» www.Giftbox.Az - Bir birindən gözəl hədiyyə satışı
ウィキペディアランダム
毎日カテゴリ
共有: WhatsappFacebookTwitterVK

浅野忠信

浅野 忠信(あさの ただのぶ、本名:佐藤 忠信[1]1973年昭和48年)11月27日[3] - )は、日本俳優音楽家。英語圏での愛称Tad(タッド)[4]

あさの ただのぶ
浅野 忠信
浅野 忠信(『マイティ・ソー』のプレミアにて)
本名 佐藤 忠信[1]
生年月日 (1973-11-27) 1973年11月27日(49歳)
出身地 日本神奈川県横浜市[1][2]
身長 179 cm[3]
職業 俳優音楽家
ジャンル 映画テレビドラマCM
活動期間 1990年 -
配偶者 CHARA1995年 - 2009年
中田クルミ2022年 - )
著名な家族 佐藤幸久(父・元所属事務所社長)
SUMIRE(長女)
佐藤緋美(長男)
事務所 DOMOIZU
ADONIS A(サポート)
主な作品
日本映画
『(バタアシ金魚)』/『(青春デンデケデケデケ)』
幻の光』/『PiCNiC』/『Helpless
Focus』/『(鮫肌男と桃尻女)』/『白痴
地雷を踏んだらサヨウナラ』/『御法度
五条霊戦記 GOJOE』/『PARTY7
『(殺し屋イチ)』/『アカルイミライ
座頭市』/『茶の味』/『珈琲時光
ヴィタール』/『母べえ』/『(劒岳 点の記)』
ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜
寄生獣』/『私の男』/『(岸辺の旅)』
『(グラスホッパー)』/『母と暮せば
淵に立つ』/『(幼な子われらに生まれ)』
海外映画
地球で最後のふたり』/『モンゴル
マイティ・ソー』シリーズ
バトルシップ』/『沈黙 -サイレンス-
モータルコンバット
MINAMATA-ミナマタ-
テレビドラマ
3年B組金八先生 第3シリーズ
『(ロング・グッドバイ)』
A LIFE〜愛しき人〜』/『刑事ゆがみ
おかえりモネ』/『無言館
 
受賞
ヴェネツィア国際映画祭
コントロ・コレンテ部門 男優賞
2003年地球で最後のふたり
日本アカデミー賞
優秀主演男優賞
2009年ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜』『劔岳 点の記
優秀助演男優賞
2003年座頭市
2008年母べえ
2015年母と暮せば
ブルーリボン賞
主演男優賞
(2014年)『私の男
その他の賞
高崎映画祭
最優秀主演男優賞
1997年Helpless
1999年地雷を踏んだらサヨウナラ
2004年ヴィタール
最優秀助演男優賞
2003年アカルイミライ
ヨコハマ映画祭
主演男優賞
1997年『Helpless』『PiCNiC
2000年五条霊戦記 GOJOE
毎日映画コンクール
男優主演賞
(2000年)『地雷を踏んだらサヨウナラ』他
(2005年)『誰がために』『乱歩地獄
モスクワ国際映画祭
最優秀主演男優賞
2014年『私の男』
アジア・フィルム・アワード
主演男優賞
2016年淵に立つ
助演男優賞
2015年岸辺の旅
TAMA映画祭
最優秀作品賞

2020年海辺の映画館―キネマの玉手箱
男優賞
2017年幼な子われらに生まれ
(テンプレートを表示)

神奈川県[3]横浜市[2]出身。個人会社DOMOIZUにて活動し、かつて所属していたADONIS A(旧:アノレ)[注 1]のサポートを受けている[5]。妻は女優でモデルの中田クルミ

来歴

生い立ち

母方の祖父ウィラード・オバリング(Willard N. Overing)はアメリカ合衆国ミネソタ州ウィノナ生まれ[6][7]北欧アメリカ人[注 2]

忠信の母はナバホ系のアメリカ・インディアンで元農民[6]の血統と思い込んでおり、忠信自身もそれを30年以上信じていた[8]が、忠信のルーツをたどるNHKファミリーヒストリー』番組製作時の調査でそれが間違いと判明。ウィラードの弟ゴードンは「父ジェイコブはフリースラント州にいたオランダ系、母エラベルはノルウェー系で、共に北欧の家系である」と証言した。ただ、ウィラードの出身地(ゴードンの現住地)ウィノナはもともとアメリカ・インディアンであるスー族の一支族(ダコタ)が居住する地域であった。また、オバリング家は、未開拓地を無償で払い下げる法律を作ってヨーロッパからの移民を大量に受け入れていた19世紀後半のアメリカに渡ってきた西部開拓移民であったことも、証言とファミリーヒストリー取材班の調査によって明らかとなった。一家は小麦大豆を作って生計を立てていたという。

ウィラード・オバリングは、第二次世界大戦時(1946年、18歳時)以降、アメリカ陸軍の料理兵であった[6]。戦後、日本に駐留し[注 3]、配属された横浜市にて浅野の祖母である浅野イチ子と出会う[6]

芸者であったイチ子は、ウィラードより15歳年上の38歳で、戦後、満州大連市から帰国したが、故郷・広島原爆で壊滅したため、仕事を求めて上京していたという[6]。 やがてふたりは結婚し、1950年昭和25年)9月23日に長女・順子(忠信の母)が生まれた[6]

その後、ウィラードはアメリカ軍の引き揚げに伴って帰国する際、イチ子と順子の渡米を強く望んだが、イチ子はこれを拒んで日本にとどまった[6][注 4]

順子は18歳で結婚し、1971年(昭和46年)11月14日に長男の久順(ひさとし)(現・KUJUN。俳優、演奏者)が、1973年(昭和48年)11月27日に二男の忠信(以下、浅野とも表記)が誕生した[9]

忠信兄弟は、公園でビキニ姿で日光浴するような奔放さを持つ母と、整理整頓が得意で几帳面な父のもと、横浜市で育った。両親は20代前半で子を得てまだ若く奔放であった。忠信自身は父親は「家でいつも調子が悪いと言っては家で寝てばかりいる」、母親は「学校を休ませてドライブに誘う」、夜に忠信兄弟を家に残して両親がディスコに行ってしまうこともたびたびで、兄弟は近所の家に「お母さんがいない」と泣きついたこともあったという[9]。曰く、「ヒッピーの子供で生まれた」としている[8][10]。一方で両親は「親が白と言ったら白なんだ」という厳しさも持ち合わせていた[9]。大黒柱である父親が最初に食事をし、子供は残ったものを食べるというように、甘やかされることなく浅野は育てられた[9]。母の言によれば、忠信はいつもニコニコと照れ笑いしながら歩いている子供だったと言う[9]

(クォーター)のために幼い頃は髪の色が金髪に近く、何もしていなくても目立っていて声をかけられることも多かった。子ども心に、日本人だが日本人になりきれていない違和感も覚えていたという[8]。しかし、「子供の頃から目立ちたがり屋で、いつもテレビに出たいと思っていた」といい[11]。やがて自分から無理に目立つことをしなくてもいいと思うようになった。そう思うきっかけになったのは、母が忠信に見せたウッドストック・フェスティバルの映像であった。ステージ上のミュージシャンが観客を熱狂させているのを見て、人前で大勢の人を喜ばせるようなことをしたいと考えるようになり、それが今日の自身の穏やかな印象に影響していると浅野は考えている[12]

小学生の頃から実家の隣の空手道場に兄と通った[13]。また、ブレイクダンススケートボードも始めた[10]。中学からは音楽を始め、パンクロックバンドを組み元町本牧のライブハウスを渡り歩いた[13]。この頃ファンであったのはおニャン子クラブ吉沢秋絵で、フジテレビ前で出待ちをしたこともあったという[14]ビートたけしのファンでもあり、父親が石倉三郎マネージャーをしていたことから『風雲!たけし城』の見学にも来ていた[15]

デビュー以降

1988年(昭和63年)の中学3年時に、父親からテレビドラマ3年B組金八先生第3シリーズ』(TBS系)のオーディションを勧められて受けたところ、合格し、タレントおよび俳優としてデビューした[11]。当初はテレビにも出演していたが、撮って放映してを繰り返すテレビの機械的なサイクルが肌に合わず、バンド活動のほうに傾倒しはじめていたのもあって、父親やマネージャーと喧嘩になることも多かった。18歳になり、父親に俳優を辞めることを宣言してしまうが、祖母から諫められ、再びバンド活動と両立して俳優業も続けていくことを決意したという[12][8]

1990年平成2年)、『バタアシ金魚』で脇役として映画デビューを果たす。大人同士が徹夜や喧嘩を繰り返しながら目標に向かって一生懸命取り組む映画製作のスタイルが信用できることに思えたと言う[12]。以降、「映画でだけなら仕事をしてもいい」と考えるようになった[16]浅野は、岩井俊二是枝裕和青山真治など新鋭の映画監督の作品に出演し、知名度を高めてゆく。

1996年(平成8年)、『Helpless』で映画初主演を果たす。

活動の場は国内にとどまらず、ウォン・カーウァイ監督『(wkw/tk/1996@/7’55”hk.net)(英語版)』(1996年)、クリストファー・ドイル監督『孔雀 KUJAKU』(1999年)などでも主演を務め、国際的にも注目を高めていった。1997年(平成9年)には、日本アカデミー賞話題賞、および、ヨコハマ映画祭主演男優賞を受賞している。

2000年(平成12年)、『御法度』と『五条霊戦記』で報知映画賞助演男優賞を受賞。『御法度』では、松田龍平と意気投合し、以来交遊をもっている。

2001年(平成13年)、『地雷を踏んだらサヨウナラ』で毎日映画コンクール男優主演賞受賞。浅野の誕生日は偶然にも役を演じた一ノ瀬泰造の行方不明が報道された日でもある(実際に一之瀬が死去したのはこの日より前)。

2003年(平成15年)、タイ・日本その他の合作映画『地球で最後のふたり』(ペンエーグ・ラッタナルアーン監督)でヴェネツィア国際映画祭コントロコレンテ部門主演男優賞を受賞。

2004年(平成16年)、初監督作品『トーリ』を製作。ドキュメンタリーアニメーションが織り込まれた5話のオムニバス作品。高校生の頃に観たボブ・マーリーのドキュメンタリー映画『Time Will Tell』で、マーリーの葬儀のときに鳥が飛んでいくシーンから受けた影響が製作の元になっているという[17]昭和のいる・こいるや、無名の頃の菊地凛子(当時は菊池百合子)、首藤康之などが出演し、首藤は本作品で初めて自身で振り付けしたバレエを披露した。また、兄のKUJUNも音楽の担当として参加。3月にDVDで発表し、5月に渋谷シネ・ラセット(2008年1月閉館)で公開された。

2005年(平成17年)、『誰がために』と『乱歩地獄』で毎日映画コンクール男優主演賞を受賞。

2007年(平成19年)、ロシアセルゲイ・ボドロフ監督作品『モンゴル』で、チンギス・ハーン役で主演した。ボドロフは浅野に「内面から発する光のようなもの」を感じ[18]、「この役を演じられるのは浅野しかいない」と抜擢。浅野はCDをひたすら聴いてモンゴル語を憶え、尻の皮がむけるほど乗馬を猛練習して撮影に臨んだ[16][19]

2008年(平成20年)2月、『モンゴル』が第80回アカデミー賞外国語作品部門にノミネートされ、浅野は妻のCHARAを伴ってロサンゼルスで記者会見を行った[19]。このとき浅野は、「撮影で留守にしている間にCHARAが家庭内のことを忙しい中やってくれていてありがたい」と感謝を述べた[19]。また、食事の際に歌を歌う文化のため、アカペラで『THE BLUE HEARTS』などの曲を歌ったことなど、モンゴルでの撮影中の裏話がCHARAとの会話の中で明かされた[19]

2009年(平成21年)、『ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜』ほかで日本アカデミー賞優秀主演男優賞受賞を受賞。

俳優業のほかに、「ASANO TADANOBU」名義や、「Bunodata」名義[注 5]、 「PEACE PILL」[20]、「SAFARI」(1999年結成[21])などでボーカルやギターとして音楽活動も行っている。「SAFARI」ではフジロックフェスティバルに何度か出演している[22][23]

2011年(平成23年)、映画『マイティ・ソー』で、初のハリウッド映画に出演。新境地を開く。

2012年(平成24年)、ハリウッド映画2作目となる『バトルシップ』に出演[24]

2014年、主演映画『私の男』で第36回モスクワ国際映画祭最優秀男優賞[25]、(第57回ブルーリボン賞)主演男優賞[26]を受賞した。

2015年、主演作『(岸辺の旅)』が第68回カンヌ国際映画祭・「ある視点」部門に出品され、黒沢清が監督賞を受賞[27]。アメリカ合衆国サンフランシスコで開催されたJ-POP SUMMIT関連映画祭、サンフランシスコ日本映画際にて、第一回名誉賞を受賞した[28]

2016年、主演作『淵に立つ』が第69回カンヌ国際映画祭・「ある視点」部門に出品され、作品が審査員賞を受賞。2年連続で主演作が同部門で受賞となった[29]

2017年10月12日に放送開始の『刑事ゆがみ』(民放の連続ドラマでは初主演作品)では、適当でだらしない性格の主人公を演じており、役になり切るため普段やっている台本の読み込みやその職種や業界に取材などは行わなかった。それについては「『こんな刑事、絶対いない』と思ったので、あえてやらなかった。それに準備するなんて、適当な弓神らしくない」と話している[30]

2018年12月17日、ワタリウム美術館にて2014年ごろから映画撮影の待ち時間の合間などを縫って始めていた趣味であるドローイング(線画)作品を展示した個展『TADANOBU ASANO 3634 浅野忠信展』を開催[31]。自身のTwitterやInstagramなどSNSでも公開していたデッサンや落書き、漫画、アメコミなど700点を展示している。また、2019年2月9日に放送されたバラエティ番組『タモリ倶楽部』(テレビ朝日)に浅野が出演し、同個展の未公開作品についての解説を行った[32]

2021年末をもって、アノレの専属契約を終了し、以前より所属していた個人会社「DOMOIZU」で活動を継続[33]。専属契約は終了したものの、アノレは翌年にADONIS Aに名称変更し、引き続き浅野のサポートを継続している。

家族・親族

浅野家と親族

広島県生まれの祖母・浅野イチ子(1911年明治44年]- 2004年平成16年])は、芸者置屋を営む父(忠信の(曾祖父))を持ち、自身も若い頃は芸者であった[6]。生後まもなく、父に従い、満州国大連市へ移住した[6]イチ子は、24歳のとき、南満州鉄道(満鉄)の社員(特急「あじあ食堂車給仕長)で福岡県出身の廣松定(ひろまつ さだむ)と結婚[6]。当時の満鉄は社員待遇の良さで知られており、イチ子らは何不自由のない暮らしを送ったが8年あまりで後に離婚している[6]。ふたりの間に子はいなかった[6]。離婚したとき、イチ子の父はすでに他界し、母は再婚し、別家庭を持っていたため、戻るべき家庭はなくなっていた[6]。満州から引き揚げるも故郷・広島は原爆で壊滅していたため、仕事を求めて上京し、横浜市にてアメリカ駐留軍横浜司令部勤務の料理兵・ウィラード・オバリング(1926年[7]- 1992年4月)に彼の友人を通じて紹介され、交際するようになった[6]。このとき、ウィラードは23歳、イチ子は38歳であった[6]。やがてふたりは結婚し、朝鮮戦争のためにウィラードが日本を離れて出動している最中の1950年昭和25年)9月23日、忠信の母・順子が誕生する[6]

なお、忠信の祖母・イチ子は夫ウィラードの話を忠信らにほとんど語って聴かせなかったし、忠信の母・順子も父ウィラードと4歳のときに別れ、以来一度も会うことがなかった[6]。忠信はそのような母による断片的な話と数枚の写真でしか祖父を知らず、過去に自力で調べはしたものの、詳細については全くわからずにいたと言うが、NHKの番組『ファミリーヒストリー』の取材班によって2011年(平成23年)5月より始まった綿密な調査の結果、曽祖父母にまで遡る詳細が明らかとなった[6]。ウィラードは帰国後、横浜配属前の旧配属地であるフォートノックス基地(ケンタッキー州(フォートノックス)(英語版)にある陸軍基地)に再び着任し、その4年後、当地で知り合った2児を持つ4歳年上のアメリカ人女性ジーン・ウィートと再婚したが、新たに子は設けず、実子は順子だけであった[6]。『ファミリーヒストリー』の取材に応じてウィラードの遺品を家族(ウィート家)が整理した際、亡くなる直前まで持ち歩いていた財布の中から生き別れた4歳当時の順子のポートレート1枚が見つかっている[6]。忠信は、祖父の人生を通じて、貧しい開拓民の話や(1929年に始まった世界恐慌)などアメリカ合衆国における過去の歴史も身近なものと感じることができるようになった自身の変化を語り、今後の演技(特にアメリカにおける仕事)にも活かせるのではないかとして、番組を締めた[6]

忠信の家族

1995年平成7年)3月、岩井監督の映画『PiCNiC』で共演した6歳年上の歌手のCHARAと結婚。同年7月に長女SUMIREが誕生し、21歳で父となる。1999年(平成11年)、長男佐藤緋美が誕生。自身の写真集にはCHARAに抱きつき顔を埋めているものが使用されたり、CHARAのアルバムのジャケットに片手だけ映ったりし、公私ともに良好だった。しかし2009年(平成21年)7月25日、所属事務所のサイトにてCHARAと協議離婚したことを発表し[34]、14年余りの結婚生活にピリオドを打った。

長女のSUMIREの眼は虹彩がグリーンに近い茶色だが、カラーコンタクトではなく遺伝である。浅野自身も虹彩が日本人より明るい茶色である。長男の佐藤緋美はHIMIの名で2018年にファッションカタログのモデルとして登場した[35]

2022年令和4年)8月23日、18歳年下の女優・モデルの中田クルミと再婚したことを自身のTwitter及びインスタグラムを通じて報告した[36][37][38]

出演

日本映画

1990年代

2000年代

2010年代

2020年代

日本以外の映画

複数国の合作映画を含む。

テレビドラマ

携帯ドラマ

  • きまぐれロボット (2008年) - エヌ役
  • (私が黄金を追う理由〜映画「黄金を抱いて翔べ」スペシャルドラマ〜)(2012年10月1日 - 10月27日、BeeTV) - 北川浩二 役

バラエティ ほか

他多数

ラジオ

CM

ゲーム

  • シャドウ オブ ザ ダムド(2011年) - ガルシア "G" ホットスパー 役

作品

音楽

 
  1. オムニバス『ATOM KIDS Tribute to the king "O.T."』(1998年11月26日)
  2. JOUJOUKA『codeine slash』(1999年3月25日)
    • ボーカルで参加
  3. トリビュート・アルバム『We Love butchers』(1999年6月18日)
    • 1. 12月
  4. bloodthirsty butchers『「△」SANKAKU+2』(1999年11月17日)
    • 7. ファウスト w/浅野忠信
  5. Pc P(1999年11月27日)(「PEASE PILL」名義)
  6. Farmer Tune(2000年6月26日)(「PEASE PILL」名義)
  7. JOUJOUKA『NEW ASIANS』(2001年11月7日)
    • 3. DON'T THINK, FEEL!! (JOUJOUKA Remix) (Feat. TADANOBU ASANO)
  8. Bunodata 悪魔と対話する歌(2001年11月28日)(「Bunodata」名義)
  9. アリが踏まれる瞬間の物語(2002年6月1日)(「PEASE PILL」名義)
  10. サウンドトラック水の女』(2002年9月19日)
    • 15. ODD(「PEASE PILL」名義)
  11. People(2003年9月6日)(「PEASE PILL」名義)
  12. SAFARI『SAFARI』(2004年3月10日)
  13. 「CRY&LAUGH」(2007年5月13日)
    • 「ASANO TADANOBU」名義のアルバム
  14. オムニバス『NO MUSIC NO RAVE』(2008年6月7日)
    • 9. Bump Hop
  15. Shing02歪曲』(2008年6月18日)
    • 5. 芯鉄(ボーカルで参加)
  16. WRENCH『drub』(2008年7月9日)
    • 2. drift -feat. TADANOBU ASANO-
  17. Golden Circle of Friends『Golden Circle

受賞歴

映画

  • 2000年度
    • 第22回ヨコハマ映画祭 主演男優賞(『地雷を踏んだらサヨウナラ』『五条霊戦記 GOJOE』)
    • (第55回毎日映画コンクール) 男優主演賞(『地雷を踏んだらサヨウナラ』『五条霊戦記 GOJOE』『御法度』)
    • 第25回報知映画賞 助演男優賞(『五条霊戦記 GOJOE』『御法度』)
  • 2004年度
    • 第19回高崎映画祭 最優秀主演男優賞(『ヴィタール』)
  • 2017年度
    • 第9回TAMA映画賞 最優秀男優賞(『幼な子われらに生まれ』『沈黙-サイレンス-』『淵に立つ』『新宿スワンII』)[63]
    • 第27回日本映画プロフェッショナル大賞 主演男優賞(『幼な子われらに生まれ』)

ドラマ

その他

  • 2016年度

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ 代表は父・佐藤幸久。1996年設立。
  2. ^ 『ファミリーヒストリー』(2011年8月3日)より。
  3. ^ 1949年(昭和24年)3月、横浜市の進駐軍司令部にて着任。
  4. ^ 迷った末、渡米直前になって拒否したとのことであるが、イチ子が渡米しなかった理由は明らかでない。会話もままならない異文化社会で子育てすることへの不安のほか、まだ若い夫との年齢差から来る不安を当時44歳になっていたイチ子は感じていたのではないかと、『ファミリーヒストリー』は推測した。ここで渡米していれば、忠信は生まれない。
  5. ^ 「Tadanobu(ただのぶ)」のアナグラム。名付け親はShing02とのこと。

出典

  1. ^ a b c “浅野忠信”. KINENOTE. 2022年11月8日閲覧。
  2. ^ a b “最優秀助演男優賞に浅野忠信 アジア版アカデミー賞で”. カナロコ. 神奈川新聞社 (2016年3月18日). 2022年11月8日閲覧。
  3. ^ a b c “浅野忠信”. ANORE INC. 2020年3月21日閲覧。
  4. ^ “タッド浅野忠信、ハリウッド初進出作『マイティ・ソー』の手応えは?”. ハリウッドニュース (ネットワークインフォメーションセンター). (2011年6月16日). http://www.hollywood-news.jp/news/movie/17097/ 2021年7月22日閲覧。 
  5. ^ “浅野忠信とCharaが多忙スレ違い離婚”. nikkansports.com (日刊スポーツ新聞社). (2009年7月26日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20090726-523338.html 2011年8月4日閲覧。 
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u ドキュメンタリー番組『ファミリーヒストリー』(NHK)、「浅野忠信」 2011年8月3日放送回。
  7. ^ a b “All results for Willard Overing” (英語). Ancestry.com. 2011年8月4日閲覧。
  8. ^ a b c d ホンネ日和』(CBC制作・TBS系列)浅野忠信x板尾創路 2012年1月8日放送回。
  9. ^ a b c d e - ウェイバックマシン(2009年1月6日アーカイブ分)参考
  10. ^ a b “浅野忠信さん(アナーキスト / 俳優 / ミュージシャン)”. Clothes Relay(個人ブログ). Crown Jewel (2007年5月14日). 2012年12月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年8月4日閲覧。
  11. ^ a b “浅野忠信 - 映画情報”. usfl.com. U.S.FrontLine. 2011年8月4日閲覧。[]
  12. ^ a b c . 日経トレンディネット (日経BP). (2009年5月20日). オリジナルの2012年1月14日時点におけるアーカイブ。. 2022年8月23日閲覧。 
  13. ^ a b K-PERSON 浅野忠信(2007年9月9日紙面掲載)(2013年8月28日時点のアーカイブ)参考。
  14. ^ とんねるずのみなさんのおかげでした』 2009年6月25日放送回より。
  15. ^ “2月19日(金) 小林悠×玉袋筋太郎”. たまむすび. TBSラジオ&コミュニケーションズ (2016年2月19日). 2016年2月28日閲覧。
  16. ^ a b “”. シネマぴあ. 浅野忠信/インタビュー (2008年). 2008年4月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月23日閲覧。
  17. ^ “”. アップル - QuickTime (2004年). 2004年8月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月23日閲覧。
  18. ^ OhmyNews 浅野忠信演じるチンギス・ハーン、知られざる10年参考。[]
  19. ^ a b c d “”. バラエティ・ジャパン. 第80回アカデミー賞特集 (2008年2月23日). 2008年8月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月23日閲覧。参考。
  20. ^ Bad News Records ARTIST PEACE PILL参考。以前は俳優の岡田義徳も参加していたバンド。
  21. ^ LOFT PROJECT SAFARI インタビュー参考。ブライアン・バートンルイスらとのハードコアバンド。
  22. ^ (2007年3月17日時点のアーカイブ)参考。
  23. ^ FACTORY#0130 SAFARI-PROFILE参考。
  24. ^ 『バトルシップ』浅野忠信インタビュー 2012年4月13日 ムービーコレクション
  25. ^ 「私の男」が最優秀作品賞 モスクワ国際映画祭 浅野忠信さん最優秀男優賞(2014年6月29日)、日本経済新聞、2014年6月29日閲覧。
  26. ^ 入倉功一 (2015年1月23日). “第57回ブルーリボン賞が決定!佐々木蔵之介『超高速!参勤交代』が作品賞!”. シネマトゥデイ. https://www.cinematoday.jp/news/N0070022 2015年1月23日閲覧。 
  27. ^ “黒沢清監督、カンヌある視点部門で監督賞日本人初受賞!深津絵里&浅野忠信共演作『岸辺の旅』”. シネマトゥデイ (株式会社シネマトゥデイ). (2015年5月24日). https://www.cinematoday.jp/news/N0073476 2016年5月22日閲覧。 
  28. ^ “浅野忠信がサンフランシスコ日本映画祭で名誉賞に輝く、「夢が叶ったよう」”. 映画ナタリー (ナターシャ). (2015年8月12日). https://natalie.mu/eiga/news/156883 2022年8月23日閲覧。 
  29. ^ “浅野忠信主演『淵に立つ』カンヌある視点部門審査員賞受賞!ジブリ最新作は特別賞”. シネマトゥデイ (株式会社シネマトゥデイ). (2016年5月22日). https://www.cinematoday.jp/news/N0082905 2016年5月22日閲覧。 
  30. ^ “俳優、浅野忠信 映画的なものは映画に限らないとドラマ、ネット配信映像にも意欲”. 産経ニュース (産経デジタル). (2017年10月8日). https://www.sankei.com/article/20171008-HEMVLUHDBJLRRL7TT2TWQMKTQQ/ 2017年10月9日閲覧。 
  31. ^ “「TADANOBU ASANO 3634 浅野忠信展」”. Tokyo Art Beat. アートビート. 2021年7月22日閲覧。
  32. ^ “浅野忠信“画伯”の絵を『タモリ倶楽部』で特集、ネットは「バンクシーっぽいw」の声”. テレビドガッチ. (2019年2月9日). https://plus.tver.jp/news/60103/detail/ 2021年7月22日閲覧。 
  33. ^ “浅野忠信が所属事務所「アノレ」を年内退所「より一層集中し自分の活動を」”. 日刊スポーツ. (2021年10月27日). https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202110270000199.html 2022年4月15日閲覧。 
  34. ^ “”. INFORMATION. ANORE INC. (2009年7月25日). 2009年8月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月23日閲覧。
  35. ^ CHARAと浅野忠信の息子HIMIをモデルに起用、ハウス@ミキリハッシンが最新カタログ公開Fashionsnap.com, 2018年03月09日
  36. ^ “浅野忠信と中田クルミが18歳差結婚「愛と笑顔が溢れる日々を」”. デイリースポーツ. (2022年8月23日). https://www.daily.co.jp/gossip/2022/08/23/0015577590.shtml 2022年8月23日閲覧。 
  37. ^ “浅野忠信&中田クルミ結婚発表、18歳差婚「幸せな報告ができてうれしい」”. スポーツ報知. (2022年8月23日). https://hochi.news/articles/20220823-OHT1T51047.html?page=1 2022年8月23日閲覧。 
  38. ^ “浅野忠信と中田クルミが結婚、18歳差「結婚しました!」ツイッターなどで発表”. 日刊スポーツ (2022年8月23日). 2022年8月23日閲覧。
  39. ^ “REDLINE”. マッドハウス. 2016年6月24日閲覧。
  40. ^ “綾野剛主演「新宿スワン」新章に浅野忠信、広瀬アリスら参加、予告編も公開”. 映画ナタリー. (2016年11月9日). https://natalie.mu/eiga/news/208525 2016年11月9日閲覧。 
  41. ^ “映画「累」追加キャストに横山裕、檀れい、浅野忠信!累とニナのビジュアルも”. コミックナタリー (2018年3月29日). 2018年3月29日閲覧。
  42. ^ “浅野忠信&宮沢りえが白洲次郎、正子夫妻 小林薫が吉田茂に 「日本独立」12月18日公開”. 映画.com. (2020年10月31日). https://eiga.com/news/20201031/3/ 2020年10月31日閲覧。 
  43. ^ “神木隆之介、『大名倒産』で初のちょんまげ姿に 杉咲花、松山ケンイチ、宮﨑あおいら共演”. リアルサウンド映画部 (blueprint). (2022年12月14日). https://realsound.jp/movie/2022/12/post-1209294.html 2022年12月14日閲覧。 
  44. ^ “北野武監督最新作「首」2023年秋に全国公開「成功したと思っています」”. お笑いナタリー. ナターシャ (2023年4月16日). 2023年5月8日閲覧。
  45. ^ “バトルシップ”. 日曜洋画劇場. 2016年7月17日閲覧。
  46. ^ “浅野忠信が「マイティ・ソー」新作でホーガン役続投、場面カット到着”. 映画ナタリー. (2017年9月28日). https://natalie.mu/eiga/news/250457 2017年9月28日閲覧。 
  47. ^ “Mark Gill To Direct ‘Ravens’, Chronicling The Life Of Legendary Japanese Photographer Masahisa Fukase”. DEADLINE (DEADLINE). (2021年3月30日). https://deadline.com/2021/03/mark-gill-ravens-the-many-deaths-of-masahisa-fukase-tadanobu-asano-kumi-takiuchi-toby-kebbell-1234724763/ 2021年4月2日閲覧。 
  48. ^ “木村拓哉、2年ぶり連ドラ主演 20個目の職業・外科医役に「逃げずに挑んでみたい」”. ORICON STYLE. (2016年11月11日). https://www.oricon.co.jp/news/2081276/full/ 2016年11月11日閲覧。 
  49. ^ “浅野忠信×神木隆之介のバディに期待高まる! 10月スタートドラマ「刑事ゆがみ」で初共演”. ダ・ヴィンチニュース (2017年8月10日). 2017年8月31日閲覧。
  50. ^ “”. NHK PR. NHK (2019年8月22日). 2019年12月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年8月22日閲覧。
  51. ^ “King & Prince永瀬廉、朝ドラ初出演決定 清原果耶ヒロイン「おかえりモネ」追加キャスト発表”. モデルプレス. (2020年9月28日). https://mdpr.jp/news/detail/2241208 2020年9月28日閲覧。 
  52. ^ “連続テレビ小説「おかえりモネ」 新たな出演者発表 《百音の同級生たち》編”. NHKドラマ. ドラマトピックス. 日本放送協会 (2020年9月28日). 2020年9月28日閲覧。
  53. ^ “劇団ひとり『24時間テレビ』SPドラマの監督・脚本を担当 浅野忠信主演で戦没画学生めぐる実話描く”. ORICON NEWS (oricon ME). (2022年7月25日). https://www.oricon.co.jp/news/2243381/full/ 2022年7月25日閲覧。 
  54. ^ MINAMI (2021年10月1日). “リメイク版「将軍 SHŌGUN」浅野忠信&二階堂ふみら出演決定 ─ アンナ・サワイがまり子役、西岡德馬&平岳大&阿部進之介らも”. THE RIVER. 株式会社riverch. 2022年8月2日閲覧。
  55. ^ “『ブラッシュアップライフ』に浅野忠信が出演 安藤サクラと水川あさみを見つめる謎の男役”. リアルサウンド映画部 (blueprint). (2023年3月5日). https://realsound.jp/movie/2023/03/post-1272854.html 2023年3月6日閲覧。 
  56. ^ “もしや映画化!?岡田准一、浅野忠信「史上最大の作戦」”. スポニチアネックス (2016年1月29日). 2016年1月29日閲覧。
  57. ^ “大島優子がおしゃれな鬼太郎に! 浅野忠信はねずみ男、土屋アンナは猫むすめ”. T-SITE (2015年10月14日). 2015年10月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年10月14日閲覧。
  58. ^ “浅野忠信、ピカチュウになる!「ポッ拳」CMで芦田愛菜と真剣勝負”. ORICON NEWS (2017年9月14日). 2017年9月18日閲覧。
  59. ^ “第39回日本アカデミー賞優秀賞決定!”. 日本アカデミー賞公式サイト. 2016年1月18日閲覧。
  60. ^ “日本映画批評家大賞 2016公式サイト”. 日本映画批評家大賞. 2016年5月26日閲覧。
  61. ^ “浅野忠信、アジア・フィルム・アワードで海外にアピール!「みなさんと仕事をしたい」”. Cinema Café.net (2016年3月18日). 2019年2月22日閲覧。
  62. ^ “史上初!2年連続でアジア・フィルム・アワード受賞の浅野忠信が喜び語る”. 映画.com (2017年3月22日). 2019年2月22日閲覧。
  63. ^ “池松壮亮が坊主頭でTAMA映画賞に出席、黒沢清は作品賞獲得し「幸せな日」”. 映画ナタリー (2017年11月18日). 2017年12月4日閲覧。
  64. ^ “助演男優賞 受賞結果 1位:浅野忠信 | 第92回”. ザテレビジョンドラマアカデミー賞. KADOKAWA. 2022年8月23日閲覧。
  65. ^ “【2017年間ドラマ賞】「主演男優賞」に浅野忠信 『刑事ゆがみ』は「僕に自由への一歩を踏ませてくれた」”. ORICON NEWS (oricon ME). (2018年2月26日). https://www.oricon.co.jp/news/2106376/full/ 2018年2月26日閲覧。 
  66. ^ “浅野忠信、アジア映画の出演が決定!?桜庭ななみや行定勲とAPNアワード受賞”. 映画ナタリー. (2016年10月26日). https://natalie.mu/eiga/news/206955 2016年10月27日閲覧。 

外部リンク

  • 浅野 忠信|ANORE INC
  • 浅野忠信 ASANO TADANOBU (@asano_tadanobu) - Twitter
  • 浅野忠信 (@tadanobu_asano) - Instagram
  • TADANOBU ASANO / 浅野忠信 (tadanobu.asano.official) - Facebook
  • “Tadanobu Asano” (英語). IMDb.com. Internet Movie Datebase.com, Inc. (2011年). 2011年8月4日閲覧。
    • “Tadanobu Asano - Biography” (英語). IMDb.com. Internet Movie Datebase.com, Inc. (2011年). 2011年8月4日閲覧。
  • “”. (公式ウェブサイト). SAFARI (2003年). 2011年8月4日閲覧。[](アーカイブサイト)
  • 浅野忠信 - NHK人物録
  • - ウェイバックマシン(2015年4月8日アーカイブ分)
  • - ウェイバックマシン(2009年2月6日アーカイブ分)
  • - ウェイバックマシン(2006年8月19日アーカイブ分)
ウィキペディア、ウィキ、本、library、論文、読んだ、ダウンロード、自由、無料ダウンロード、mp3、video、mp4、3gp、 jpg、jpeg、gif、png、画像、音楽、歌、映画、本、ゲーム、ゲーム。