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持明院 基保(じみょういん もとやす)は、鎌倉時代前期から中期にかけての公卿。権中納言・持明院保家の長男。官位は正二位・権中納言。
経歴
正治元年(1199年)従五位下。その後左近衛少将、美濃守、内蔵頭、右兵衛督等を経て、貞応元年(1222年)に従三位・左兵衛督となり公卿に列せられる。
嘉禄2年(1226年)に正三位、天福元年(1233年)従二位・参議、文暦元年(1234年)に備前権守、嘉禎元年(1235年)に権中納言となるが、翌年に辞している。しかし、暦仁元年(1238年)には正二位に昇っている。
系譜
外部リンク
- 持明院家(保家家系) - Reichsarchiv 〜世界帝王事典〜