生涯
東京府東京市京橋区銀座尾張町(現東京都中央区銀座)出身。旧姓は池田。東京女学館卒。川合玉堂に日本画を学ぶ。
1921年佐伯祐三と結婚。1923年夫とともにフランスにわたり、モーリス・ド・ヴラマンクに師事。1925年「アルルのはね橋」がサロン・ドートンヌに入選。
1926年2月帰国し、13回二科展に出品し、5点が入選した。
1927年9月再び渡仏。1928年8月、夫祐三と娘弥智子がフランスで相次いで死去。1928年10月帰国。
1946年三岸節子らと女流画家協会を創立。1949年より二紀会絵画部理事。1967年、第21回二紀展文部大臣奨励賞受賞[1]。
脚注
- ^ “一般社団法人二紀会”. 2015年10月14日閲覧。
出典
- “佐伯米子”. 東京文化財研究所. 2015年10月14日閲覧。