太田 三郎(おおた さぶろう、1905年 - 1978年)は、日本の外交官、政治家。初代公選横須賀市長を経て、駐ビルマ特命全権大使、駐ポーランド特命全権大使、駐オーストラリア特命全権大使を歴任した。
人物・経歴
茨城県出身。1925年第五高等学校文科甲類卒業[1]。1928年東京帝国大学法学部卒業、外務省入省[2]。1930年任外交官補、英国在勤[3]。1931年在シドニー領事館補[4]。1937年在ソビエト連邦大使館三等書記官[5]。1940年外務省欧亜局第三課長[6]。1943年外務省調査局第三課長[7]。1945年終戦連絡中央事務局第三部長[8]。
1946年終戦連絡横須賀事務局長[9]。1947年の第1回統一地方選挙で横須賀市長に当選[10]。1949年運輸審議会委員[11]。1954年外務省参与[12]。1955年駐ビルマ特命全権大使[13]。1957年駐ポーランド特命全権大使[14]。1961年駐オーストラリア特命全権大使[15]。1971年国際観光振興会会長[2][16]。 1975年勲一等瑞宝章受章[17]。1978年叙正三位[18]。
親族
出典
- ^ 第五高等学校一覧 昭和8至9年
- ^ a b Hotel review = ホテルレビュー 23(261) (日本ホテル協会, 1972-01)
- ^ 官報 1930年05月29日
- ^ 官報 1931年10月01日
- ^ 官報 1937年12月22日
- ^ 官報 1940年11月15日
- ^ 官報 1943年12月10日
- ^ 官報 1945年09月04日
- ^ 官報 1946年10月24日
- ^ 2 市長選挙の経緯横須賀市
- ^ 官報昭和24年本紙第6714号 26頁
- ^ 官報昭和29年本紙第8395号 453頁
- ^ 官報昭和30年本紙第8451号 94頁
- ^ 官報昭和32年本紙第9269号 216頁
- ^ 官報昭和36年本紙第10286号 97頁
- ^ 官報昭和46年本紙第13442号 15頁
- ^ 官報昭和50年本紙第14499号 4頁
- ^ 官報昭和53年本紙第15465号 13頁
- ^ 教育心理研究 13(7) 東京文理科大学心理学教室 編 (培風館, 1938-07)
- ^ 財界展望 23(4)(271) (財界展望新社, 1979-04)
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