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無着成恭

無着 成恭(むちゃく せいきょう、本名同じ[1]1927年3月31日 - )は、禅宗僧侶日本教育者。(生活綴方)の代表的な文集『山びこ学校』と、『全国こども電話相談室』の回答者などを務めた。

1953年

略歴

逸話

  • 三里塚芝山連合空港反対同盟が少年行動隊を組織して反対運動を展開したことに対して、「判断力のない子どもをおとなの利益のために使うことは、どういう事情があれ、教育的でない。……会津白虎隊のように、子どもが出てくると日本では美しいというが、それは間違いだ」と苦言を呈した[6]
  • 全国こども電話相談室に回答者として出演していた際、「宇宙人は何を食べてるの?」という質問に対し「宇宙人はねぇ、宇宙食を食べてるのよねぇ」という趣旨の答えを返し、他の回答者を笑わせてしまい、回答にならなかった。また、同番組のレギュラー回答者を1992年9月30日に降板した。理由は、2007年8月26日放送分で久しぶりに出演して語ったところによると「当初は教師だったため、月曜から金曜の帯番組出演との両立が可能だったが、1987年から僧侶となり、それ以降両立が困難になったことからやむなく降板した」とのこと。ちなみに最後の相談の内容と放送された月日も記憶していて、1992年9月24日放送分の「神様と仏様はどう違うのですか?」というものだったと明かしている。
  • 上記のレギュラーとして人気を博していた頃、当時TBSのアナウンサー大沢悠里が平日の帯ワイド番組の企画お色気大賞で質問に答える際の口上「あのねぇ? お答えしますとねぇ?」を物真似したり、「あのね、こそこそしないで堂々とやりましょう」を締めのオチャラカシの音源で使用した。しかし、時間が直前だったためか「昼間からエロ話をするとは何事か!」「無着先生をお笑いネタにするのもいい加減にしろ!」と抗議の電話が殺到。一旦打ち切りに至ってしまった。
  • 永六輔と親しく、2007年5月5日に長野県松本市神宮寺で執り行われた辛淑玉の生前葬で読経をあげた。また、上記番組に久しぶりに出演した際、大分放送スタジオとTBSラジオとを結んでの二元中継で共演していたほどである。
  • 上記番組に出演していた際「私がいない間死んでいたと言う声がありましたが…」と死亡説があったとも明かしている。
  • テレビ嫌いとして知られている。これは1965年に(日本科学技術振興財団・東京12チャンネル)で放送され、無着が司会進行を務めていた「戦争と平和について考えるティーチ・イン」が放送途中で中止になったことが関係している。放送中止の理由は「無着の司会進行が政府の気に障ったため」とされ、無着は政・官・財に対して強い態度を取れないテレビに幻滅し、以降出演しなくなった。ただし、1974年日本テレビ教育番組カリキュラマシーン』の教育プログラム構成など、テレビに関係する仕事についていた時期もあった。

受賞歴

著作

  • 『教育ノート』(凡書房、1959年)
  • 『ぼくの青年時代』(国土社、1960年)
  • 『第2教育ノート』(凡書房新社、1963年)
  • 『子どもの本220選』(福音館書店、1964年)
  • 『教育をさがせ:民間教育運動を市民の手に』(文化出版局(レモン新書) 、1971年)
  • 『教育の恐ろしさとたいせつさ:子どもたちにまちがったことを教えるな』(文化出版局 (レモン新書) 、1974年)
  • 『無着成恭の理科工作あそび:手先を器用にし科学に強くなる』(徳間書店、1975年)
  • 『無着成恭の遊びなんでも相談室:行動する元気な子に育てよう』(徳間書店、1975年)
  • 『禅にまなぶ:仏と菩薩』(曹洞宗宗務庁(緑蔭新書)、1976年)
  • 『おっぱい教育論』(曹洞宗宗務庁、1981年)どう出版 2016
  • 『無着成恭の詩の授業』(太郎次郎社、1982年)
  • 『ヘソの詩』(毎日新聞社、1983年)
  • 『人それぞれに花あり:無着成恭の対談集』(太郎次郎社、1984年)
  • 『時代の流れ、子どもの眼』(全国青少年教化協議会(まりか新書)、1985年)
  • 『倶会一処:無着成恭の掌話集』(太郎次郎社、1987年)
  • 『宗教って何ですか:21世紀に向けて仏教は何ができるか(曹洞宗宗務庁、1987年)
  • 『無着成恭の昭和教育論』(太郎次郎社、1989年)
  • 『無着成恭:ぼくの青春時代』(日本図書センター、2000年)
  • 『忸怩戒』(水書坊、2004年)

共著編

  • 山びこ学校:山形縣山元村中学校生徒の生活記録』(編、青銅社、1951年/百合出版、1966年9月/角川文庫、1969年/岩波文庫、1995年、(ISBN 4003319915))
  • 『ふぶきの中に』(編、新潮社、1952年)
  • 『われらにとって教育とはなにか:対話』(阿部進共著、潮文社、1968年)
  • 『続 山びこ学校』(編、むぎ書房、1970年)
  • 『親と子のなぜなぜ学校 動物編』(編、(日本経済通信社) (NKTブックス)、1976年)
  • 『親と子のなぜなぜ学校 生活編』(編、日本経済通信社 (NKTブックス)、1976年)
  • 『子どもの疑問に答えるものしり事典』(山内昭道共著、チャイルド本社、1983年)
  • 『仏教ものしり事典:子どもの疑問に答える』(上村映雄共編著、チャイルド本社、1986年)
  • 『「狂い」の説法:わたしたちの常識』(ひろさちや共著、ぶんか社、2007年、(ISBN 9784821109340))

演じた人物

  • 木村功 - 『山びこ学校』(1952年(昭和27年)5月1日公開、八木保太郎プロダクション・日本教職員組合製作、北星映画配給。今井正 監督)

脚注

  1. ^ kojiblog ~大分”発”キャリアカウンセラーの徒然日記~:無着成恭(むちゃくせいきょう)さんの講演を聴いてきました2020年11月6日閲覧
  2. ^ 『ずぶんのあだまで考えろ:私が「山びこ学校」で学んだこと』p.203 - 206
  3. ^ 文集「山びこ学校」の中学、62年の歴史に幕 山形2009年3月2日閲覧
  4. ^ “無着成恭氏 「子どもの質問がつまらなくなった」理由語る”. NEWSポストセブン (2016年2月12日). 2016年5月15日閲覧。
  5. ^ “子供の「なぜ」と格闘 無着成恭さんに聞く 質問しない国は滅びる 考えること教えねば”. 日本経済新聞 (2016年10月22日). 2017年8月16日閲覧。
  6. ^ 朝日新聞社朝日ジャーナル編集部『三里塚―反権力の最後の砦』三一新書(1970年)、34頁。
  7. ^ “齋藤茂吉文化賞受賞者一覧”. 山形県企画振興部県民文化課. 2016年4月29日閲覧。

参考文献

  • 佐野眞一 『遠い「山びこ」 - 無着成恭と教え子たちの四十年 -』(文藝春秋1992年新潮文庫2005年。(ISBN 4101316376))
  • 佐藤藤三郎 『山びこ学校ものがたり - あの頃、こんな教育があった -』(清流出版2004年。(ISBN 4860290682))
  • 佐藤藤三郎 『ずぶんのあだまで考えろ:私が「山びこ学校」で学んだこと』(本の泉社、2012年、(ISBN 4780706734))
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