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コロンバイン高校銃乱射事件

コロンバイン高校銃乱射事件(コロンバインこうこうじゅうらんしゃじけん)は、アメリカ合衆国コロラド州ジェファーソン郡(コロンバイン)(英語版)のジェファーソン郡立(コロンバイン高等学校)(英語版、シンプル英語版)1999年4月20日に発生した事件。英語名では「コロンバイン高校の虐殺(en:Columbine High School massacre)」[1]

コロンバイン高校銃乱射事件
Columbine High School massacre
コロンバイン高校の航空写真。
場所 アメリカ合衆国 コロラド州ジェファーソン郡コロンバイン、郡立コロンバイン高等学校
座標 北緯39度36分12秒 西経105度04分29秒 / 北緯39.60333度 西経105.07472度 / 39.60333; -105.07472座標: 北緯39度36分12秒 西経105度04分29秒 / 北緯39.60333度 西経105.07472度 / 39.60333; -105.07472
日付 1999年4月20日
標的 学生、教員
攻撃手段 銃撃
武器 爆弾
死亡者 15名(教員1名、容疑者2名を含む学生14名)
負傷者 24名
犯人 エリック・ハリス(Eric Harris)身長174cm体重 61 - 63kg
ディラン・クレボルド(Dylan Klebold)身長189cm体重64kg
動機 不明
(テンプレートを表示)
エリック・ハリス
Eric Harris
生誕 (1981-04-09) 1981年4月9日
アメリカ合衆国 カンザス州 ウィチタ
現況死没(自殺)
死没1999年4月20日(1999-04-20)(18歳)
アメリカ合衆国 コロラド州ジェファーソン郡コロンバイン、郡立コロンバイン高等学校
死因銃による自殺
出身校郡立コロンバイン高等学校
職業学生
刑罰殺人罪
ウェイン・ハリス(父)
キャサリン・プール(母)
殺人
被害者数 8人
犯行期間
1999年4月20日午前11時19分–午後12時8分
アメリカ合衆国
郡立コロンバイン高等学校
コロラド州
逮捕日
自殺によりなし
ディラン・クレボルド
Dylan Klebold
生誕 (1981-09-11) 1981年9月11日
アメリカ合衆国 コロラド州 レイクウッド
現況死没(自殺)
死没1999年4月20日(1999-04-20)(17歳)
アメリカ合衆国 コロラド州ジェファーソン郡コロンバイン、郡立コロンバイン高等学校
死因銃による自殺
出身校郡立コロンバイン高等学校
職業学生
刑罰殺人罪
スー・クレボルト(母)
トム・クレボルト(父)
殺人
被害者数 5人
犯行期間
1999年4月20日午前11時19分–午後12時8分
アメリカ合衆国
郡立コロンバイン高等学校
コロラド州
逮捕日
自殺によりなし

同校の生徒、エリック・ハリスとディラン・クレボルドが銃を乱射、12名の生徒と1名の教師を射殺し、両名は自殺した。重軽傷者は24名。アメリカの学校における銃乱射事件としては、犠牲者数において1966年に起きたテキサスタワー乱射事件に次いで大規模なものであった(発生直後において。その後2007年に33人が死亡したバージニア工科大学銃乱射事件が起きた)[2][3]

事件前日までの出来事

背景

事件の舞台となったコロンバイン高校に在学していたエリック・ハリスとディラン・クレボルドは、この高校に入学してしばらくを経た頃からその卒業の頃までにわたって、同校の一部の生徒つまりジョックとその取り巻きであるサイドキックやプリーザーのいじめの対象になっていたという。

2人がクリークの生徒から毎日のように小突かれたり、その人気集団の生徒らと深い親交を持つ女子生徒が、2人と一緒にいた女子生徒を嘲ったりするなど、時に2人を直接嘲る場面などが日常的にあったとの証言がある。彼らの共通の知り合いでのちに独白録を出版もしたブルックス・ブラウンは、2人が「faggot」(「オカマ野郎」「ホモ野郎」というような意味の罵り言葉)と罵られるところや、ハリスがロッカーに押し込まれるところ、2人が車の中から物を投げつけられるところなどを目撃している。

こうしたいじめの対象となっていたのは、ハリスとクレボルドのほかにも存在した。そうした生徒の一部が、一種の自警団としての結束を旨に、自身らを「トレンチコート・マフィア」と自称するようになる。ハリスとクレボルドは、この集団のリーダーと共通の友人であった。黒色のトレンチコートをシンボルとしたこの「トレンチコート・マフィア」に所属していた生徒らは、この事件が発生するより前にその全員が卒業ないしは退学している。

ブルックス・ブラウンは、「日常的に行われていたいじめが、2人の絆を強くしていた」と語る。

徴候

1997年、コロンバイン高校の生徒ブルックス・ブラウンの両親は、ハリスが彼らの息子を狙おうと脅しているのをハリスのウェブサイトで発見し、それを知らされたジェファーソン郡保安官マイケル・ゲーラはこのサイトの物騒な記述を見た。

ゲーラは捜索令状用の草案の宣誓供述書を書くことを決定した。しかし、宣誓供述書はファイルされなかった。この情報は、2001年9月まで公表されなかった(捜査令状が発行されなかったのは、家宅捜査をする十分となる根拠が無かったためであるが、ジェファーソン郡庁は令状請求を取り止めた事実自体を隠蔽した)。

ブルックス・ブラウンはのちに出版した独白録で、ハリスのこうした行動の背景にあったと考えられる感情についてのことを記している。当時のハリスには、自身の唯一無二の親友であったクレボルドが(ブラウンと交流することによって)自らのもとを離れてゆくかもしれない、という不安を抱いていた節があったという。

事件当日

爆弾設置するも不発

1999年4月20日11時10分、エリック・ハリスおよびディラン・クレボルドは、各々の自動車でコロンバイン高校に同時に到着した。ハリスは学生用駐車場に駐車し、クレボルドは彼の割り当てではない教職員及び来客用駐車場に駐車した。それらの地点から、2人は、それぞれ一階カフェテリアに対する完全な視界を確保していた。また、両名とも学校の主な出口をカバーしていた。

2人は「A」ランチが始まる数分前にカフェテリアに入り、2つのダッフルバッグを置いた。バッグにはそれぞれ20ポンド(9kg)のプロパン爆弾が11時17分に爆発するようセットされていた。2人がカフェテリアに入ったとき、ちょうど管理者が防犯カメラのビデオテープを巻き戻してから新しいテープに交換していたため、爆弾設置の瞬間は録画されなかった。

2人の当初の計画では、カフェテリアで爆弾を炸裂させ、そこから逃げてきた人たちを銃撃する予定であった。爆弾は、カフェテリアの全てを破壊し、二階の図書館を崩壊させるのに十分な威力を持っていた。2人は、爆弾の炸裂を待つために、各々の自動車に戻った。

しかし、カフェテリアの爆弾は爆発しなかったため、ハリスとクレボルドは、ハリスの自動車の近くで出会い、弾薬や爆弾の詰まったダッフルバッグを持った。ハリスのバッグには、ソードオフに改造されたサヴェージ スプリングフィールド67Hポンプアクション式散弾銃、ハイポイント995 9mmセミオートカービンが入っており、クレボルドのバッグには、9mm半自動拳銃イントラテック TEC-DC9、スティーブンス311D水平二連短銃身散弾銃をそれぞれ入れたバックパックで武装しカフェテリアに向かった。2人は、校地で最も高い位置である西側入り口階段の上に行った。この地点から見て、カフェテリアの横側入り口は、階段の下方にあった。学校の主な西側入り口は2人の左側にあり、運動場は右側に位置した。

乱射発生

11時19分、事件の目撃者は、ハリスが「ゴー! ゴー!」と叫ぶのを聞いた。その瞬間、2人は散弾銃を引き抜き、丘に座って昼食をとっていたレイチェル・スコット(en:Rachel Scott)とリチャード・カスタルドに向かって銃を発射した。スコットは4発撃たれて即死、カスタルドは8発撃たれて重傷を負った。ハリスとクレボルドのどちらが先に発砲し、どちらがスコットを射殺したかは不明である。

続いて、ハリスは、トレンチコートを脱ぎ、カービンを西階段の下側に向けた。ダニエル・ロアボーとショーン・グレーヴス、ランス・カークリンは、ちょうど西階段を上り始めていた。カークリンは、2人が突然銃撃するのを目撃し、ロアボーはグレーヴスに倒れ込み、銃弾がグレーヴスの足に命中した。その後、犯人は2人を横切りカークリンに銃を向けた。3人とも負傷した。その後、2人は向きを変え、学校遠方の南側に銃撃を始めた。学校の西入口の反対側の小丘には、5名の生徒が座っていた。マイケル・ジョンソンは、銃撃を受けたが走って逃げることに成功した。マーク・テーラーは、銃撃を受け地面に倒れ込んだが、彼は死んだふりをした。他の3名は、無傷で逃げることができた。

二人の銃撃中、ショーン・グレーヴスは、立ち上がり足を引きずりながらカフェテリアの補助入り口へ階段を下って、ドアの前で倒れ込んだ。クレボルドは、カフェテリアへ向かう階段を下りると、再びランス・カークリンを撃ち重傷を負わせた。ダニエル・ロアボーは、階段を下りようと努力を続け、伝えられるところによれば、内側に逃げようとする他の生徒のために、カフェテリアのドアを固定しようとした。クレボルドは、ロアボーのそばまで歩き、至近距離から彼の頭を撃った。

クレボルドは、そのまま階段を下りて、負傷してカフェテリア入口で倒れていたショーン・グレーヴスを跨いで中に入った。おそらくクレボルドは、爆弾が不発に終った理由を確かめようとしたのだと推測される。クレボルドがカフェテリアに入ると同時に、ハリスは銃を階段の下に向け、カフェテリアの入り口近くに座る数名の生徒を銃撃し始め、走って逃げようとしたアン・マリーホフタルターを負傷させた。数秒後、クレボルドは上でハリスと会うために階段を上った。

キャンパス内で騒動を見ていた教員のパッティ・ネルソンは、学生のブライアン・アンダーソンと西エントランスへ向かった。ハリスとクレボルドを見た彼女は、彼らがビデオを撮っているか、いたずらしていると思い、外に出て「やめなさい」と言おうとした。アンダーソンが外に出ようと一つ目の両開きのドアを開こうとしたので、ハリスとクレボルドは窓ガラスを撃った。アンダーソンは、飛び散ったガラスで負傷、同じくネルソンは破片によって肩を負傷した。ネルソンは、恐怖に怯えながらも素早く立ち上がって図書館のホールに入り、中にいる学生に、机の下に伏せて音を立てずにいるように警告した。それから、ネルソンは、911番し、自分も図書館のカウンターの下に隠れた。アンダーソンは、内外のドアの間に残された。

保安官との銃撃戦

一方で11時24分には、学校警察官として配属されていたニール・ガードナー保安官補が到着。負傷したブライアン・アンダーソンからハリスとクレボルドの気を逸らすため発砲した。アンダーソンはよろめきながらも、図書館に駆け込み、職員休憩室に入って事態が終わるまでそこに残った。ハリスは保安官に十発発砲した。保安官は4発発砲したものの火力で圧倒されて後退、コード33(緊急支援要請)を無線で連絡した。

ハリスとクレボルドはその隙に学校に走った。二人は北通路を下って進みながら出会う人間に発砲し、爆弾を投げた。その間、学生のステファニー・マンソンが足首を撃たれたが、彼女はこの学校から、通りの向こうの家にたどり着くことができた。二人はそれから学校の東エントランスのガラスに向け発砲した。しばらくして彼らは図書館通路へ向け西エントランスの方へ戻った。彼らはホールを通り抜ける間、出会う学生に向け発砲を繰り返した(この間、負傷者は出なかった)。

その直前に、“デイブ”ウィリアム・サンダーズ監督は、学生たちと二階への階段を通ってカフェテリアから避難した。階段は、中央南通路内の図書館通路から角を曲がった所にあった。彼らが角を曲がって図書館通路を降りていたとき、ハリスとクレボルドが北通路から角を曲がって来るのが見えた。ハリスとクレボルドは素早く振り返ると角を曲がって来て一団に発砲した。南通路に来ていたサンダーズは胸を撃たれた。被弾しなかった学生たちは第1科学室へと走り、中の教師に警告した。サンダーズはなんとか第3科学室に入り、二人の生徒の応急処置を受けた。

教師のテレサ・ミラーは外部へ連絡を取ろうとしたが、911へ何度掛けても話し中だった。応急処置を行った1人アーロン・ハーンシーは、理科実験室で実験の宿題中で教師から「応急処置が出来る生徒はいないか!?」という呼びかけに応じ、背後で爆発音や銃声を聞きながら教室を移動した。その時にサンダーズは自身が撃たれた事を把握しており、意識も明瞭だった。ハーンシーはサンダーズの意識が落ちないようにサンダーズの財布に入っていた家族写真を見せながら話す事で意識を繋いでいた。ハーンシーは「病院に搬送され手術や治療をすれば助かると思っていた。」と語ったが、救助が遅れ、サンダーズは午後3時頃に死亡した。

図書館の惨劇

 
図書室の配置図と事件の犠牲者の遺体が見つかった場所

ハリスとクレボルドが銃撃を続けている間、パッティ・ネルソンは救急隊に電話をかけ、自分が分かる限りの状況を説明しながら学生を机の下に隠れさせようとしていた。記録によると、午前11時25分05秒に911のオペレーターがネルソンの電話を受けている。ハリスとクレボルドが図書館に入ってきたのはその4分10秒後だった。ハリスとクレボルドは図書館に入る前に南通路で2つのパイプ爆弾を階段からカフェテリアに放り込んだ。爆弾は両方爆発した(その爆破の映像は監視カメラの記録に収められている)。彼らは爆弾をもう一つ図書館通路に放り込み、ロッカーの一部を破壊した。11時29分、二人は図書館に侵入した。中には52人の学生、2人の教師、2人の図書館スタッフが隠れていた。

ハリスは図書館に入るとカウンターの反対側から本棚を撃った。この銃撃で本棚に隣接しているコピー機の下で隠れていた学生、エヴァン・トッドが負傷した。ハリスは、「起きろ!」と大声で叫んだ。その声はネルソンがかけていた911の記録 (11:29:18) に残るほど大きかった。職員休憩室に隠れていたスタッフと学生は彼らが「白い帽子か野球帽をかぶっている奴は全員立て!」「ジョックは全員立て! 俺たちは白い帽子の奴を捕まえる!」などと言うのを聞いていた(コロンバイン高では運動部員は白い帽子をかぶるのが伝統)。誰も立ち上がらず、ハリスの「いいだろう、どっちにしろ撃つぞ!」と言う声が聞こえると、二人はそれから図書館の反対側へ進んだ。トッドはカウンターの下に隠れてやり過ごした。カイル・ベラスケスは、コンピュータが置かれた北の(または上の)列の机の下に体を丸くして隠れていた。彼は机の下から動かなかった。クレボルドは最初に彼の頭を後ろから撃って殺害した。二人はコンピュータ席の南列で自分たちのダッフルバッグから弾薬を取り出し、銃に再装填を始めた。彼らは外側の階段に面している窓へ歩いて行くと、学生を避難させている警察に警告を与えるため、窓越しに発砲した。これに対して警官側も応戦した。

数秒後にクレボルドは窓に背を向けて、ショットガンを近くのテーブルに隠れていたパトリック・アイルランド、ダニエル・スティプレトン、マカイ・ホールに発砲し、負傷させた後、着ていたトレンチコートを脱いだ。ハリスは自分のショットガンを持つと、コンピュータ受付の下の列まで歩き、最初の机の下に誰がそこに隠れているか確認せずに銃を向け、発砲した。この銃撃でその場所に隠れていたスティーブン・カーナウが死亡した。カーナウはこの銃撃で死亡した中で最も若い14歳だった。ハリスは続けてコンピューター受付の下に発砲し、ケイシー・ルーゲスガーを負傷させた。ケイシーは右腕に『バン、バン、バン』と三発銃撃を受けた(ケイシーは事件の後の取材で撃たれた瞬間自分の腕ではないような感覚だったと話している)。弾丸は左首筋を横切った。

さらにハリスが南のコンピュータ列の向かいのテーブルまで歩き、キャシー・バーナルを脅して跪かせると、頭部を撃って射殺した。この直前にハリスは頭の上で手を二回叩き、「(かくれんぼのように)見ぃつけた」("peek-a-boo")と言ったとされている。

ハリスはそれから次のテーブルに向かい、学生のブレー・パスクァーレ(十分な場所がなかったので、彼女は隠れられなかった)のいるテーブルの隣に座った。ハリスは「死にたくないか」などということを彼女に尋ねた。ハリスがパスクァーレをなじる間にパトリック・アイルランドは彼の近くにいた2人の負傷者(ダニエル・スティプレトン、マカイ・ホール)のうちの1人に応急手当を与え始めた。これを見たクレボルドは彼の頭に2発と足に1発発砲し、アイルランドの靴を吹き飛ばした。アイルランドは意識を失ったが奇跡的に生き残ることが出来た。

クレボルドはテーブルの下に隠れているアイゼア・ショールズ、マシュー・ケッター、クレイグ・スコット(3人とも学校の人気のスポーツ選手で、クレイグはレイチェル・スコットの弟)を発見。ショールズを連れ出そうとしたが出来ず、ハリスを呼び出した。ハリスはパスクァーレから離れ、クレボルドと合流した。2人は数秒間ショールズを罵った(目撃者はクレボルドが人種差別発言をしていたという)。直後にハリスはショールズを、クレボルドはケッターを狙ってそれぞれ発砲し、二人を射殺した。クレイグ・スコットは死んでいるふりをして無事にやり過ごした。ハリスは、それから二酸化炭素爆弾をホール、スティプレトン、アイルランドがいるテーブルの方に投げた。爆弾はすぐにホールが拾って遠くに投げたため、爆発で誰も負傷することはなかった。

続いてハリスとクレボルドは図書館の本棚とテーブルの周りを歩きながら本棚やテーブルに発砲した。クレボルドの銃撃でマーク・キントジェンが負傷、更にクレボルドはテーブル下に隠れていたリサ・クローツ、ヴァレーン・シェナー、ローレン・タウンゼンドに発砲。クローツとシェナーを負傷させ、タウンゼンドを射殺した。

一方、ハリスは2人の女子生徒が隠れていたテーブルへ行き、覗き込んで「哀れだな」と冷たい視線を送った。ハリスとクレボルドは空いたテーブルへ行き、再び銃器の再装填を行った。そこで負傷していたヴァレーン・シェナーが「ああ、神さま! 私をお助けください」と叫んだ。クレボルドはシェナーの方へ行くと、彼女に神の存在を信じるかどうか尋ねた。彼女は答えに詰まり、一旦はノーと言ったがイエスと言い直した。クレボルドが理由を尋ねると彼女は自分の家族が信じているものであるから、と言った。クレボルドはシェナーを罵ってその場から離れた。この現場を目撃していた人々から、このやり取りをしたのはシェナーではなく、前述の死亡したキャシー・バーナルではないか、という情報も出ていた。そのため、事件後に議論を呼ぶこととなった。

ハリスは別のテーブルの下にカービン銃で2度発砲、ニコル・ノーレンとジョン・トムリンを負傷させた。トムリンは外へ這い出ようとしてそれを見たクレボルドに蹴られた。ハリスがトムリンを罵った直後、クレボルドはトムリンに向け連続で発砲し、射殺した。ハリスは死亡したローレン・タウンゼントが倒れているテーブルの向こう側に歩いて戻り、テーブル下に隠れていたケリー・フレミングに向けてカービン銃を連射、射殺した。ハリスは再びクローツと死亡しているタウンゼントの方に撃ち、近くにいたジェアナ・パークを負傷させた。

11時37分頃、ハリスとクレボルドは図書館の中心へ移り、テーブルで武器の再装填を行った。クレボルドは近くにいた学生に気付き、自分の名を名のるように言った。その学生はクレボルドの顔見知りであるジョン・サヴェージだった。サヴェージがいったい何をしているのかと聞くとクレボルドは「ああ、ただの人殺しだ」と答えた。サヴェージは自分も殺すのか聞くと、クレボルドは戸惑った後、サヴェージに図書館から出るように言った。サヴェージは図書館の入口から無事に脱出した。サヴェージが去ったあと、ハリスはカービン銃で近くにいたダニエル・モーゼルの顔面を至近距離から撃ち、殺害した後に移動、生徒たちが隠れていそうな北の方向のテーブルにむけて銃を連射した。この銃撃でジェニファー・ドイルとオースティン・ユーバンクス[注釈 1]が負傷、コーレイ・デポーターが致命傷を受け、後に死亡した。

二人はそれからテーブルから立ち去って、図書館のカウンターに向った。ハリスは図書館の南西の端へ火炎瓶を投げたが炸裂しなかった。カウンターにまわる途中で二人は先の銃撃で負傷していたエヴァン・トッドを見つけた。二人はトッドに『お前はジョックか?』と聞いた。トッドは『いいや』と答えた(トッドはアメフト部員だったが咄嗟に嘘をついた)。そしてハリスがトッドに『死にたいか』と聞くとトッドは『君たちはこれまでトラブルを起こしたことはないだろ?』と云った。それを聞くと二人の少年は去って行った。クレボルドは職員休憩室の方へ発砲し、小型テレビを破壊した。ハリスは、椅子をカウンターのパソコンの上部の上にドンと置くと、11時42分頃に図書館から出て行き、殺戮を終えた。

ハリスとクレボルドが図書館を出た直後、無傷の34人と負傷した10人の学生は北入口から避難した。パトリック・アイルランド(負傷して意識がなかった)とリサ・クローツ(負傷して動けなかった)は図書館に残された。パッティ・ネルソンはクレボルドが銃撃した職員休憩室に走った。そこには負傷して逃げ込んでいたブライアン・アンダーソンと3人の図書館スタッフがおり、彼女もその中に加わった。彼女たち5人は事態が終わる午後3時30分頃までそこに隠れていた。

犯人たちの自殺

ハリスとクレボルドは図書館を出た後、科学室があるエリアに向かい、小さな焼夷弾を空の倉庫部屋に放り込み、炸裂させた。彼らが通り過ぎた後、隣接した部屋にいた教師が消火を行った。二人は南通路を進み、第8科学室(誰もいなかった)に向けて発砲した。

次に彼らは、カフェテリアに階段を下って入ってきた。ハリスはプロパン爆弾のうちの1つをカービン銃で撃ち、爆発させようとしたが果たせなかった。ハリスはテーブルに残されていた飲み物を一口飲むと火炎瓶を投げた。最初、火炎瓶は炸裂はしなかったが、二人が階段を上ってカフェテリアから去った後、火事を引き起こした。この火事は備え付けのスプリンクラーで消火された。カフェテリアでの一件は防犯カメラに映っており、二人の行動は映像記録となった。

彼らは11時50分過ぎにカフェテリアを去り、学校の主な南北通路の周りに向かい、あてもなく発砲した。彼らは、南通路を渡り、教室を通り過ぎ、中央事務所へ入った。その間、二人は教室のドアの小さな窓から中を見て、中の学生と目を合わせたが、中には入らなかった。二人は事務室を出た後にバスルーム入口に入り、「そこにいることはわかっている」、「俺たちは見つけた奴はすべて殺す」と言った。しかし、バスルームの中には入らなかった。11時55分に二人は再びカフェテリアに現れ、調理場へ行き、3分後に南廊下へ引き上げた。

午後0時2分、ハリスとクレボルドは再び図書館に入った(カフェテリアから図書館に来るまでに何をしていたかは不明)。図書館からは既に意識を失っていたパトリック・アイルランドと負傷して動けないリサ・クローツ(クローツは死んだふりをしていた)以外の生存者はすべて逃げ出していた。二人は窓越しに警官と撃ち合おうとしたが無駄に終わり、マシュー・ケッターとアイゼア・ショールズの遺体のそばに行き、自らの銃で自分を撃ち、自殺した。

午後2時38分に、パトリック・アイルランドは意識を回復し、窓の方へ這っていった。彼は外で待機していたSWAT隊員によって窓から救出された。職員休憩室に隠れていたリサ・クローツ、パッティ・ネルソン、ブライアン・アンダーソンと3人のスタッフも救出された。

午後4時に保安官は当初、学生や教師の死者は25人と発表した。午後4時30分に学校は安全であると宣言されたが、午後5時30分に別の爆薬が発見され、再び警察が向かった。午後6時15分までに駐車場の自動車にしかけられた爆弾が発見され、午後10時45分除去作業が行われたが起爆させてしまった。幸い、自動車が破壊されただけで負傷者はいなかった。

最終的に、12人の学生と1人の教師が殺害され、24人の学生が負傷。また、3名の学生が避難の際に負傷した。ハリスとクレボルドが自殺するまで、わずか約45分の出来事だった。

警察の過失と不当な対応

この事件に関しては、事件前、事件時、事件後と、以下のような警察の過失や不当な対応が問題となった。

  • (前述の通り)事件前に報告されていたハリスの殺人予告のウェブサイトを、警察はファイルせず、事件後もこの事を隠蔽した。
  • 警察はハリスとクレボルドが銃撃しているとき、現場の状況が十分に確認できていたにも拘らず、ストーン保安官の指揮官決定に従って応戦せずに傍観していた(負傷した教師のデイヴ・サンダースは、他の生徒らが懸命に助けようとしていたにも拘らず、警察の突入が無く、出血多量で数時間後に死亡してしまった)。
  • 警察は犠牲者の遺体を、翌日まで現場に放置した。この事に関して警察側は「犯人らが偽装爆弾を仕掛けた可能性があったため安易に中に入れなかった」と説明しているが、逃げ出した生徒達の証言により偽装爆弾などの可能性は無かった事が示唆されていたことが分かった。
  • 事件後の捜査で、捜査チームの一員であったストーン保安官は、犯人2人の友人であったブルックス・ブラウンを、「犯人らと長いつながりがあった」という理由だけで、長期にわたり捜査対象とし、マスコミにも「ブルックスも事件に関与している」と話していた。その事でブルックスは、事件後の町ではしばらくの間、ひどく容疑者扱いされた。
  • ストーン保安官は、犠牲者であるダニエル・ロアボーの衣服を、他の犠牲者の衣服を遺族に返していたにもかかわらず、「生物学的有害物質であるため」返却しなかった。そもそも警察には、捜査が終了していない段階で証拠品を返す義務は無かった。
  • 警察が公表した事件の報告書には、いくつもの間違った記述がされていた。そのひとつである、ブルックスが事件前後にいた位置については、ブルックスは「警察が、いかにも自分が怪しいと人々に思わせる為に、わざと位置を間違えて公表した」と、自著に書いている。
  • 警察は、犯人らが事件直前に撮影した、「犯行動機などを説明したビデオ」を長期にわたり公表せず、その事で多くの誤った憶測を広めた。
  • 警察らの調査に不満を感じた生存者や犠牲者の家族などが、事件後に第三者などによる再調査を求め、立法機関の委員会で決を採ったが、これは否決された。これには、事前に警察が委員に圧力をかけていたとの説もある。

犯行に使用された銃器

エリック・ハリスが使用した銃器
 
Hi-Point 995 カービン
  • Hi-Point 995 9mm カービン [5]
  • Savage-Springfield 67H ポンプアクション式ショットガン(ソードオフに改造)
ディラン・クレボルドが使用した銃器
 
TEC-DC9 ピストル

イントラテック TEC-DC9

禁止命令が出る前に製造され、DO76305という製造番号を打たれたこのテック9は、1997年にコロラド州デンヴァーに住むロイス・スペインという男が手に入れていた。彼は銃の販売許可証をもって銃砲店を経営していたが、商売が思わしくなく、店を畳んで許可証も返上し、在庫品は自分のコレクションにした。そして、年に十回開かれるガン・ショー[6]にそのコレクションを出品し、売りさばいた。

デンヴァーのガン・ショーでロイスのテック9を手に入れたのは、22歳のコンピューター技師、マーク・メインズであった。しかし、母親が銃砲規制に携わる仕事についていたため隠し持っているしかなく、逆に処分に困ってしまった。そんなとき、ピツァ・バーラーで働いていた友人のフィリップ・デュランからテック9を欲しがっている男たちがいるという耳寄りな話を聞いたのである。

そして、1999年1月23日、再び開かれたガン・ショーで、その男たち二人に会い、500ドルでその銃を自宅で売ることにした。自宅で売ることにしたのは、買い手のその男たちがまだ17歳だったからである。これを買ったのが、エリック・ハリスとディラン・クレボルドである。

むろん、未成年者に銃を売ることは違法である。そして、この大量殺人事件で逮捕、起訴されたのはマーク・メインズとフィリップ・デュランの二人だけである。

抗うつ薬の影響の疑い

ハリスの遺体を検死したところ、体内からフルボキサミンの成分が大量に検出された。このフルボキサミンをはじめとする抗うつ薬(SSRI)は、24 歳以下の若年者が服用した場合に攻撃性や衝動性を増長するという副作用が報告されていたため、事件との関連が疑われた。実際、精神的な不安定さを抱えていたハリスは、精神科医からフルボキサミン(製品名「ルボックス」)を処方されていた[7]

事件後、被害者遺族らがルボックスの販売会社(ソルベイ社)を告訴したものの、ルボックスの服用と事件との因果関係は証明されなかった。ただし、米国内では裁判を通じてルボックスに対する風当たりが強くなり売り上げも激減し、2002年より販売中止となったが、数年後販売が再開された。日本においても附属池田小事件の犯人がSSRIを服用していたことが報道されている[8]

社会への影響など

コロンバイン高校の近くにはロッキード・マーティン社のミサイル工場があり、同校の生徒の両親の多くもこのミサイル工場で働いている。事件当日は偶然、コソボ紛争にてアメリカ軍がコソボへ最大の爆撃を行った日でもあり、当時の大統領、ビル・クリントンは爆撃作戦の成功を伝える会見を開いたわずか1時間後に銃乱射事件について「痛ましい事件が起こった」と会見を開いた。

全米ライフル協会は、近くのコロラド州デンバーで、以前から予定していた銃所持の権利を主張する集会を中止せず開いた。事件から10日後のことだった。

2012年に発生したオーロラ銃乱射事件2013年に発生したアラパホー高校銃乱射事件の現場は、コロンバイン高校から20-30キロ圏内という位置関係である[9]

2015年のバージニア・テレビクルー射殺事件では、犯人が本事件の実行犯を賞賛する犯行声明文を出している。

 
事件の慰霊碑

事件を扱った作品

  • ボウリング・フォー・コロンバイン - 本事件を題材としたドキュメンタリー映画。
  • エレファント (映画) - 本事件を題材とした映画。
  • (ZERO DAY)(英語版) - 本事件をドキュメンタリー風に描いた映画。YouTubeにアップロードされた本事件の犯人の最後とされる映像はこの映画の一場面であり、俳優が演技をしている映像である。
  • (コロンバインの空に)(英語版) - 射殺されたローレン・タウンゼントの家族をモデルにしたテレビ映画。ただし、本事件は間接的に登場するだけで、ストーリーの中心になっているわけではない。
  • ダイアナの選択 - 本事件をほうふつとさせる乱射事件で生き残ったヒロインを描いている映画。
  • バスケットボール・ダイアリーズ - 麻薬依存の少年が更生するまでを描いた作品だが、ワンシーンで学校での銃乱射を模写していたために本事件に影響を与えたと非難された。
  • ポスタル (ゲーム) - 残酷ゲームに類するパソコンゲーム。本事件以降、アメリカではこのゲームの発売が禁止された。また、この事件とこのゲームとの類似性が疑われている。
  • スーパーコロンバイン大虐殺RPG! - 本事件を題材とし、犯人らの行動を追体験することを目的とした同人ゲーム
  • 「And Can It Be? 神が愛なら、どうしてこんな悲劇が起こるのか」 - 本事件を題材としたデイヴィッド・ギリングハム作曲の吹奏楽曲
  • トレンチコートマフィア - 日本のヒップホップユニットによる楽曲。歌詞で本事件との関連性を匂わせながらスクールカーストの下層に位置する者について歌っており、曲中に「コロンバイン」のフレーズも登場する。
  • 「ザ・キンスレイヤー」- ナイトウィッシュのアルバム『ウィッシュマスター』に収録された同曲は本事件をモチーフにして作られた。
  • SKYND Feat Bill $aber - 'Columbine'- 本事件を題材としたMV(その他の楽曲も実際に起きた事件に関連する人物から名付けられている)

参考文献

関連項目

事件
人物
  • マリリン・マンソン - 本事件の犯人が愛聴していたアーティストとされ、不条理なバッシングを受けた。

関連文献

  • Altheide, David L. (June 2009). "The Columbine Shootings and the Discourse of Fear". American Behavioral Scientist 52: 1354–70. doi:10.1177/0002764209332552.
  • Elliot Aronson (2001). Nobody Left to Hate. Teaching Compassion After Columbine. First Owl Books. (ISBN 978-0-8050-7099-6).
  • Kass, Jeff (2009). Columbine: A True Crime Story. Ghost Road Press. (ISBN 978-0-9816525-6-6).
  • Larkin, Ralph W. (May 2009). "The Columbine Legacy. Rampage Shootings as Political Acts" . American Behavioral Scientist 52: 1309–1326. doi:10.1177/0002764209332548.
  • Brooks Brown, Rob Merritt: No Easy Answers: The Truth Behind Death at Columbine. Lantern Books, New York 2002, (ISBN 1-59056-031-0). (Brooks Brown soll ein Freund der Attentäter gewesen sein. engl.)
  • Misty Bernall: She Said Yes. The unlikely martyrdom of Cassie Bernall. The Plough Publishing House, 1999, (ISBN 0-87486-987-0).deutsch von Christian Rendel: Cassie. Sie sagte Ja und musste uns viel zu früh verlassen. 17 Jahre mit meiner Tochter. Brunnen Verlag, Gießen 2000, (ISBN 3-7655-1645-7).
  • Joachim Gaertner: Ich bin voller Hass – und das liebe ich. Dokumentarischer Roman. Eichborn, Berlin 2009, (ISBN 978-3-8218-5848-7).
  • Dave Cullen: Columbine Hachette Book Group, 2009, (ISBN 978-1-906964-14-6).
  • Marjorie Lindholm: A Columbine Survivor’s Story. (ISBN 0-9773085-0-2) (eine Überlebende des Schulmassakers, engl.)
  • Elsa Pollmann: Tatort Schule. Wenn Jugendliche Amok laufen. Tectum, Marburg 2008, (ISBN 978-3-8288-9801-1).
  • Frank Robertz, Ruben Wickenhäuser: Der Riss in der Tafel. Amoklauf und schwere Gewalt in der Schule Springer, Heidelberg 2007, (ISBN 978-3-540-71630-3).
  • Morton Rhue: Ich knall euch ab! Roman. Ravensburger, Ravensburg 2002, (ISBN 3-473-58172-0).
  • Crystal Woodman Miller: Ich dachte mein Leben ist vorbei. Wie der Amoklauf von Littleton eine junge Frau veränderte. Gerth Medien, Asslar 2008, (ISBN 978-3-86591-297-8).
  • Mark Ames: Going Postal. Soft Skull Press 2005, (ISBN 1-932360-82-4). Snowbooks 2007, (ISBN 978-1-905005-34-5). (Versuch der Erklärung des Phänomens des Amoklaufes als Problem einer sich desozialisierenden Gesellschaft, Darstellung der Schikanen im Schulalltag an der Columbine High School anhand ausgewählter Quellen)
  • Jasmin Seiwert: Die Bühne der Amokläufer. Mediale Selbstdarstellung der Täter in Internet und TV. Tectum-Verlag, Marburg 2010, (ISBN 978-3-8288-2329-7).
  • Beth Nimmo, Darrell Scott, Steve Rabey: Rachel’s Tears: The Spiritual Journey of Columbine Martyr Rachel Scott. Nelson, Nashville 2000, (ISBN 0-7852-6848-0).
  • 『息子が殺人犯になった――コロンバイン高校銃乱射事件・加害生徒の母の告白』スー・クレボルド、亜紀書房 (2017/6/24)

脚注

注釈

  1. ^ 事件から生還したユーバンクスはその後、オピオイド依存など依存症に苦しめられながらも長期的な回復を実現していたが、37歳だった2019年5月18日に自宅で死亡しているのが発見された[4]

出典

[脚注の使い方]
  1. ^ “Columbine High School massacre”. www.bbc.com. BBC. 2020年10月9日閲覧。
  2. ^ “Columbine High School massacre”. www.history.com. ヒストリー =. 2020年10月9日閲覧。
  3. ^ “Columbine High School Shootings Fast Facts”. edition.cnn.com. CNN. 2020年10月9日閲覧。
  4. ^ “米コロンバイン高銃乱射事件の生存者、自宅で死亡 37歳”. CNN.co.jp. CNN. (2019年5月20日). https://www.cnn.co.jp/usa/35137185.html 2019年5月21日閲覧。 
  5. ^ “Where did they get the guns?”. www.indexjournal.com. www.indexjournal.com. 2020年10月9日閲覧。
  6. ^ 地方で開かれるガン・ショーとは、銃のガレージ・セールのようなもので、そこで銃を売るのに販売許可証は必要としない。
  7. ^ カニングハム久子「対応に苦悩するアメリカの教育現場」『教育ジャーナル2007年8月号』61頁。
  8. ^ 週刊新潮 2009年5月28日号
  9. ^ “米コロラドの高校で乱射事件 容疑者は自殺”. CNN (CNN). (2013年12月14日). https://www.cnn.co.jp/usa/35041410.html 2013年12月15日閲覧。 

外部リンク

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