インドール-3-酢酸(英: indole-3-acetic acid、略称: IAA)は、オーキシンと呼ばれる植物ホルモンの一種で、複素環式化合物の一つである。無色の結晶で、オーキシンの中ではおそらく最も重要である。インドールの誘導体で、インドール環の3位にカルボシメチル基(酢酸基)を持つ。
生物活性と類縁体
インドール-3-酢酸は、植物の生長と発達に寄与している細胞伸長や細胞分裂を誘導するなど、全てのオーキシンと同様に、多くの異なる効果を示す。インドール-3-酢酸はまた、細胞膜の透過性を制御している。高価でなく代謝的に安定な、(インドール-3-酪酸) (IBA) や(1-ナフタレン酢酸) (NAA) などの合成オーキシン類縁体が、園芸分野で使用されている。
1940年代におけるインドール-3-酢酸の研究の結果、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸 (2,4-D) および2,4,5-トリクロロフェノキシ酢酸 (2,4,5-T) といった(フェノキシ除草剤)が開発された。IBAやNAAのように、2,4-Dおよび2,4,5-Tは代謝的にも環境的にもより安定なインドール-3-酢酸の類縁体である。しかしながら、双子葉植物に対して散布すると、迅速で無制御な生長を誘導し枯死させる。これらの除草剤は、1946年に導入されてから1950年代中頃まで、農業において幅広く使用された。
生合成
植物のインドール-3-酢酸は主にトリプトファンから(インドール-3-ピルビン酸)を経由して2段階でつくられることがシロイヌナズナで示されている[1][2]。また、シロイヌナズナではインドール-3-アセトアルドキシムからも少しインドール-3-酢酸が合成されている[3]。このほか、植物ではインドール-3-アセトアミドやトリプタミンなどを経由してインドール-3-酢酸が合成されている可能性もあるが、これらの生合成中間体を含む経路についてはまだよくわかっていない[4]。
トリプトファンを経由せずにインドール-3-酢酸をつくる経路も植物で提唱されているが[5]、これを否定する研究報告もあり[6]、その存在については今後さらに検証が必要である。
受容体
インドール-3-酢酸の受容体は、ユビキチンタンパク質リガーゼ SCF複合体のサブユニットであるF-boxタンパク質TIR1 (transport inhibitor response 1) である[7][8]。オーキシンがTIR1に結合すると、TIR1は転写抑制タンパク質(転写因子)Aux/IAAと結合する。その結果、Aux/IAAがユビキチン化・分解され、オーキシン応答遺伝子の転写が促進される。
化学合成
化学的には、インドールとグリコール酸から250℃の環境で合成することができる。
インドール-3-酢酸の最初の合成法は(インドール-3-アセトニトリル)を出発原料としているが、以後多くの合成法が開発されている[9]。
脚注
- ^ Mashiguchi K, et al. (2011). “The main auxin biosynthesis pathway in Arabidopsis”. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 108 (45): 18512-18517. doi:10.1073/pnas.1108434108. PMID (22025724).
- ^ Won C, et al. (2011). “Conversion of tryptophan to indole-3-acetic acid by TRYPTOPHAN AMINOTRANSFERASES OF ARABIDOPSIS and YUCCAs in Arabidopsis”. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 108 (45): 18518-18523. doi:10.1073/pnas.1108436108. PMID (22025721).
- ^ Sugawara S, et al. (2009). “Biochemical analyses of indole-3-acetaldoxime-dependent auxin biosynthesis in Arabidopsis”. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 106 (13): 5430-5435. doi:10.1073/pnas.0811226106. PMID (19279202).
- ^ Zhao Y. (2010). “Auxin biosynthesis and its role in plant development”. Annu. Rev. Plant Biol. 61: 49-64. doi:10.1146/annurev-arplant-042809-112308. PMID (20192736).
- ^ Wright AD, et al. (1991). “Indole-3-Acetic Acid Biosynthesis in the Mutant Maize orange pericarp, a Tryptophan Auxotroph”. Science 254 (5034): 998-1000. doi:10.1126/science.254.5034.998. PMID (17731524).
- ^ Müller A, Weiler EW (2000). “Indolic constituents and indole-3-acetic acid biosynthesis in the wild-type and a tryptophan auxotroph mutant of Arabidopsis thaliana”. Planta 211 (6): 855-863. PMID (11144271).
- ^ Dharmasiri N, Dharmasiri S, Estelle M (2005). “The F-box protein TIR1 is an auxin receptor”. Nature 435 (7041): 441-445. doi:10.1038/nature03543. PMID (15917797).
- ^ Kepinski S, Leyser O (2005). “The Arabidopsis F-box protein TIR1 is an auxin receptor”. Nature 435 (7041): 446-451. doi:10.1038/nature03542. PMID (15917798).
- ^ R. Majima and T. Hoshino (1925). “Synthetische Versuche in der Indol-Gruppe, VI.: Eine neue Synthese von beta-Indolyl-alkylaminen”. Berichte der deutschen chemischen Gesellschaft 58: 2042. doi:10.1002/cber.19250580917.