いるか座(いるかざ、Delphinus)は、(現代の88星座)の1つ。2世紀頃にクラウディオス・プトレマイオスが選んだ「トレミーの48星座」の1つ。海獣のイルカをモチーフとしており、天の川の近くに位置する。最も明るい星でも4等星と暗い星座だが、星が密集しているため見つけやすい星座である。
主な天体
α・β・γ・δの4つの4等星で形作られる菱型のことを、欧米圏では旧約聖書のヨブ記の主人公にちなんで「ヨブの棺 (Job's Coffin) 」と呼ぶ[2]。同じ星の並びを日本では「ヒシボシ(菱星)」と呼ぶ地方がある[3]。
α星の固有名「スアロキン (Sualocin)」とβ星の固有名「ロタネブ (Rotanev)」は、1814年にパレルモ天文台台長のジュゼッペ・ピアッツィが刊行した星表『パレルモ星表』の第2版で初めて使われた。これは、『パレルモ星表』の編纂作業を指揮していた助手のニコロ・カチャトーレの名前をラテン語化した Nicolaus Venator を逆から読んだものをそれぞれの固有名としたものである[2]。
恒星
国際天文学連合 (IAU) によって4個の恒星に固有名が認証されている[4]。
- α星:見かけの明るさ3.800等の4等星[5]で三重連星。主星のAa星に「スアロキン[6](Sualocin[4])」という固有名が付けられている。
- β星:見かけの明るさ3.63等の4等星[7]。いるか座で最も明るい。A星に「ロタネブ[6](Rotanev[4])」という固有名が付けられている。
- ε星:見かけの明るさ4.03等の4等星[8]。「アルドゥルフィン[6](Aldulfin[4])」という固有名を持つ。
- 18番星:見かけの明るさ5.506等の6等星[9]。2008年に太陽系外惑星が発見され[10]、2015年に主星の恒星には「ムジカ[6](Musica[4])」、惑星には「アリオン (Arion)」という固有名が付けられた。
その他に以下の恒星が知られている。
- (γ星):見かけの明るさ4.96等のγ1[11]と4.25等のγ2[12]からなる連星[13]。
- δ星:見かけの明るさ4.417等の4等星[14]。
- R星:ミラ型変光星[15]。285.07日の周期で、見かけの等級が7.6等から13.8等の振幅で変光する[16]。
- わし座ρ星:見かけの明るさ4.946等の5等星[17]。いるか座との境界近くに位置するわし座の恒星だったが、その非常に大きな固有運動により1992年頃に境界線を越境しているか座の領域に入った[18]。これは、IAUにより星座の境界が確定した1930年以降、バイエル符号を付された恒星が越境した初めての例となった[19]。
星団・星雲・銀河
由来と歴史
紀元前3世紀半ばにマケドニアで活動した詩人アラートスの教訓詩『ファイノメナ (希: Φαινόμενα, 羅: Phaenomena)』にこの星座への言及が見られる[21]。2世紀頃にクラウディオス・プトレマイオスの著書『ヘー・メガレー・スュンタクスィス・テース・アストロノミアース (古希: ἡ Μεγάλη Σύνταξις τῆς Ἀστρονομίας)』の中で48個の星座のうちの1つとして選ばれた[2]。
19世紀のイギリスの天文学者(リチャード・アンソニー・プロクター)は、星座名を簡略化するために、Delphinus から Delphin に変更することを提唱した[22]が、世に受け入れられることはなかった。
1922年5月にローマで開催されたIAUの設立総会で現行の88星座が定められた際にそのうちの1つとして選定され、星座名は Delphinus、略称はDelと正式に定められた[23]。
中国
中国の天文では、いるか座の星々は二十八宿の北方玄武七宿の第三宿「女宿」に配されていた[24]。ε・η・θ・ι・κの5星は、熟れ過ぎて腐った瓜を表す星官「敗瓜」を成した[24]。これとは対照的に、α・γ・δ・β・ζの5星は、良い瓜を表す星官「瓠瓜」を成した[24]。
日本
日本では、江戸後期の畑維竜(鶴山)の随筆『四方の硯』に
星象を見ることは農民よりくはしきはなし大和の國は水のとぼしき處なれば四月頃より夏中農民夜もすがらいねずして星象をはかり見て種おろしあるひは夜陰の露おきたるに苗のしめりをしり米穀の實のるとみのらざるとをあらかじめはかりしる事なりその星にからすきぼしひしぼしすばるぼしくどぼしなどようの名をつけて某の星は何時に何の位にあらはれ何時に何の方にかくるなどいひてその目つもりにてはかること露たかはじ—畑維竜、『四方の硯』月の巻[25]
神話
紀元前3世紀頃の学者エラトステネースは著書『カタステリスモイ』の中で、ポセイドーンの妻になることを拒んで逃げたアムピトリーテーを探し出して連れ戻ったイルカを記念したもの、としている[2][27]。
紀元前1世紀頃の著作家ヒュギーヌスやオウィディウスは、紀元前7世紀頃の詩人アリオンにまつわる話を伝えている。アリオンがシチリア島や南イタリアの音楽会から故郷に帰る際、彼の持つ報酬に目がくらんだ船員がアリオンを殺害しようとした。アリオンは死ぬ前に琴を弾かせて欲しいと願い、船員たちはこれを許した。アリオンが弾き始めると、どこからともなくイルカの群れがやってきて、曲を鑑賞した。アリオンが身を投げると、イルカがその背にアリオンを乗せて故郷に連れ帰った。イルカはその功績が称えられ星座になったとされる[2][27]。
呼称と方言
日本では、1879年(明治12年)にノーマン・ロッキャーの著書『Elements of Astronomy』を訳した『洛氏天文学』が刊行された際には「ドルフィン」という英訳が充てられたのみであった[28]が、のちに「海豚」という訳が充てられ、1908年(明治41年)4月に創刊された日本天文学会の会誌『天文月報』では同年6月の第3号から「海豚」という星座名が記された星図が掲載されている[29]。1910年(明治43年)2月に訳語が改訂された際も「海豚」がそのまま使用された[30]。戦後の1952年(昭和27年)7月、日本天文学会は「星座名はひらがなまたはカタカナで表記する」[31]とした。このときに、Delphinus の訳名は「いるか」と定まり[32]、以降この呼び名が継続して用いられている。
方言
日本では、α・β・γ・δの4星を「ヒシボシ」と呼ぶ伝承が、静岡・長野・奈良・和歌山・広島・大分・熊本に伝わっていた[3][26]。また、これが転訛したとされる「ヘシボシ」が奈良県宇陀郡大宇陀町上片岡(現・宇陀市)や兵庫県神崎郡に、「シシボシ」が奈良県山辺郡丹波市町(現・天理市)に伝わっていた[3]。
α・β・γ・δが作る菱形を生活道具等に見立てる例も見られる。たとえば、納豆を入れる藁苞に見立てた「ツトボシ(苞星)」という呼び名が静岡県榛原郡白羽村(現・御前崎市)、小笠郡日坂村(現・掛川市)、愛知県知多郡日間賀島村(現・南知多町)に伝わっていた[3]。また、これを織物を織るときの道具である「梭」に見立てた「ヒボシ(梭星)」という呼び名が熊本県上益城郡甲佐町に、「ヒノホシサン(梭の星さん)」という呼び名が徳島県鳴門市に伝わっていた[3]。
出典
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- ^ a b c d e f 北尾浩一「第3章夏の星 第4節いるか座」『日本の星名事典』原書房、2018年5月30日、350-353頁。ISBN (978-4-562-05569-2)。
- ^ a b c d e “IAU Catalog of Star Names”. 国際天文学連合. 2023年1月3日閲覧。
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座標: 20h 42m 00s, +13° 48′ 00″