この記事のほとんどまたは全てが(唯一の出典)にのみ基づいています。(2020年11月) |
奥浄瑠璃(おくじょうるり)は、近世東北地方において盲法師(ボサマ)[注 1]や巫覡の徒(修験・巫女・陰陽師)によって盛んにかたられた語り物文芸[1]。仙台地方を中心に定着した浄瑠璃で、古浄瑠璃の面影を遺しつつ今日に至るまで伝承されている[2]。御国浄瑠璃、仙台浄瑠璃とも。代表的演目に『(田村三代記)』がある[1]。
概要
奥浄瑠璃においては、現在三味線が使用されるが、松尾芭蕉による『奥の細道』によると琵琶が使われたともいわれる[2]。
伝承曲目中に『(牛若東下り)』『(阿弥陀胸割)』など、古浄瑠璃に近いのものもある[2]。演奏は、冬期の農閑期に、部落、部落を巡って行なわれていたが、浪曲の隆盛とともにしだいに忘れられ、現在ではほとんど演奏されていない[2]。なお、著名な奥浄瑠璃の伝承者として、(北峰一之進)(芸名精悦)がいる[2]。
奥浄瑠璃は、1961年(昭和36年)3月31日付けで「記録作成等の措置を講ずべき無形文化財」に選択されている[2]。
脚注
注釈
- ^ 近世東北地方では門付けを行う男盲の芸人を「ボサマ」と呼んでいた。
出典
参考文献
- (阿部幹男)『東北の田村語り』(三弥井書店)〈(三弥井民俗選書)〉、2004年1月21日。ISBN (4-8382-9063-2)。