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クイズDEデート

クイズDEデート』(クイズでデート)は、フジテレビ系列(一部を除く)で放送されていた関西テレビ製作のクイズ番組である。製作局の関西テレビでは1977年4月2日から1985年6月30日まで放送。

クイズDEデート
ジャンル クイズ番組
出演者 #出演者を参照
オープニングSHOW DANCE
製作
制作 関西テレビ
放送
放送国・地域 日本
土曜深夜時代
放送期間1977年4月2日 - 1984年3月24日
放送時間土曜 23:00 - 23:30
放送分30分
日曜時代
放送期間1984年4月1日 - 1985年6月30日
放送時間日曜 11:25 - 11:55
放送分30分
(テンプレートを表示)

概要

視聴者参加型のクイズ番組。

当初は毎週土曜 23:00 - 23:30 (日本標準時、以下同)にMIZUNO(美津濃スポーツ)の一社提供で放送されていた。土曜深夜時代にはいくつかのネット局を擁していたが、放送枠の関係で遅れネットで対応していた局(例として石川テレビは日曜 15:00 - 15:30にて放送[1])も存在していた。

後に同じく関西テレビ製作の『パンチDEデート』が同時間帯へ移動したことから、1984年4月以降は毎週日曜 11:25 - 11:55 に放送されていた。これにより、関西テレビは『笑っていいとも!増刊号』の途中飛び降りを行うようになった。この時期は土曜深夜時代よりもネット局が減少し、関西テレビ・フジテレビ東海テレビテレビ新広島で放送されていた(フジテレビ・東海テレビ〈土曜18:00 - 18:30〉・テレビ新広島〈木曜19:00 - 19:30〉では遅れネット)。

歴代司会者

進行方式

毎回男女カップル4組が出場し、トーナメント方式で競いあっていた。土曜深夜時代には原則として恋人同士での参加、または未婚の友人カップルのみでの参加を条件としていた。優勝したペアにはスポンサーの美津濃スポーツが提供するスポーツ用品などが贈呈され、さらに海外旅行を賭けたクイズ「チャンスチャンス」に挑戦できた。

土曜深夜時代

トーナメント方式で、まず1回戦はペアのどちらかがヒントを出し、もう一人がそれから連想するクイズに応える。正解するごとに1点獲得。お手つきや答えが難しいと思った場合のパスは5問まではポイントに影響しないが、6問目以降は1点のマイナスとなる。これを1分間2セット行い(2セット目では出題側と解答側が入れ替わる)、その合計ポイントで勝者を決めていた。

決勝戦は1回戦を勝ち抜いたチーム同士が、毎回登場するゲスト歌手がヒントを出題し、セットにある「ク」「イ」「ズ」「DE」「デ」「ー」「ト」の7枚のパネルの中から両チーム1枚ずつ選んで、そこにあるテーマに沿ったクイズを出題し、出場ペアが解答していた(決勝は1セット。その他のルールは1回戦にほぼ同じだが、得点・パス・誤答などは1回戦のものを加算しない)。

最終的にポイントを多く取ったチームの勝ち。同点になった場合には、パス・誤答の少ないチーム→1回戦のスコアの多いチームの順で優勝を決めていた。

優勝ペアには、スポンサーの美津濃スポーツが提供するスポーツ用品その他が贈呈された。当初はチャンスチャンスが無く、代わりに数か月に一度開かれる優勝者大会への出場権を獲得。優勝者大会で優勝したペアには割れたくす玉から紙吹雪が降り(後に電飾ボードの上部にある通風口から紙吹雪を吹き付ける演出に変更)、ヨーロッパ旅行がプレゼントされた。後に、毎週優勝チームがアメリカ西海岸旅行を目指すチャンスチャンスが導入された。

チャンスチャンスは、最初は1回戦の方式と同じようにペアが出題側と解答側に分かれて行っていた。30秒間で7問正解するとアメリカ西海岸旅行を獲得できた(この時の紙吹雪が、天井から降らせるものに変わった)。なお、パス・誤答の減点は無かった。言い直しや答えに近い解答も司会者の裁量で認めることも何度かあり、特に三枝時代にはそうすることが多かった。

三枝・なお美ペアになった頃からセットがリニューアルした末期ではVTRの3ヒントクイズになり、最初のヒントで当てるとパネルを3枚、2回目は2枚、3回目は1枚のパネルを開けることができた[要説明]。その7枚のパネルの中に2枚だけある天使のイラストを引き当てるとハワイ旅行獲得である。ヒントが易しかったためか、ハワイ獲得できた回数が多かった。

日曜時代

1回戦の1セット目は従来と同じく出場ペアが出題側と解答側とに分かれて正解数を競うものだったが、2セット目はヒントマン(タレント5人)から1人を選んで、ヒントマンから出される問題をペアで答えていた。

決勝戦(1セット勝負)もヒントマンを両チーム1人ずつ選び、さらに7枚のパネルから1つずつ選んでそのテーマに沿ったクイズを出題し、ペアが解答するシステムだった。

優勝チームにはチャンスチャンスへの挑戦権が与えられたが、この時から旅行の行き先がハワイに変更された。初期には土曜深夜時代末期と同様に、VTRの3ヒントクイズで、最初のヒントで当てるとパネルを3枚、2回目は2枚、3回目は1枚のパネルを開けることが出来る。その7枚のパネルの中に2枚だけある天使のイラストを引き当てるとハワイ旅行獲得である。やはり優しいヒントのせいでハワイ旅行が続出。これにより、チャンスチャンスが後述の厳しい形式へ変わることになった。中期からはルールが厳しくなり、ヒントマンの5人がリレー方式で1分間のクイズを出題し、13問正解でハワイ旅行獲得。パス・誤答の減点は無いが、言い直しや正解に近くても司会者の裁量でおまけ正解にしてくれることはなく、一言一句合っていないと正解として認められなかった。

指名されたペアが勝った場合にはヒントマンに1ポイントが与えられ、8ポイントを貯めれば出場ペアと同様にハワイ旅行獲得となったが、負けた場合にはポイント0に戻された。

オープニングテーマ

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  • ミズノ(土曜深夜時代) - 初期の番組セットにはMIZUNOのロゴが入っていた。また、ネット局の東海テレビはCM時間中30秒分を、同社製品の販売店を3つ紹介するローカルCM1本(最後にMIZUNOのロゴが出る)に差し替えていた。
    • 日曜時代は複数社提供に移行し、ローカルセールス枠のため遅れネットしていたフジテレビ・東海テレビ・テレビ新広島ではスポンサーが異なっていた。

正月スペシャル

三枝時代の1979年から1982年まで、芸能人が参加する正月スペシャルが放送されていた。

タイトル 放送日 関東地区の放送時間(JST 主な出演者
お正月だよ!クイズDEデート 1979年1月2日 火曜17:00 - 18:00 千昌夫岡崎友紀
1980年1月3日 木曜16:00 - 16:35 片平なぎさ
1981年1月3日 土曜12:00 - 13:00 研ナオコ森昌子桜田淳子河合奈保子
初笑いだよ!クイズDEデート 1982年1月2日 土曜14:00 - 15:00 岩崎宏美ツービート

(参考:朝日新聞 縮刷版』朝日新聞社、1979年1月1日 - 1982年1月1日のテレビ欄。 

脚注

  1. ^ 北國新聞』1979年7月22日付朝刊、テレビ欄。
フジテレビ系列 土曜23:00枠
MIZUNO一社提供枠】
前番組 番組名 次番組
MIZUNOキングズゴルフ
0(1976年4月3日 - 1977年3月26日)0
クイズDEデート
(1977年4月2日 - 1984年3月24日)
新・パンチDEデート
(1984年4月7日 - 1985年3月30日)
関西テレビ 日曜11:25 - 11:55枠
不明
クイズDEデート
(1984年4月1日 - 1985年6月30日)
どっきりQ
(1985年7月7日 - 1989年6月25日)
フジテレビ 日曜11:25 - 11:55枠
前番組 番組名 次番組
笑っていいとも!増刊号
(1982年10月24日 - 1984年3月25日)
※10:00 - 11:50
【日曜9:30枠へ移動】
(サウンドスポーツ)
(1982年10月 - 1984年3月)
※11:50 - 11:55
【日曜11:20枠へ移動】
クイズDEデート
(1984年4月1日 - 1984年9月30日)
笑っていいとも!増刊号
(1984年10月7日 - 1992年3月29日)
※10:00 - 11:50
【日曜9:30枠から移動】
サウンドスポーツ
(1984年10月 - 1989年9月)
※11:50 - 11:55
【日曜11:20枠から移動】
フジテレビ 日曜9:30 - 10:00枠
笑っていいとも!増刊号
(1984年4月1日 - 1984年9月30日)
※9:30 - 11:20
【日曜10:00枠へ移動】
クイズDEデート
(1984年10月7日 - 1985年6月30日)
どっきりQ
(1985年7月7日 - 1985年9月)
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