概要
創建年代は不明である。元々は三河国村高庄(現・愛知県安城市)にあった「長福寺」という寺で、当初は真宗高田派の寺院であった。その後、徳川家康の居城に連動するような形で駿府に移り、1591年(天正19年)に江戸麹町に移転した[1]。
1621年(元和7年)安藤重信が当院に葬られて以降安藤家の菩提寺となり、1639年(寛永16年)に浄土宗に転宗した。「栖岸院」は重信の戒名に由来する。他にも丹南藩主家の高木家や旗本諸家の香華寺となっていた[2]。
江戸時代、当寺の住職は将軍に単独拝謁できる格式が認められていた[2]。
明治時代以降の武家の没落に伴い、一時は千住の勝専寺に吸収されてしまった。その状況を憂えた信誉明道は一念発起し、1920年(大正9年)、現在地に再興した[1]。
境内
墓所
- 安藤家(譜代大名)
- 高木家(譜代大名、丹南藩)
交通アクセス
脚注
参考文献
- 大谷光男、嗣永芳照 著『杉並区史跡散歩(東京史跡ガイド15)』学生社、1992年