歴史
1513年(永正10年)に開山された[2]。その後、存慶(1666年(寛文6年)寂[1])によって中興された[3][2]。
江戸時代中期(宝暦)には、本堂を始め諸伽藍(観音堂・不動堂・閻魔堂・弁天堂・神明宮)を擁していた[4]。
元々は江戸本所押上(現・東京都墨田区押上)に位置していた[1]が、1923年(大正12年)の関東大震災で伽藍を焼失し、1927年(昭和2年)に現在地に移転した[3][2]。
交通アクセス
- 新小岩駅より徒歩17分(経路案内)。
脚注
参考文献
- 葛飾区教育委員会社会教育課 編『葛飾区寺院調査報告 上』葛飾区教育委員会、1979年
- 「押上村 徳正寺」『新編武蔵風土記稿』 巻ノ25葛飾郡ノ6、内務省地理局、1884年6月。(NDLJP):763979/5。
- 墨田区教育委員会社会教育課編集『むかし墨田にあったお寺』墨田区教育委員会社会教育課、1983年3月、8頁。