成瀬 無極(なるせ むきょく、1885年4月26日 - 1958年1月4日)は、日本の(ドイツ文学者)。(京都帝国大学)名誉教授。本名は清。
略歴
東京根岸生まれ。東京帝国大学独文科卒。1908年(京都帝国大学)講師、1919年助教授、1930年教授、1931年(日本ゲーテ協会)を創立。1945年4月定年退官、名誉教授。
ドイツ文学の研究、翻訳のほか、劇作、評論、随筆などで活躍した。「シュトルム・ウント・ドラング」を「疾風怒濤」と訳した人物とも言われる。
著書
- 極光 (春陽堂(現代文芸叢書) 1914年)
- 文学に現れたる笑之研究 (東京宝文館 1917年)
- 東山の麓より (大鐙閣 1918年)
- 四十歳 (内外出版 1920年)
- 東山夜話 (内外出版 1921年)
- 近代独逸文芸思潮 (警醒社書店 1921年)
- 最近独逸文学思潮 (表現社 1924年)
- 夢作る人 (内外出版 1924年)
- 偶然問答 (大鐙閣 1925年)
- 疾風怒涛時代と現代独逸文学 (改造社 1929年)
- 人生戯場 (政経書院 1934年)
- 人間凝視 (評論集 政経書院 1934年)
- 文芸百話 (第一書房 1934年)
- 無極随筆 (白水社 1934年)
- 人生案内 (甲文堂 1936年)
- 南船北馬 (白水社 1938年)
- 木の実を拾ふ (白水社 1940年)
- 面影草 (北隆館 1947年)
- 懺悔としての文学 (八代書店 1947年)
- 文芸に現はれた人間の姿 (堀書店 1947年)
- 疾風怒濤時代と近代独逸浪漫思潮 (慶友社 1949年)
- 郁文堂小独和辞典 (佐藤通次共編 郁文堂出版 1956年)
- 無極集 (法律文化社 1959年)
翻訳
- 近代浪漫主義 (オスカー・エーワルド 二松堂(近代文化講座) 1922年)
- 世界文学全集 ブッデンブロオク一家 第1 (トオマス・マン 新潮社 1932年)
- 寂しき人々・織匠 (ハウプトマン 新潮社(新潮文庫) 1937年)
- ブッデンブロオク一家 第1-4 (トオマス・マン 岩波文庫 1937年)
- 殺した者ではなく殺された者に罪がある (フランツ・ウェルフェル 世界文学社 1946年)
- 独語録 (シュライエルマッヒェル 北隆館 1949年)
脚注
- ^ 成瀬治, 橋場弦「インタビュー:成瀬治氏に聞く/企画・聞き手・採録:橋場弦」『クリオ』第1巻、東京大学文学部西洋史学研究室、1986年11月30日、61-70頁。