人物
日本で初めて2種以上の新天体を発見した人物である。まず1936年10月3日に肉眼で4.5等の新星いて座V603星を発見した。1939年には(C/1939 H1 ユルロフ・アチマロフ・ハッセル彗星)と(C/1939 V1 フレンド彗星)を独立発見し、1940年に発見した新彗星は本田実との共同発見となり(C/1940 S1 岡林・本田彗星)と命名された。 独学で天文学を学び、1939年から1941年にかけては倉敷天文台で、その後は花山天文台や阿蘇地震研究所で働いた[1]。京都大学の嘱託で1945年にスマトラ島の地質調査を終えて帰国途中、乗船中の船「阿波丸事件」が台湾沖で撃沈され亡くなった。
1936年にAAVSOの新星賞[2]、1941年に太平洋天文学会のドノホーメダル[3]を受賞した。 また、小惑星((6737) Okabayashi)は岡林の名前にちなんで命名された[4]。