松平 忠祇(まつだいら ただまさ)は、江戸時代中期の大名。肥前国島原藩5代藩主、のち下野国宇都宮藩初代藩主。深溝松平家10代当主。官位は従五位下・主殿頭、大炊頭。
略歴
元文2年(1737年)、島原藩主・松平忠刻の長男として誕生。寛延2年(1749年)4月に父が死去したため[1]、7月13日に家督を継いだ。しかし直後の7月23日、幕命により下野宇都宮に移封となった[1]。宝暦元年(1751年)12月28日に従五位下・主殿頭に叙位・任官する。宇都宮藩内では忠祇の出した命令が原因で宝暦3年(1753年)9月13日に籾摺騒動が発生した。