この記事のほとんどまたは全てが(唯一の出典)にのみ基づいています。(2020年10月) |
佐野遺跡(さのいせき)は、長野県下高井郡山ノ内町にある縄文時代晩期の集落遺跡である[1]。1976年(昭和51年)12月25日に国の史跡に指定された[2]。
佐野遺跡 | |
佐野遺跡 佐野遺跡 (日本) | |
所在地 | 日本 長野県下高井郡山ノ内町 |
---|---|
座標 | 北緯36度43分56秒 東経138度24分26秒 / 北緯36.73222度 東経138.40722度座標: 北緯36度43分56秒 東経138度24分26秒 / 北緯36.73222度 東経138.40722度 |
歴史 | |
時代 | 縄文時代 |
概要
志賀高原の湖沼地帯から流れ出る(庭間瀬川)の中流域、山の内盆地の南西部に所在する。
昭和初年、本遺跡出土の亀ヶ岡式土器が「奥羽文化南漸資料」として学界に紹介され、注目を集めた。その後の調査によって、集石遺構などの存在が確認され、土器・石器など多岐にわたる種類が豊富に出土している。とくに晩期前葉から中葉の土器は中部地方独特の様式を示しており、佐野式と名づけられている。さらに佐野式に伴って亀ヶ岡式の皿・壺・注口土器などの搬入品が認められ、当時の交易問題等を考える上で重要な資料となる[1]。
また、中部地方では、繩文時代後期から晩期にかけて、遺跡の数が大幅に減少するが、その中にあって、規模が大きく、豊富な遺物を出土する本遺跡は、中部地方における晩期の代表的な集落跡として重要なものである[1]。