概要
賎民の身分は更に五分され、その中に、朝廷以外の民間人に従属する者を私奴婢というが、その中で、特に、使用主が寺(古代寺院)である者のことを、「寺奴婢」と呼称する。
実態
寺奴婢は、通常の奴婢と同様、寺の支配を受けて、維持管理の業務にあたった。
その中でも特に、境内の清掃(キヨメ)に従事したものと推測される。元々、仏教においては「不浄」(ケガレ)の観念が強く、僧尼令においても、戒律に違反した僧に対する刑罰として、境内の清掃が課せられていた。やがて、「不浄」の観念が、賎民である奴婢とが結びつけられ、寺奴婢に清掃の業務が押し付けられるようになった[1]。
出自
寺奴婢が特定の寺に従属するに至る経緯としては、主に二通りあったとされる。
備考
- 寺奴婢が出家をして僧侶になることは、禁じられていた。当時の記録では、天皇の快癒祈祷のために特例として得度が認められた例があるが、これも、奴婢身分のまま得度したのか、一旦良民に解放されたのち得度したのかは、明確でない[4]。