平林(ひらばやし または たいらばやし)は、古典落語の演目。字違い(じちがい)、名違い(なちがい)とも。
概要
演題の読みについて、「ひらばやし」は東京落語で、「たいらばやし」は上方落語で広く用いられる。
原話は『醒睡笑』の一編「推は違うた」。また、名の読み方を巡る騒動を描いた類似の民話が各地に残る。
10分程度の短さの中に、多くのクスグリが含まれる構成であり、若手が鍛錬のために演じる「前座噺」のひとつとして知られる。芸歴を経ても好んで演じる演者は東西とも多く、(2代目立花家花橘)に、ゆっくりした口調で15分以上かけて演じた音源が残る。
あらすじ
商家の丁稚の定吉は、(東京では平河町、上方では本町に住む)医師の「平林(ひらばやし)」邸に挨拶にたずね、手紙を届け、その返事をもらって来るよう、店主から頼まれる。
定吉は、行き先を忘れないように口の中で「ヒラバヤシ、ヒラバヤシ」と繰り返しながら(あるいは、お使いの不平をぼやきながら)歩くが、結局忘れてしまう。定吉は思い出すため、手紙に書かれた宛先の「平林」という名前を読もうとするが、そもそも字を読むことができなかったことに気づく。そこで、通りかかった人に、「平林」の読み方をたずねることにする。最初にたずねられた人は「それはタイラバヤシだ」と答える。安心した定吉は、別の人に「タイラバヤシさんのお宅は知りませんか?」と聞くが、要領を得ないので手紙を見せると、その人は「『平』の字はヒラと読み、『林』の字はリンと読む。これはヒラリンだろう」と定吉に教える。また別の人に「ヒラリンさんのお宅は知りませんか?」と聞き、手紙を見せると、「イチハチジュウノモクモク(一八十の木木)と読むのだ」と定吉に教える。さらに別の人が同じように定吉に問われると、「ヒトツトヤッツデトッキッキ(一つと八つで十っ木っ木)だ」。
困った定吉は、教えられた読み方を全部つなげて怒鳴り、周囲の反応を待つことにする。怒鳴りはやがてリズミカルになり、歌のようになっていく。「タイラバヤシかヒラリンか、イチハチジュウノモークモク、ヒトツトヤッツデトッキッキ」
やがて定吉の周りに人だかりができる。そこを通りかかった、定吉と顔見知りの職人の男が駆け寄ると、定吉は泣きながら「お使いの行き先がわからなくなった」と職人に訴える。職人が「その手紙はどこに届けるのだ?」と定吉に聞くと、
「はい、ヒラバヤシさんのところです」
バリエーション
定吉が叫ぶシーン以降からサゲに至るまでの演じ方は時代、東西、演者によって非常に多岐にわたる。
- 野次馬に定吉が返答してサゲとなり、平林医師が登場しないもの。
- 野次馬の中から平林医師が登場するもの。
- 定吉と平林医師が知り合いではない場合。ひとりの男が「何をやっているのだ?」と定吉に聞く。定吉は「人を探しているんです。ところで、あなた様の名前は?」と男にたずねる。「私は平林(ひらばやし)だ」「ああ、似ているけど違う」
- 上記に続けるもの。「ヒラバヤシ、おしい!」「違う、私はヒラバヤシ・ノボルだ」
- 定吉と平林医師が知り合いの場合。定吉が人だかりの中に平林医師を見つけ、「こんにちわ! ……ああ、お宅に用事はおまへんわ」(上方)。
- 定吉と平林医師が知り合いではない場合。ひとりの男が「何をやっているのだ?」と定吉に聞く。定吉は「人を探しているんです。ところで、あなた様の名前は?」と男にたずねる。「私は平林(ひらばやし)だ」「ああ、似ているけど違う」
出典・参考
- 武藤禎夫「定本 落語三百題」解説