経歴
和歌山県出身、日本大学歯学部卒業後、同校の助手を経て教授(昭和40年)となり、オーストラリア・アデレード大学に留学した。
在豪中にはオーストラリア先住民の歯の形態学的研究を行った。
昭和46年日本大学松戸歯学部解剖学教授となり、三次元計測の新しい方法として注目を浴びていたモアレ法を歯の形態学に応用し、数々の業績を上げた。
東京大学理学部人類学教室の埴原和郎教授が立ち上げられた歯の形態をめぐる懇話会[1]に参加し、長年その中心的役割を果たした。
また、教育面では同学部学部長[1]や(歯科大学学長会議)理事等を務めた。
平成3年、定年後は松戸市の(北原学院歯科衛生専門学校)長[2]を20年間務めた。
平成15年には勲三等旭日中綬章が授与された。
学歴
著書
論文
- 単著
- 日本人の歯の退化示数、解剖学雑誌35巻、563-567頁、1960年
- 歯数の異常、歯界展望27巻、1-8頁、1966年
- 歯の肉眼的形態学・最近の話題から、日大口腔科学12巻、1-10頁、1986年
- 共著
脚注
[1]この会については
- 金澤英作「日本における歯の人類学史」『Anthropological Science (Japanese Series)』第128巻第2号、日本人類学会、2020年、75-92頁、doi:10.1537/asj.201110、ISSN 13443992。 ( 要購読契約)