概要
戦国時代後期、天永源曉(1576年(天正4年)寂)によって開山された[2][1]。
本尊は阿弥陀如来立像で、1707年(宝永4年)に船江弥兵衛尉宗正によって寄進されたという[3]。
境内には「登志子地蔵」と呼ばれる地蔵菩薩立像がある。1935年(昭和10年)5月に発生した少女殺害事件の被害者を弔うために建てられた[3]。平成時代以降、当寺や地元町内会が中心となってNPO法人「馬込子まもり会」を組織し、青少年健全育成や防犯のための活動を行っている。具体的には子ども食堂の運営や被害者の命日に近い5月最終日曜日に「登志子地蔵大祭」と呼ばれる祭りを開いている[4]。
交通アクセス
- 馬込駅より徒歩5分。
脚注
参考文献
外部リンク
- 金光山宗福寺 曹洞宗系単立寺院