歴史
前221年、秦朝は現在の富陽・建徳・桐廬を含む地域に富春県を設置した。9年(始建国元年)、新朝を建てた王莽により誅歳県と改称されたが、後漢になると再び富春県に戻された。225年(黄武4年)、呉は富春県の一部に建徳県・新昌県を、翌年には新登県を設置した。394年(太元19年)、東晋は簡文帝の生母宣太后の諱が鄭阿春であったことより、同字を避諱して富陽県と改称した。
589年(開皇9年)、隋朝は富陽県を銭唐県に編入したが、607年(大業3年)に再設置、1960年8月にも桐廬県に編入されたが翌年12月に再置された。1961年12月に桐廬県の旧新登県管轄地域が富陽県に移管された。
行政区画
交通
鉄道
- 中国鉄路総公司
- (杭黄旅客専用線)
- (黄山方面)- 富陽駅 -(杭州方面)