2000年の西武ライオンズ(2000ねんのせいぶライオンズ)では、2000年の西武ライオンズの動向をまとめる。
2000年の西武ライオンズ | |
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成績 | |
パシフィック・リーグ2位 | |
69勝61敗5分 勝率.531[1] | |
本拠地 | |
都市 | 埼玉県所沢市 |
球場 | 西武ドーム |
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球団組織 | |
オーナー | 堤義明 |
経営母体 | コクド |
監督 | 東尾修 |
(選手会長) | 潮崎哲也 |
スローガン | |
Hit!Foot!Get! More Runs! 果敢に攻め、もっと得点を。 | |
« 1999 2001 » |
この年の西武ライオンズは、東尾修監督の6年目のシーズンである。
概要
前年、チーム得点リーグ最下位となり貧打に苦しんだ西武は、メジャーでも実績のあるトニー・フェルナンデス、レジー・ジェファーソンを獲得。打撃陣の強化でシーズンに挑むが、ジェファーソンは期待に応えられず9月に退団。鈴木健、髙木大成の不振、さらに大友進の怪我離脱が響きチーム打率のリーグ最下位となり、結局貧打を解消することが出来なかった。投手陣は松坂大輔、西口文也、石井貴が2ケタ勝利、リーグ1位の防御率を記録しこの年も充実ぶりが見られた。シーズンは投手力を持ち味に発揮し、開幕からダイエー、オリックスと激しい首位争いを演じ、8月末には西武が抜け出し優勝に大きく近づいたが、大事な9月に8連敗を喫してしまう。この間ダイエーとの3連戦を全て落としてしまいこれが大きく響き結局2年連続で優勝を逃した。シーズン終了後、西武は打撃陣強化のため前近鉄監督の佐々木恭介をヘッド兼打撃コーチに招聘した。
チーム成績
レギュラーシーズン
順位 | 4月終了時 | 5月終了時 | 6月終了時 | 7月終了時 | 8月終了時 | 最終成績 | ||||||
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1位 | 日本ハム | -- | 西武 | -- | 西武 | -- | ダイエー | -- | 西武 | -- | ダイエー | -- |
2位 | 西武 | 0.5 | オリックス | ダイエー | 0.0 | 西武 | 0.5 | 日本ハム | 2.5 | 西武 | 2.5 | |
3位 | オリックス | ダイエー | 2.0 | 日本ハム | 1.5 | オリックス | 2.5 | ダイエー | 3.0 | 日本ハム | 4.5 | |
4位 | ダイエー | 2.0 | 日本ハム | 4.0 | オリックス | 2.0 | 日本ハム | 4.5 | オリックス | 6.0 | オリックス | 8.0 |
5位 | 近鉄 | 6.0 | 近鉄 | 7.0 | 近鉄 | 6.5 | ロッテ | 6.5 | ロッテ | 10.5 | ロッテ | 9.0 |
6位 | ロッテ | 9.0 | ロッテ | 8.0 | ロッテ | 8.0 | 近鉄 | 10.0 | 近鉄 | 14.0 | 近鉄 | 15.0 |
順位 | 球団 | 勝 | 敗 | 分 | 勝率 | 差 |
優勝 | 福岡ダイエーホークス | 73 | 60 | 2 | .549 | --- |
2位 | 西武ライオンズ | 69 | 61 | 5 | .531 | 2.5 |
3位 | 日本ハムファイターズ | 69 | 65 | 1 | .515 | 4.5 |
4位 | オリックス・ブルーウェーブ | 64 | 67 | 4 | .489 | 8.0 |
5位 | 千葉ロッテマリーンズ | 62 | 67 | 6 | .481 | 9.0 |
6位 | 大阪近鉄バファローズ | 58 | 75 | 2 | .436 | 15.0 |
オールスターゲーム2000
詳細は「2000年のオールスターゲーム (日本プロ野球)」を参照
選手・スタッフ
表彰選手
ベストナイン | ||
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選手名 | ポジション | 回数 |
松坂大輔 | 投手 | 2年連続2度目 |
松井稼頭央 | 遊撃手 | 4年連続4度目 |
ゴールデングラブ賞 | ||
選手名 | ポジション | 回数 |
松坂大輔 | 投手 | 2年連続2度目 |
センチュリーベストナイン | ||
選手名 | ポジション | 備考 |
江夏豊 | 投手 | 球団OB |
松井稼頭央 | 遊撃手 |
ドラフト
詳細は「2000年度新人選手選択会議 (日本プロ野球)」を参照
- 網掛けの選手は逆指名による入団