対向(ヘッドオン)や側方からでは、標的と相対速度が大きすぎ瞬時に射線外へ飛び去ってしまい、有効打を加えることは困難である。再度の攻撃機会を得られる保証も無い。そのため襲撃は相対速度が最小となる敵後方から追いすがり、上空から降下しつつ速度を稼いでがセオリーである。戦闘機同士ならドッグファイト(犬の喧嘩)すなわち相手の尻を追い合う形式となる。
戦闘機と機動性で勝負できない爆撃機などは防御機銃、特に尾部銃手が前記理由からその主軸を担う。単発レシプロ機のJu 87急降下爆撃機やSBD ドーントレス艦上爆撃機といった小型の機体では防御機銃に割ける限られた積載リソースを、操縦士席の後ろに1門のみ充てていることを考えれば理解しやすいであろう。通常、これらの形式の機種の後部銃手は、通信士や航法士を兼任していた。
より大型の陸上爆撃機などでは尾部の他に上部に旋回銃塔や、側面や爆撃照準手を兼ねた機首にも銃座を備える等した。B-17 フライングフォートレスやB-29 スーパーフォートレスといった第二次世界大戦中のアメリカ陸軍航空軍(USAAF)の重爆撃機では、後方の縦横方向へ約90度の射界を持つ独立した銃塔を銃手が固定位置から操作していた。典型的な武装は、2丁の(AN/M2重機関銃)であった。これとは対照的に、イギリス空軍のアブロ ランカスターやハンドレページ ハリファックスといった重爆撃機では、4丁のM1919機関銃を尾部銃手ごと載せた180度旋回可能な動力式銃塔を使用していた。これと似た配置はアメリカのB-24 リベレーター重爆撃機でも採用していた(ただし、武装は2丁のAN/M2であった)。第二次世界大戦までの大型爆撃機には背部の機銃で迎撃を行う際の射線を通すため、双垂直尾翼のデザインが多く見られる。
Do 17やHe 111、Ju 88といったドイツ空軍爆撃機の後方用の防御武装は、たいてい乗員区画の後ろか胴体途中の背面にある銃架であった。これは、胴体上面をカバーするには十分であったが、胴体下面をカバーするためには胴体下面に銃塔を追加する必要があった。
一方、戦闘機側も対空弾幕が厚く配置された方向からのアプローチは避け、一旦敵後方で下降して得た速度で再上昇をかけるズーム機動により死角となりやすい腹側から攻めるという手管を使った。TBFアベンジャーなど、これに対応して下部後方に向けた第2の銃座を設けたものもある。
尾部銃手には、後方寄りから襲撃をうかがう敵戦闘機の索敵の役割も大きく、特に夜間空襲時には重要であった。これらの爆撃機は密集編隊を組まず、個々に飛行したため、攻撃してくる夜間戦闘機に対する最初の対応としてコルクスクリュー・ロールのような大胆な回避行動をとらねばならず、防御用の発砲は二の次であった。イギリス空軍では、俗語で尾部銃手のことを「ドン尻チャーリー」(Tail-end Charlies)と呼んでいた[1]が、その一方でライバルたるドイツ空軍でも「ヘックシュヴァイン」(Heckschwein:ドン尻の豚)と、似たようなスラング(俗語)で呼ばれていた。
尾部銃手は第二次大戦中に最も一般的に活用され、その最後はベトナム戦争での大型爆撃機であった。しかし、防御機銃で戦闘機の撃墜を期することは困難であった。牽制で可として、軽量で取り回しの速さや門数・装弾数を優先し、同時期の戦闘機より一段威力の劣る口径7.7mmや12.7mm等で可としたものも少なくない。大戦後はレーダー連動の射撃管制装置を導入など性能向上化が図られたものの、爆撃機に対する脅威が、戦闘機よりも小さく高速でもはや命中を期待できず、牽制効果も持ちえない機械じかけの空対空ミサイル・地対空ミサイルに移行すると、効力を喪失した防御機銃は縮減に向かった[2]。ただしソ連空軍は尾部機銃に関しては保守的姿勢で、現ロシア軍に到っても装備を継続している。
戦闘での最後の使用
ラインバッカーII作戦(リチャード・ニクソン大統領の「クリスマス爆撃」としても知られる)期間中の1972年12月18日、アメリカ空軍戦略航空軍団のB-52 ストラトフォートレスが北ベトナムに対して「最大戦力」で空爆を実施していた。爆撃機が目標に向け接近するとSAM(Surface to Air Missiles:地対空ミサイル)がB-52の周りで炸裂し始めた[3]。コールサイン「ブラウン・スリー」(Brown III)機が投弾を完了し、北ベトナム空軍の戦闘機が迎撃に上がったという警告を受けて旋回して引き返し始めた。ブラウン・スリー機の尾部銃手、サミュエル・O・ターナー(Samuel O. Turner)軍曹(SSGT)は、急速に接近してくるMiG-21を捕捉し、射程に入ると4連装の(AN/M2重機関銃)の一連射で敵機を撃墜した。ターナー軍曹は、朝鮮戦争以来初の敵機を撃墜した爆撃機の尾部銃手となった。機番55-0676のB-52は、現在ワシントン州・スポケーンのフェアチャイルド空軍基地に展示されている[3]。
同年12月24日、同じ爆撃攻勢の最中に、現在コロラド州のアメリカ空軍士官学校に展示されているB-52「ダイアモンド・リル」(Diamond Lil)機がタイグエンにある列車集積所を攻撃した。迎撃に上がってきたのは北ベトナム空軍のMiG-21で、ダイアモンド・リル機の尾部銃手、アルバート・E・ムーア(Albert E. Moore)一等兵(Airman)は、4,000ヤードの距離でMiG-21を捕捉[4]し、4連装のAN/M2重機関銃を発射した。ムーア一等兵の撃墜は、別のB-52の尾部銃手、クラレンス・W・チュート(Clarence W. Chute)技術軍曹(TSGT)により目撃され、チュート技術軍曹は、炎に包まれ墜落するMiG-21を確認した。ムーア一等兵は、戦時に機関銃で敵機を撃墜した最後の爆撃機の尾部銃手となった。
後部銃座を持つ機種の代表例
ここに挙げた航空機は様々な後部銃座・尾部銃座を持っている。
ドイツ
- Fw 189 - 偵察機
- Fw 191 - 試作爆撃機
- He 111 - 爆撃機
- He 177 - 爆撃機
- Ju 87 - 爆撃機
- Ju 88 - 爆撃機
- Ju 188 - 爆撃機
- Ju 290 - 長距離哨戒 / 輸送機
Fw 189の尾部銃座
He 111の後部銃座
He 177に乗り込む尾部銃手と尾部銃座
Ju 87の後部銃座
(Ju 88 A-4)の乗員区画上部に見える後部銃座の膨らみ
Ju 188の搭乗員区画上部の回転銃座
Ju 290の尾部銃座
イギリス
- ハンドレページ V/1500 - 重爆撃機
- 尾部末端のスカーフ・リングに2丁のルイス軽機関銃を装備。
第二次世界大戦中のイギリス空軍の爆撃機は、通常、M1919機関銃を装備したナッシュ・アンド・トムソン社製の油圧式かボールトンポール社製の電気油圧式の尾部銃塔を備えていた。
- アームストロング・ホイットワース ホイットレイ - 中型爆撃機
- 当初は単装のルイス軽機関銃を装備した手動操作式の尾部銃塔を備えていたが、後に2または4連装のナッシュ・アンド・トムソン銃塔を取り付けられるようになった。
- 4連装ナッシュ・アンド・トムソン尾部銃塔を搭載。
- ハンドレページ ハリファックス - 重爆撃機
- 4連装ボールトンポール銃塔を搭載。
- アブロ ランカスター - 重爆撃機
- 4連装ナッシュ・アンド・トムソン尾部銃塔を搭載。第二次大戦末期には「ヴィレッジ・イン」(Village Inn)自動レーダー照準銃塔を装備した機体もあった。
- ビッカース ウィンザー - 試作重爆撃機
- 尾部銃手の位置からエンジンナセル後方のバーベットに搭載したイスパノ 20mm機関砲を遠隔操作できる。
- ビッカース ウェリントン - 中型爆撃機
- 2連装M1919機関銃を装備した尾部銃塔を搭載。
ハンドレページ ハンプデンの後部銃座
ブリストル ブレニムの後部銃座
M1919機関銃を搭載中のホイットレイの尾部銃座
サンダーランドの尾部銃塔
ハリファックスの尾部銃塔
ウェリントンの尾部銃塔
ショート スターリングの尾部銃塔
アブロ ランカスターの尾部銃塔(ダックスフォード帝国戦争博物館)
アメリカ
- B-23 ドラゴン - 中型爆撃機
- アメリカの爆撃機として尾部銃座を初装備。
- B-24 リベレーター - 重爆撃機
- 回転式尾部銃塔を搭載。
- B-25 ミッチェル - 中型爆撃機
- 回転式尾部銃塔を搭載。
- B-26 マローダー - 爆撃機
- 回転式尾部銃塔を搭載。
- B-17 フライングフォートレス(E型以降) - 重爆撃機
- 固定式尾部銃座を装備。
- B-29 スーパーフォートレス - 重爆撃機
- 回転式尾部銃塔を搭載。
- B-36 - 重爆撃機
- B-47 ストラトジェット - 重爆撃機
- 尾部銃塔以外は無し。
- B-52 ストラトフォートレス - 重爆撃機
- 尾部銃塔以外は無し。1991年以後は撤廃。
- B-58 ハスラー - 爆撃機
- 尾部銃塔以外は無し。
- コックピット後部に旋回式銃座を装備。
- TBF アヴェンジャー - 艦載雷撃機
- 回転式尾部銃塔と胴体下面銃座を装備。
B-17の尾部銃塔
B-23の尾部銃塔
B-24の尾部銃塔
B-25の尾部銃塔
B-26の尾部銃塔
B-29の尾部銃塔
PBMの背面銃塔と尾部銃塔
TBFの回転式尾部銃塔
ソ連邦/ロシア
(Il-28R)の尾部銃塔
Il-76の尾部銃塔
Il-102の遠隔操作式尾部銃塔
Tu-16の尾部銃塔
(Tu-22PD)の尾部銃塔
大日本帝国
- 海軍機で初めて尾部銃座を搭載。
- 九七式飛行艇 - 海軍飛行艇
- 一型乙(キ21-I乙)で日本初の遠隔操作式の無人尾部銃座を採用。また、二型乙(キ21-II乙)では後部背面銃座をホ103 一式十二・七粍旋回機関砲を備える砲塔に換装。
- 九七式軽爆撃機 - 陸軍軽爆撃機
- 九九式襲撃機 - 陸軍襲撃機
- 一〇〇式重爆撃機 呑龍 - 陸軍重爆撃機
- 陸軍機で初めて有人尾部銃座(砲塔)を採用。ホ1 試製二十粍旋回機関砲を搭載。
- 海軍の陸上機で初めて尾部銃座を搭載。
- 二式飛行艇 - 海軍飛行艇
- 尾部銃座に九九式二〇粍機銃を1門搭載。
- 四式重爆撃機 飛龍 - 陸軍重爆撃機
- ホ5 二式二十粍旋回機関砲を尾部銃座に搭載。
- ホ501搭載による重量増加で大半の防御銃座は撤去されたが、尾部銃座だけは残された。
- 深山 - 海軍陸上攻撃機
- 尾部銃塔を搭載し、12.7mm機銃を1丁搭載。
- 連山 - 海軍陸上攻撃機
- 鹵獲したB-17 フライングフォートレスの尾部銃座を基に、12.7mm連装機銃を装備した動力式の尾部銃座を搭載。
九七式重爆撃機の背面銃座と尾部銃座。側面銃座も見える
九七式軽爆撃機の後部銃座
九九式襲撃機の後部銃座
一〇〇式重爆撃機の背面銃座と尾部銃座
一式陸上攻撃機の尾部銃座
二式飛行艇の尾部銃座
連山の側面からの写真。尾部銃座が見える
出典
- McCarthy, Donald J. Jr. MiG Killers; A Chronology of US Air Victories in Vietnam 1965-1973. 2009. (ISBN 978-1-58007-136-9).
関連項目
- (砲塔#航空機)
- ボールターレット
- ジョセフ・マッカーシー(「テールガナー・ジョー」の異名を持つアメリカ合衆国上院議員)
外部リンク
- BBC People's War - Bomber aircrew story
- Tail-End Charlie by Mick Manning and Brita Granström. Awards nominated children's book about the training and adventures of a WW2 tail gunner in Wellingtons and B25 Mitchells – the true stories of the author's father. Illustrated in full colour. For real life adventurers. The Independant.