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花紀京

花紀 京(はなき きょう、本名:石田 京三(いしだ きょうぞう)[1]1937年昭和12年〉1月2日 - 2015年平成27年〉8月5日[4][1])は、日本お笑いタレント喜劇俳優である。

花紀 京
本名 石田 京三(いしだ きょうぞう)[1]
ニックネーム 京ボン[2]、京やん
生年月日 (1937-01-02) 1937年1月2日[1]
没年月日 (2015-08-05) 2015年8月5日(78歳没)[1]
出身地 日本大阪府大阪市天王寺区
身長 166cm
言語 日本語
方言 大阪弁
最終学歴 関西大学
師匠 花登筺
芸風 漫才漫談
事務所 吉本興業
活動時期 1958年 - 2003年
他の活動 俳優
配偶者 西岡慶子1963年 - 離婚年不明)
一般人女性(再婚年不明 - 2015年
親族 横山エンタツ(実父)
中山美保(義姉)
弟子 レツゴーじゅん
チャーリー浜
間寛平
受賞歴
1973年:上方お笑い大賞金賞[3][2]
(テンプレートを表示)

生前はよしもとクリエイティブ・エージェンシーに所属し、盟友の岡八朗と共に吉本新喜劇の二大巨星と呼ばれ、新喜劇の黄金時代を築き長きに渡って君臨した。

来歴

大阪府大阪市天王寺区出身、阿倍野区育ち。父は漫才師の横山エンタツ[1]で、エンタツの次男[2]でありながら少年時代は笑芸に興味がなく、中学時代まで父親が喜劇人エンタツであることを認識していなかった。また、父子は一度も共演していない[3]。また兄は関西テレビの元プロデューサーで、吉本新喜劇の中山美保は義姉(兄嫁)に当たる。

大阪市立墨江小学校大阪市立阪南中学校大阪府立阿倍野高等学校を経て関西大学入学後の1958年、麻雀仲間だった花登筺に弟子入りし、内海重典、(大村準一)らの指導を受け[3]、(OSミュージックホール)における寸劇[3]でデビューする[2]1959年には芦屋雁之助[3]とともに(劇団・笑いの王国)の旗揚げに参加[1]。同劇団解散後、1962年に吉本興業入り。師匠・花登の「花」と自身の本名「京三」にちなみ、「ききょうの花」をひっくり返した「花紀 京」の芸名を名乗る[2]。京三は新喜劇の役名としてしばしば使われている。商店主、町工場主、建設作業員、工員、駐在といった庶民的な役を中心に、怪しげな正体不明人物(最終的には間抜けな犯罪者だったり逆に刑事だったりする)も得意とした。

1963年[1]には早くも吉本新喜劇の座長に抜擢され、岡八郎原哲男桑原和男らとの独特のボケ・ツッコミをくりひろげるコンビ芸で活躍する。同時に『てなもんや三度笠』などのテレビ番組にも出演する[1]。岡とはのちに、漫才ブームの時期にテレビ番組でコンビを組んで漫才をしたこともあった。

1989年[1]、「(新喜劇やめよっカナ!?キャンペーン)」を開始した吉本新喜劇を退団。その後は多数の映画テレビドラマに出演し、新境地を開拓した。2001年ダウンタウン東野幸治ココリコロンドンブーツ1号2号山田花子藤井隆間寛平と期間限定ユニット「Re:Japan」を結成し、第52回NHK紅白歌合戦に出場した[1]

2002年8月に脳腫瘍の摘出手術[1]を受け、療養中だった2003年5月に自宅で入浴中、低酸素脳症を発症して、事実上の活動休止状態となった。2015年8月5日午後7時半すぎ、肺炎により入院先の大阪市内の病院で死去。78歳没(享年79)[1]。戒名は花幔京璨居士(はなまんきょうさんこじ)。

弟子

直弟子

など。内場勝則も新喜劇入団後は花紀に付いていた時期があり、師匠と弟子の関係に近い存在である。

孫弟子

いずれも間寛平の弟子。

など

芸風

父の相方であった花菱アチャコを尊敬し、芸論について「何も知りまへん。アチャコ先生を真似ただけです」と語っている[3]

新喜劇ではニット帽[5]にシャツ、腹巻、ニッカーボッカーを着用し、目の下に隈を描き、鼻を赤く塗ったスタイルがトレードマークとなった。泥棒役や土木作業員役が主な役どころ。多くは、本名の「京三」を役名として使っていた。

ギャグ

(檀上茂)は「突飛な身振りや珍語・奇声に頼るギャグを自分ですることを嫌い、やりとりで笑わせることを好んだ」と振り返っている[6]。下記は文章にすると伝わりにくいが、間の取り方が絶妙であった。

  • 「ええか、そこだけは絶対に開けたら(見たら)あかんぞ」
悪人に取られては困るものの隠し場所を、当の悪人に向かってこう言って教えてしまう。見つかったあと「あれ、何でわかったん?」。
  • 「ほな、百万円」
ちょっとしたもの(飲食物など)の代金を聞かれて、ごく普通の顔で答える。相手はずっこける。
  • 食事したすぐあとで「あー腹へったァ」
  • 飲み屋で熱燗を頼んで一口飲んで「熱いわ」と難癖をつけ、冷酒で中和するよう頼み、もう一口飲み「ぬるいわ」とさらに難癖をつけ、もう一度熱燗で中和するよう頼み、これを交互に繰り返し1杯分の酒代でごまかそうとする。
  • 工事現場などで働かず遊んでばかりいて「さア寝よか」「飯にしようか」
  • やくざといざこざになったときに京三が「店の中じゃみんなに迷惑かかる、表で勝負しようかい」。京三をたよりに仲間(岡八朗ら)がやくざと表に出た瞬間、京三は店から出ずに戸を閉めてかぎをかける。
  • 岡のギャグに対して、満面の笑みを浮かべたり、「これは新しいギャグやから知らんやろう」と言うなど、笑いを倍増させる。
  • 隣り合った男女に対して、耳を触ったり、ブラジャーを外そうとする。両者は恋人がやったのだと思っているが、京三の顔を見て驚く。

人物

  • 1963年松竹新喜劇曾我廼家五郎八の娘で女優の西岡慶子と結婚するも、のちに離婚した[2]
  • 弟子に厳しい一面を持ち、入門当時の間寛平が馴れ馴れしい話し方をした時には激怒した。また、「師匠」の漢字と言葉を知らなかったために花紀を「兄さん」と呼んだ内弟子時代の寛平を強く叱責したこともある。
  • 難波・千日前のうどん店「千とせ」の看板メニューとなっている肉吸いは、花紀が「うどん抜きの肉うどん」を注文をしたのが発祥といわれる。その後同店をダウンタウン明石家さんまらが「うどん屋のくせにうどん出さへん変な店がある」と番組などで宣伝すると店は有名になり、吉本の芸人の間では「千とせに行けば売れる」というジンクスまで生まれるまでに至った[7]

出演作品

テレビ

ABC
毎日放送
関西テレビ
読売テレビ
  • うすずみ桜(木曜ゴールデンドラマ
  • 哀しみは女だけに4(木曜ゴールデンドラマ)
  • (夫婦善哉)(1980年、木曜ゴールデンドラマ)
  • 花いちばん(1986年4月 - 10月、朝の連続テレビドラマ) - 小田昌一 役
  • 京一輪(1989年9月 - 1990年3月、朝の連続テレビドラマ)
  • (ドロンを追え!)
NHK(いずれも大阪放送局制作)
在京キー局
  • 暴れん坊将軍IIテレビ朝日東映京都
    • 第130話 「弁天様の甘い誘惑!」(1985年) - 弁六 役
  • はぐれ刑事純情派(テレビ朝日・東映東京
    • 第2シリーズ・第19話「レイプを告発した女!」(1989年) - 医師 役
    • 第3シリーズ・第4話「密室で撲殺された美女」(1990年) - 藤瀬泰明 役
    • 第4シリーズ・第19話「能登、疑惑の指紋・女で二度しくじった男」(1991年) - 吉沢栄二 役
    • 第5シリーズ・第11話「殺意の女子社員寮・セクハラで辞めた男」(1992年) - 東海林誠一 役
    • 第6シリーズ・第20話「安浦刑事が仲人!掏摸からすった男」(1993年) - 伊藤栄三 役
    • 第9シリーズ・第6話「安浦刑事が文学入門!? 作家の犯罪」(1996年) - 塚本 役
    • 第13シリーズ・第5話「8年間騙された妻!? 秘密のラストダンス」(2000年) ‐ 松田 役
  • ナニワ金融道4(フジテレビ
  • 美味しんぼ5(フジテレビ)
  • 明日があるさ日本テレビ
  • 夫婦漫才(2001年、BS-i。ナレーションのみ)[8]

ラジオドラマ

映画

CM

花紀京を演じた俳優

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 花紀京 コトバンク - 典拠は朝日新聞出版編『知恵蔵mini』(2015年)
  2. ^ a b c d e f 元吉本新喜劇・花紀京さん死去 父は横山エンタツ 産経WEST、2015年8月6日
  3. ^ a b c d e f (井澤壽治)『上方大入袋 名人の心と芸』1988年、東方出版 pp.166-169
  4. ^ “元吉本新喜劇・花紀京さん死去 父は横山エンタツ”. 産経ニュース (2015年8月6日). 2020年8月5日閲覧。
  5. ^ 吉本興業 1989, p. 80.
  6. ^ 【花紀京さん死去】「ギャグ全盛の新喜劇でギャグを嫌った」演芸作家・檀上茂さん 産経WEST、2015年8月6日
  7. ^ “うどん屋なのにうどん抜き? 吉本芸人に「売れる」ジンクスも 「千とせ」の肉吸い”. 産経ニュース. 産経デジタル (2016年5月21日). 2018年2月28日閲覧。
  8. ^ 花紀京 - オリコンTV出演情報

参考文献

  • 吉本興業 編『吉本新喜劇名場面集 1959-1989』データハウス、1989年。  - 編集長は竹中功。編集は(堰守)、仲谷暢之、(竹本浩三)。

関連項目

  • 岡八郎
  • 肉吸い (料理) - 二日酔いで食欲がなく、肉うどんをうどん抜きでと注文したことから誕生したとされる料理。

外部リンク

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