新町通(しんまちどおり)は京都市の南北の通りの一つ。
概要
北は玄以通から、南は京都駅で分断されるが、久世橋通の南まで延びている。
町小路から新町通に名前が変わった理由ははっきりしないが、その時期は、およそ元亀の頃から天正初年頃の1570年代前半と推定されている[1]。
京都府庁の東側と東本願寺の西側を通っている。御池通から五条通までは北行き一方通行、五条通から七条通までと八条通から十条通までは南行き一方通行である。
祇園祭で、御池通を西に進む山鉾が左折して新町通を下がり、それぞれの鉾町に帰っていく、巡行の最後の経路にあたっている。そのため、通の上を横断する電線が張られていない。
寺之内通から下立売通に掛けては、第二次世界大戦中建物疎開が行われ、その結果、拡幅された今の形となっている。なお、上立売通から北については新町通が(筋違い)になっているため、別の部分が拡幅されている。地元では、拡幅されたこの通りを新新町通(しん・しんまちどおり)と呼ぶこともある。
沿道の主な施設
脚注
- ^ 高橋康夫「京の通り名」(高橋康夫・中川理編『京・まちづくり史』)