冨樫 総一(とがし そういち、1914年 - 1973年)は労働官僚。労働事務次官を務めたのち退官し、中小企業退職金共済事業団理事長等を歴任。
人物
秋田県秋田市大町五丁目出身。旧制東京商科大学(一橋大学の前身)で、日本で初めて労働法講義を開講した労働法学者(孫田秀春)のゼミナールに所属し労働法を学ぶ。妻は、孫田の長女。大平正芳元総理大臣は大学の同期で、大平らと憲法の田上穣治講師や国際法の大平善梧教授が中心となっていた研究会で勉強し、高等試験行政科に上位の席次で合格した[1]。
大学卒業後、内務省社会局に入り、以来、奈良県警務課長、長崎県警務課長を務めたほかは、一貫して労働行政にたずさわり、戦後は労働三法である労働組合法や労働関係調整法といった重要法案の立案も担当、著書も多数執筆し、労働行政において重きをなした[2]。
趣味は囲碁、将棋、酒で、囲碁は三段、将棋は二段だが、スポーツには興味がない。無精ひげに、ズレたネクタイ、ボタンは外れっぱなしというスタイルで、省内では変わり者と評されるなど、個性的な人物とされる。事務次官就任時の祝いの電話に対しては「よくおれのような男が次官になれたものだよ」と答えた[2]。
略歴
著作
- 『経済問題一般(時報選書 1)』((時報社)、1939年)
- 『決戦と勤労(勤労青年文庫)』((麹町酒井書店)、1943年)
- 『労働関係調整法詳解』((労務行政研究所)、1946年)
- 『労働法規疑義解説全書』((労働文化社)、1948)
- 『労働組合(社会科文庫)』((三省堂出版)、1949年)
- 『勞働法總論(勞働教育講座 / 中央勞働學園編 ; 6)』(中央労働学園、1950年)
- 『勞働法各論(新勞働教育講座 / 中央労働学園編 ; 7)』(中央労働学園、1951年)
- 『改正労働三法の早わかり』((労働法令協会)、1952年)
- 『労働問題の基礎知識』(労務行政研究所、1953年)
- 『労働問題概論』(労務行政研究所、1956年)
- 『労働経済論』(労働法令協会、1956年)
- 『日本労働問題入門(近代経済入門シリーズ 第9))』(春秋社、1958年)
- 『日本労働問題入門[改訂版](近代経済入門シリーズ 第9)』(春秋社、1960年)
- 『冨樫総一』(冨樫総一氏追想録刊行会((日刊労働通信)社内)、1974年)
脚注
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