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如渕(じょえん、生年不詳 - 天正16年(1588年?))は、戦国時代から安土桃山時代にかけての臨済宗の僧。長宗我部氏の家臣。真西堂如渕(しんせいどう -)とも呼ばれることもある。吉良親貞の庶子で吉良親実の庶兄。(吉良宣義)の甥という説もある。
経歴
土佐国に下向していた南村梅軒に土佐南学を学んだ後に上京。東福寺や妙心寺で修行して土佐国帰国。宗安寺の住持となった。 長宗我部元親に招かれ、岡豊城で儒学(南学)の講義を行ったが、長宗我部盛親の家督相続問題で弟・親実が自害させられると、それに連座して殺害された。
有名な七人みさきの一人になったといわれる。中村の太平寺に逃れて、その後に上京したという説もある。「(吉良物語)」の著者とされている。