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音威子府駅

音威子府駅(おといねっぷえき)は、北海道中川郡音威子府村字音威子府にある、北海道旅客鉄道(JR北海道)宗谷本線である。電報略号オト事務管理コードは▲121830[1][2]駅番号W61

音威子府駅
駅舎(2020年8月)
おといねっぷ
Otoineppu
W60 咲来 (4.6 km)
(6.3 km) 筬島 W62
所在地 北海道中川郡音威子府村字音威子府509番地
北緯44度43分45秒 東経142度15分36秒 / 北緯44.72917度 東経142.26000度 / 44.72917; 142.26000 (音威子府駅)座標: 北緯44度43分45秒 東経142度15分36秒 / 北緯44.72917度 東経142.26000度 / 44.72917; 142.26000 (音威子府駅)
駅番号 W61
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 宗谷本線
キロ程 129.3 km(旭川起点)
電報略号 オト
駅構造 地上駅
(ホーム) 2面3線
乗降人員
-統計年度-
54人/日
-2018年-
開業年月日 1912年大正元年)11月5日
備考 (直営駅)((管理駅))
みどりの窓口
(テンプレートを表示)
音威子府駅
おといねっぷ
Otoineppu
(5.4 km) 上音威子府
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 天北線
キロ程 0.0 km(音威子府起点)
駅構造 地上駅
開業年月日 1914年(大正3年)11月7日
廃止年月日 1989年平成元年)5月1日
(テンプレートを表示)

概要

音威子府村の代表駅。かつては天北線が分岐する交通の要衝であり、現在も特急宗谷」「サロベツ」を含めた全定期列車が停車し、中頓別浜頓別猿払枝幸などの周辺市町村とを結ぶ路線バス都市間バスとの乗換駅ともなっている。

JRの特急列車の停車駅の中では、最も人口の少ない自治体に位置する。

歴史

 
1977年の音威子府駅と周囲約1 km範囲の状況。左上の左方向が本線稚内方面、上方に向かうのが天北線中頓別方面。天北線はまだ現役である。機関車庫と転車台は既に取り払われ、2箇所に新たな車両整備用の車庫がある。駅舎横の稚内側にストックヤードと引込み線。駅裏の名寄側に石油タンクと引込み線が見える。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成

駅名の由来

所在地区名より。なお、開通当時「音威子府」は一市街の名称であり、現在の音威子府村が成立した際の村名は常盤村であったが、1963年(昭和38年)に音威子府村に改称している。

駅構造

単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、あわせて2面3線を持つ地上駅である。1番線は有効長が短く、普通列車のみ使用する。ホーム間の移動は跨線橋を使う。

社員(駅員)配置駅、みどりの窓口設置(営業:08:15 - 16:10 日・祝日休業[12])。自動券売機はなく、近距離切符入場券もみどりの窓口での購入となる。

駅舎は、天北線廃止後、音威子府村の予算によって木造駅舎から現在の交通ターミナル駅舎に改築された。駅本屋の隣には名寄保線所音威子府保線管理室(旧・音威子府駅工務)の事務所もある。

かつては夜間滞泊が設定されていたが、現在は名寄駅に留置されている。

駅舎はバス待合所を兼ねており、「交通ターミナル」と称している[13]。旧天北線代替バスを運行する宗谷バス出札所がある[13]ほか、音威子府村地域バス(咲来天塩川温泉方面)が発着している。また、天北線関連資料が展示されている「天北線資料室」が併設されている[13]

のりば

番線 路線 方向 行先 備考
1 宗谷本線 下り 稚内方面 普通列車
上り 名寄旭川方面
2 下り 稚内方面 特急列車・普通列車
3 上り 名寄・旭川方面

利用状況

昭和40年代後半ごろは1日あたり300人前後の乗車人員があったが[14]、天北線廃止等の影響で長らく減少傾向にある。

乗車人員の推移は以下の通り。出典元が「乗降人員」となっているものについては1/2とした値を括弧書きで1日平均乗車人員の欄に示し、備考欄で元の値を示す。

また、「JR調査」については、当該の年度を最終年とする過去5年間の各調査日における平均である。

乗車人員推移
年度 乗車人員(人) 出典 備考
年間 1日平均 JR調査
1954年(昭和29年) 94,041 258 [15]
1958年(昭和33年) 114,928 315
1963年(昭和38年) 126,508 347
1964年(昭和39年) 136,937 375
1971年(昭和46年) 59,696 163
1973年(昭和48年) (149) 1日乗降客数298人
1997年(平成09年) 160 [14]
2000年(平成12年) 140
2003年(平成15年) 100
2006年(平成18年) 70
2009年(平成21年) 60
2012年(平成24年) 52
2013年(平成25年) 53
2014年(平成26年) 45
2015年(平成27年) 40 「10名以上」 [14][JR北 1]
2016年(平成28年) 34 42.2 [14][JR北 2]
2017年(平成29年) 37.4 [JR北 3]
2018年(平成30年) 33.4 [JR北 4]
2019年(令和元年) 26.2 [JR北 5]
2020年(令和02年) 22.4 [JR北 6]
2021年(令和03年) 19.8 [JR北 7]

駅周辺

 
駅前
 
道の駅おといねっぷ

音威子府村市街地。商店街・住宅地がある。

常盤軒そば店

   
音威子府そばと店舗。
音威子府駅駅そば

当駅の(駅そば)「常盤軒」は蒸気機関車が宗谷本線を走行していた古くから旅行者の間で知られていたもので、「音威子府そば」として村の名産品となっていた。ここでは土産用そば(生、乾麺)、そばつゆも販売していた。

1990年の駅舎改築前はホーム上にあった[4]が、駅舎改築に合わせて駅舎内に移転した。立ち食い店ではあるがすぐ隣にベンチがあるので、どんぶりを持ったままにはなるが座って食べることも可能だった。かつては駅弁や名物「バター饅頭」なども販売していた[16]。 2004年(平成16年)に放送された列島縦断 鉄道12000キロの旅 〜最長片道切符でゆく42日〜でも紹介された。

2018年平成30年)8月17日より、店主夫婦の高齢などを理由に休業していたが、2019年平成31年)4月25日より営業を再開した。

2019年(平成31年)4月時点での営業時間は10:30 - 14:00(ただし、売り切れの際は閉店)、定休日は水曜日だった。

新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) による影響を受け、2020年2月から長期休業していた[新聞 1]が、2021年2月7日に闘病中だった店主が亡くなったため、翌2月8日をもって正式に閉店した[新聞 1][新聞 2]

常盤軒のそばは村内に営業所・工場を有する畠山製麺(1926年開業)が製造していた[新聞 1][17]ソバの実を甘皮ごと引いて製麺した真っ黒で風味の強い独特のそばであり[新聞 1]、そばつゆも昆布と煮干しを使ったそばの強い風味に負けない濃い味のものとなっていた[新聞 1][4][18]

常盤軒は2021年2月に閉店したが[17]、その後も村内には「音威子府そば」を販売する店が2021年2月時点で3店舗あった[新聞 1]

しかし、常盤軒にそばを卸していた畠山製麺では社長が1人で製造にあたっていたが高齢となったため、2022年8月末で「音威子府そば」の製造を終了し廃業することになった[17]。なお、音威子府そばについては、畠山製麺廃業後の2023年1月に千葉県茂原市の「音威子府食堂」と東京都新宿区の「音威子府TOKYO」が新たに音威子府産の原料を使った独特の黒色のそばを新たに開発した[19]

バス路線

隣の駅

北海道旅客鉄道(JR北海道)
宗谷本線
普通
咲来駅 (W60) - 音威子府駅 (W61) - 筬島駅 (W62)

かつて存在した路線

北海道旅客鉄道(JR北海道)
天北線
音威子府駅 - 上音威子府駅

脚注

[脚注の使い方]

出典

  1. ^ 日本国有鉄道営業局総務課 編『停車場一覧 昭和41年3月現在』日本国有鉄道、1966年、239頁。doi:10.11501/1873236https://doi.org/10.11501/18732362023年1月15日閲覧 
  2. ^ 日本国有鉄道旅客局(1984)『鉄道・航路旅客運賃・料金算出表 昭和59年4月20日現行』。
  3. ^ “鉄道院告示 第36号”. 官報 (大蔵省印刷局) (75). (1912-10-30). (NDLJP):2952172. https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2952172/2. 
  4. ^ a b c d e f 曽根悟(監修) 著、朝日新聞出版分冊百科編集部 編『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 20号・宗谷本線/留萌本線、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2009年11月2日、9,14-17頁。 
  5. ^ a b c 音威子府村史 昭和51年12月発行。
  6. ^ 『官報』 1922年11月03日 鉄道省告示第154号(国立国会図書館デジタルコレクション)
  7. ^ 『新名寄市史』(2) (2000), p. 432.
  8. ^ “”. 北海道ニュースUHB (2021年3月2日). 2021年3月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年3月11日閲覧。
  9. ^ 『新名寄市史』(2) (2000), p. 441.
  10. ^ “”. 猿払村. 2022年5月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年5月8日閲覧。
  11. ^ 『新名寄市史』(2) (2000), p. 447.
  12. ^ a b “”. www.vill.otoineppu.hokkaido.jp. 音威子府村. 2022年7月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月10日閲覧。
  13. ^ a b c 『鉄道ジャーナル』通巻654号 p.30
  14. ^ a b c d 「」(PDF)『広報おといねっぷ』第514巻、音威子府村役場、2017年7月、1 - 6頁、 オリジナルの2021年3月11日時点におけるアーカイブ。 
  15. ^ 音威子府村史 昭和51年12月発行 P498
  16. ^ “”. 乗りものニュース (2021年3月11日). 2021年3月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年3月11日閲覧。
  17. ^ a b c “音威子府の黒そば、8月に製造終了 地元の畠山製麺、社長高齢で廃業”. 北海道新聞. 2022年4月18日閲覧。
  18. ^ “”. Webマガジン コロカル. マガジンハウス. 2021年3月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年3月11日閲覧。
  19. ^ 昨夏製造終了した村名物「音威子府そば」、関東で復活 色とコシ、風味も再現 北海道新聞(2023年5月19日)

JR北海道

  1. ^ “極端にご利用の少ない駅(3月26日現在)” (PDF). 平成28年度事業運営の最重点事項. 北海道旅客鉄道. p. 6 (2016年3月28日). 2017年9月25日閲覧。
  2. ^ “” (PDF). 北海道旅客鉄道 (2017年12月8日). 2017年12月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年12月30日閲覧。
  3. ^ “” (PDF). 北海道旅客鉄道 (2017年7月2日). 2017年12月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年7月13日閲覧。
  4. ^ “” (PDF). 線区データ(当社単独では維持することが困難な線区)(地域交通を持続的に維持するために). 北海道旅客鉄道. p. 3 (2019年10月18日). 2019年10月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年10月18日閲覧。
  5. ^ “” (PDF). 地域交通を持続的に維持するために > 輸送密度200人以上2,000人未満の線区(「黄色」8線区). 北海道旅客鉄道. p. 3・4 (2020年10月30日). 2020年11月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年11月3日閲覧。
  6. ^ “”. 北海道旅客鉄道. 2022年8月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月14日閲覧。
  7. ^ “”. 北海道旅客鉄道. 2022年9月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月3日閲覧。

新聞記事

  1. ^ a b c d e f . 朝日新聞. (2021年2月9日). オリジナルの2021年2月9日時点におけるアーカイブ。. 2021年2月9日閲覧。 
  2. ^ “音威子府「駅そば」閉店 店主・西野さん亡くなる”. 北海道新聞. (2021年2月9日). オリジナルの2021年2月9日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/qVb4F 2021年2月9日閲覧。 

参考文献

  • 名寄市史編さん委員会 編『新名寄市史』 2巻、名寄市、2000‐11。 
  • 武田元秀、山井美希(写真)「最北端最後の砦 孤高の一本道」『鉄道ジャーナル』第55巻第4号(通巻654号)、成美堂出版、2020年4月1日、24-33頁、ISSN 0288-2337。 

関連項目

外部リンク

  • 音威子府|駅の情報検索(時刻表・バリアフリー)|駅・鉄道・観光|JR北海道- Hokkaido Railway Company
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