経歴
春宮権大進・五位蔵人を経て、正平6年/観応2年(1351年)権右少弁に任じられると、正平8年/文和2年(1353年)右少弁に昇任されるがまもなくこれを辞す。正平13年/延文3年(1358年)左少弁として弁官に復すと、正平14年/延文4年(1359年)正四位下・右中弁に叙任され、正平16年/延文6年(1361年)蔵人頭兼宮内卿となる。
正平17年/康安2年(1362年)従三位に叙せられて公卿に列し、正平22年/貞治6年(1367年)甥の(安居院行知)に続いて参議に任ぜられた。正平23年/貞治7年(1368年)正三位に至る。
官歴
注記のないものは『(諸家伝)』による。
- 時期不詳:正五位下。春宮権大進
- 観応元年(1350年) 10月2日:五位蔵人
- 観応2年(1351年) 8月13日:権右少弁、去蔵人
- 文和2年(1353年) 4月23日:右少弁[3]。日付不詳:辞右少弁?[3]
- 時期不詳:従四位下[3]
- 延文3年(1358年) 8月12日:左少弁[3]
- 延文4年(1359年) 3月25日:権右中弁[3]。4月21日:正四位下、右中弁[3]
- 延文6年(1361年) 3月27日:蔵人頭、宮内卿、止弁[3]
- 康安2年(1362年) 5月7日:従三位、元蔵人頭宮内卿
- 貞治6年(1367年) 12月24日:参議
- 貞治7年(1368年) 2月21日:兼(遠江権守)。8月13日:正三位
- 応安2年(1369年) 11月4日:(薨去)
系譜
『系図纂要』による。
- 父:平行高
- 母:不詳
- 生母不詳の子女
- 長男:西洞院時盛
- 次男:(西洞院親長)