民族的同一性あるいはエスニック・アイデンティティー（英語: Ethnic identity）とは、人類学的な民族の成員としての自己認識のことを指す。ここで言う民族とは、言語や習慣という文化で区分される集団を指しているとともに、同じ出自を持つ広いグループと自己定義する集団でもある。共通祖先の存在を前提としない概念である文化的同一性と民族的同一性は微妙に異なる意味をもつ概念である。
概要
民族的同一性は、「自分はどの民族に属するか」という問いかけに対する認識であり、つまり民族面のアイデンティティー（自己同一性）である。民族的同一性は自己認識であるため、自己の主観に基づいている。ただし、集団内の相互認知なくしては成立しない。
民族的同一性は、主に親子の関係によって受け継がれ、幼少期を経て発達していく。
このアイデンティティーを考察する場合、歴史的背景や地域性、政治的状況を考慮する必要がある。例えば、「日本人」という民族的同一性の境界は、視点によって異なることがある。アメリカでは、民族的同一性はルーツまたはルーツの一部の意味合いを持つことが多く、日本語の話せない日系米国人が自らのエスニック・アイデンティティーを日本人（日本民族）と認識することがある。一方、日本国内の視点からすると、日本語と日本の文化を現に担うのが日本民族（大和民族）であるという認識が一般的なため、日本語が話せない人を日本民族の成員とみなすことは基本的にない。
民族的同一性と混血
似た概念に「人種的同一性」（レイシャル・アイデンティティー）があるが、人種は、遺伝情報に基づいたヒトの分類の科学的な試み、あるいは人間を身体的特徴によって類別するための社会的観念であり、文化と血統に基づいている民族の概念とは異なる。例えば、ポーランド人と一般の日本人との間で生まれた人（混血、混血者[注 1]）は、人種的には単に日本人とは言いがたいが、環境によっては、日本人（またはポーランド人）としての民族的同一性を形成しうる。ただし、両文化を十分知る場合などでは、様々な民族的同一性のかたちがある。
民族の動態
各民族の特徴を表している文化が少しずつ漸次変化する場合は、その民族は連綿として存在し続ける。一方で、民族の分裂や他集団との融合、または外部からの文化的影響があると、新しい民族が生まれうる。つまり、歴史的には民族は固定的でない。
例えば、古代のガリア地方（おおむね現代のフランスやベルギーの領土に当たる）に住む民族はケルト系の民族であったが、ローマ帝国に組み込まれた影響で、ロマンス系の民族に変わった。この場合はイタリア半島から大規模な民族移動があったというわけではなく、ガリア人の民族的同一性が次第に変化したとされている。
一方で、個人の民族的同一性は通常幼少期で固定される。
民族的同一性と移民
日本のように、国民国家の形成の過程においておおむね単一民族的である国の場合は、民族的同一性と国民的同一性（ナショナル・アイデンティティー）との区別は一般に意識されていない。ただし、正確に言えば、個人の国民的同一性は、帰化や同化の意志、国境再編などの影響で変わりうるアイデンティティーであり、民族的同一性と違うものである。また、明らかに多民族的な国家のときなど、国民としてのアイデンティティーと民族の成員としてのアイデンティティーがはじめからはっきりと区別されている場合もある。
文化的同化に伴い、言語や習慣、宗教などといった先祖の文化の一部または全部を失った移民系の集団は、ルーツを重視する考え方に基づいて独自の民族的同一性を保ち続けることがある。一方で、混血等で移民系の集団が先住民族に包摂され、あるいは両者が融合すれば、同一の民族的同一性を共有する場合もある。
脚注
注釈
- ^ この場合は「ハーフ」とも言う。
出典
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
関連項目
外部リンク
- 『(エスニック・アイデンティティ)』 - コトバンク