池野 成一郎(いけの せいいちろう、1866年6月25日(慶応2年5月13日) - 1943年(昭和18年)10月4日)は日本の植物学者。日本の植物形態学の先駆者で平瀬作五郎のイチョウの精子の発見に続いてソテツの精子を発見した。
経歴
最後の堺奉行を務めた旗本(池野好謙)(山城守)の子として、江戸駿河台の屋敷で生まれた。開成学校、大学予備門から帝国大学理科大学植物学科に入学し、明治23年(1890年)に同校を卒業。翌年に帝国大学農科大学助教授に就任、留学先のドイツなどの大学の教授にも就任[1]。
平瀬作五郎のイチョウの研究を手助けし、明治29年(1896年)に平瀬はイチョウの精子を発見した。池野はその傍らソテツの研究でソテツの精子を発見し明治45年(1912年)に帝国学士院恩賜賞を受賞した。
栄典
- 位階
- 勲章
著書
家族・親族
- 孫に作曲家の池野成がいる。
参考文献
- 「ソテツの精子の発見者、池野成一郎」 上山明博(『飛翔』富士通,2000年2月20日)
- 植物学雑誌1896年11月20日 10巻117号
脚注
- ^ 上田正昭、津田秀夫、永原慶二、藤井松一、藤原彰、『コンサイス日本人名辞典 第5版』、株式会社三省堂、2009年 88頁。
- ^ 『官報』第2545号「叙任及辞令」1891年12月22日。
- ^ 『官報』第106号「叙任及辞令」1927年5月10日。
- ^ 『官報』第1773号「叙任及辞令」1918年7月1日。