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外郎売

外郎売(ういろううり)は、享保3年(1718年)正月、江戸森田座の『若緑勢曾我』(わかみどり いきおい そが)で二代目市川團十郎によって初演された歌舞伎十八番の一つである[1]。 現在は十二代目團十郎が復活させたもの(野口達二脚本)が上演されている。

九代目市川團十郎の虎屋東吉(鳥居忠清画)

概説

今日では「外郎売」と言えばその劇中に出てくる外郎売の長科白を指すことが多い。日本では俳優声優などの養成所、或いはアナウンサーの研修等で暗唱、発声練習や滑舌の練習に使われている。漢字の読みやアクセントは何種類かある。これは出典をどこから引用したかによる違いである。(例:一粒=「いちりゅう」「ひとつぶ」、「健やかに成って」→「健やかに成りて」、舌=「した」「ぜつ」 唇=「しん」「くちびる」など)

演じると8分程度かかる。下記の口上の例に出て来る神奈川県小田原市では、外郎売を取り入れた様々な出し物を創作・披露する「外郎売の口上研究会」が活動している。外郎(ういろう)とは元来、小田原の外郎家が製造・販売する薬を指し、和菓子のういろうはその口直しのために出されたと伝えられる[2]

口上

拙者親方と申すは、お立会の中に御存じのお方もござりましょうが、お江戸を発って二十里上方相州小田原一色町をお過ぎなされて、青物町を上りへお出でなさるれば、欄干橋虎屋藤右衛門、只今では剃髪致して圓斎と名乗りまする。

元朝より大晦日まで御手に入れまする此の薬は、昔、珍の国の唐人外郎と云う人、我が朝へ来たり。
帝へ参内の折から、此の薬を深く込め置き、用ゆる時は一粒ずつの隙間より取り出だす。

依ってその名を帝より「透頂香」[注釈 1]と賜る。

即ち文字には、頂き、透く、香と書いて「とうちんこう」と申す。

只今では此の薬、殊の外世上に広まり、方々に似看板を出だし、イヤ小田原の、灰俵の、さん俵の、炭俵のと、色々に申せども、平仮名を以って「ういろう」と致したは、親方圓斎ばかり。もしやお立会の中に、熱海か(塔ノ沢)へ湯治にお出でなさるるか、又は伊勢御参宮の折からは、必ず門違いなされまするな。

御上りなれば右の方、御下りなれば左側、八方が八つ棟、面が三つ棟(玉堂造)、破風には菊に桐の薹の御紋を御赦免あって、系図正しき薬でござる。

イヤ最前より家名の自慢ばかり申しても、御存じない方には、正真の胡椒の丸呑み、白河夜船。されば一粒食べかけて、その気味合いをお目に懸けましょう。先ず此の薬を斯様に一粒舌の上に乗せまして、腹内へ納めますると、イヤどうもいえぬは、
いかん肺肝[注釈 2]が健やかに成って、薫風喉より来たり、口中微涼を生ずるが如し。魚、鳥、木の子、麺類の食い合わせ、其の外万病即効あること神の如し。

さて此の薬、第一の奇妙には、舌の廻ることが銭ごまが裸足で逃げる。ひょっと舌が廻り出すと、矢も盾も堪らぬじゃ。

そりゃそりゃそりゃ、そりゃそりゃ、廻って来たわ、廻って来るわ。アワヤ喉、サタラナ舌にカ歯音、ハマの二つは唇の軽重開口爽やかに、アカサタナ、ハマヤラワ、オコソトノ、ホモヨロヲ。一ツぺぎへぎに、(へぎ干し)、はじかみ豆、盆米、盆牛蒡、摘、摘豆、摘山椒書写山の社僧正。

小米の生噛み、小米の生噛み、こん小米のこ生噛み。繻子緋繻子、繻子繻珍。

親も嘉兵衛、子も嘉兵衛、親嘉兵衛子嘉兵衛、子嘉兵衛親嘉兵衛。古栗の木の古切口。雨合羽が番合羽か。貴様の脚絆も皮脚絆、我等が脚絆も皮脚絆。尻皮のしっ綻びを、三針針長にちょと縫うて、縫うてちょとぶん出せ。河原撫子野石竹。野良如来野良如来、三野良如来に六野良如来。

一寸の[注釈 3]お小仏にお蹴躓きゃるな、細溝にどじょにょろり。京の生、奈良、生学鰹、ちょと四五貫目。お茶立ちょ、茶立ちょ、ちゃっと立ちょ、茶立ちょ。青竹茶筅でお茶ちゃと立ちゃ。来るわ来るわ何が来る、高野の山のおこけら小僧、狸百匹、百膳、天目百杯、棒八百本。武具馬具、武具馬具、三武具馬具、合わせて武具馬具、六武具馬具。

菊、栗、菊栗、三菊栗、合わせて菊栗、六菊栗。麦、ごみ、麦ごみ、三麦ごみ[注釈 4]、合わせて麦ごみ、六麦ごみ。あの長押長薙刀は誰が長薙刀ぞ。向こうの胡麻殻はの胡麻殻か真胡麻殻か、あれこそ本の真胡麻殻。がらぴぃがらぴぃ風車。起きゃがれ小法師、起きゃがれ小法師、昨夜も溢してまた溢した。

たぁぷぽぽ、たぁぷぽぽ、ちりからちりから、つったっぽ。たっぽたっぽ干[注釈 5]落ちたら煮て食を。煮ても焼いても食われぬ物は、五徳、鉄灸、(金熊童子)に、(石熊)、石持、(虎熊)、虎鱚。中にも東寺羅生門には、茨木童子が腕栗五合掴んでおむしゃるかの頼光の膝元去らず。金柑椎茸定めて後段な、蕎麦切り、素麺饂飩か愚鈍なこ新発知。小棚の小下に、小桶にこ味噌がこ有るぞ、こ杓子こ持って、こすくてこ寄こせ。

おっと合点だ、心得田圃の川崎神奈川程ヶ谷戸塚は走って行けば、を擦りむく、三里ばかりか、藤沢平塚大磯がしや、小磯の宿を七つ起きして、早天そうそう、相州小田原、透頂香。隠れござらぬ貴賎群衆の、花の御江戸の花ういろう。

あれ、あの花を見て、お心をお和らぎゃっという。産子、這子に至るまで、此のういろうの御評判、御存じないとは申されまいまいつぶり、角出せ、棒出せ、ぼうぼう眉に、臼、杵、擂鉢、ばちばち、ぐゎらぐゎらぐゎら[注釈 6]と、羽目を外して今日御出での何茂様に、上げねばならぬ、売らねばならぬと、息せい引っ張り、東方世界の薬の元締、薬師如来も照覧あれと。ホホ敬って、ういろうはいらっしゃりませぬか。

— 底本:烏亭焉馬著 『花江都歌舞妓年代記』(天保12年)

脚注・出典

注釈

  1. ^ 『花江都歌舞妓年代記』には「頂透香」と表記。
  2. ^ 一般的には「胃心肺肝」で広まっている。
  3. ^ 現行の歌舞伎などでは「一寸先の」で上演される。
  4. ^ 『~年代記』では「合わせて菊栗~」の部分が抜けている。
  5. ^ 『~年代記』では「一丁だこ」にも見えるが、「欄干橋」の「干」と同じ字形。改訂版[1]でも「干だこ」と表記。現行の歌舞伎では「一干蛸(いっひだこ)」で上演される。
  6. ^ 現行の歌舞伎では「桑原桑原」で上演される。

出典

  1. ^ a b 『花江都歌舞妓年代記』歌舞伎出版部、1926年、48-52頁。 
  2. ^ 善波裕美子:小田原名物 口上の妙味◇「外郎売」研究、出し物を創作し各地でイベント◇『日本経済新聞』朝刊2018年10月24日(社会面)2018年11月22日閲覧。

参考文献

  • 烏亭焉馬 著『花江都歌舞妓年代記』 9巻、丁子屋忠七、1841年。(NDLJP):2554363/36。 
  • 烏亭焉馬 著、吉田暎二 編『花江都歌舞妓年代記』歌舞伎出版部、1926年、48-52頁。(NDLJP):1020879/35。 

関連項目

外部リンク

  • 外郎売 - 成田屋
  • 外郎売 - 文化デジタルライブラリー
  • 「外郎売」より早口言葉の言い立て【歌舞伎ましょう】 - YouTube - 現行の歌舞伎でのせりふ
  • 外郎売(ういろううり)早口・口上・アナウンサー滑舌用 早口言葉ナビ
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