金子 家忠(かねこ いえただ)は、平安時代末期・鎌倉時代初期の武蔵国入間郡の武将。武蔵七党村山党・金子氏の一族。父は(金子家範)。兄弟に金子親範がいる。
経歴
19歳の時、保元の乱が起こり初陣する。同じ村山党の仙波家信らと共に後白河天皇方の源義朝に従い、源為朝が守る白河の御殿を攻め、高間兄弟を一騎討ちで倒す。平治の乱では源義平のもとで活躍。
治承年4年(1180年)には衣笠城合戦に平家方として畠山重忠などとともに参加し、21本の矢を受けたが一歩も退かずに戦い、敵の三浦義明も感嘆したという。しかし、和田義盛にあごの下を射られ退却した。
系譜
- 父:(金子家範)
- 母:不詳
- 妻:不詳
- 男子:(金子家高)
- 次男:多賀谷家政 - (多賀谷重光)の養子
- 男子:(金子家広)
- 男子:(金子家親)
脚注
注釈
出典
関連作品
- テレビドラマ