松平 基則(まつだいら もとのり、1875年12月6日 - 1930年5月24日)は、直基系越前松平家第13代当主。
直基系越前松平家の家督は、安政元年(1854年)に典則が養子の直侯に譲った後、直克、直方と養子による継承が続いた。直克が川越から前橋に転封されてここで明治維新を迎えたことから、当家は前橋松平家とも称される。
経歴
1875年(明治8年)、武蔵国川越藩第5代藩主であった松平典則(直基系越前松平家9代当主)の三男として生まれる。
基則は前橋藩知事であった直方の養嗣子となり、1884年(明治16年)に家督を継承して華族令で伯爵となった。1907年(明治40年)に隠居し、姉婿の直之に家督を譲った。なお、直之は先々代当主・直克の実子である。
1930年(昭和5年)死去、享年55。
栄典
家族・系譜
- 父母
- 兄弟
- 長男:(益)(1864年 - 1924年)
- 四女:久子(1866年 - 1945年、徳大寺公弘夫人、公弘は実則の子)
- 二男:(鋭)(1868年 - 1912年)
- 七女:八重(1873年 - 1937年、松平直之夫人)
- 三男:基則
江戸時代後期以後近代までの直基系越前松平家の継承関係を、実系で示せば以下の通り。
- 数字は直基系越前松平家の代数を示す。
- 点線は婚姻関係を示す。
脚注
参考文献
- 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成』霞会館、1996年