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今津灯台

今津灯台(いまづとうだい)は、兵庫県西宮市今津西浜町に所在する民営(酒造会社の大関株式会社が運営)の灯台[1]。現役の航路標識として使われている灯台としては日本最古のものである。西宮市指定文化財。

大関酒造今津灯台

東側・遠景
航路標識番号
[国際標識番号]
3632
位置 北緯34度43分14.36秒 東経135度20分45.97秒 / 北緯34.7206556度 東経135.3461028度 / 34.7206556; 135.3461028座標: 北緯34度43分14.36秒 東経135度20分45.97秒 / 北緯34.7206556度 東経135.3461028度 / 34.7206556; 135.3461028
所在地 兵庫県西宮市今津西浜町17
塗色・構造 四角形灯篭形、木造
灯質 不動緑光
光達距離 8.0海里
塔高 6.7 m (地上 - 塔頂)
灯火標高 7.7 m (平均海面 - 灯火)
(テンプレートを表示)
今津港より沖合を望む

概要

現存する灯台は1858年安政5年)に再建されたもの。高さ6m余り(基礎を含むと約6.7m)の木造袴腰付灯籠形・銅板葺屋根で、(竜山石)の基壇上に建てられている[1]

灯火部分には格子が組まれているが、これは当初点灯に油皿を使用し、風雨を防ぐために油障子が貼られていた名残である[1]

台石に刻まれた「象頭山常夜燈」の文字は、海上交通の守り神・金刀比羅宮に奉納された灯明台を意味している。地元の人々からは「灯篭」の愛称で親しまれた[1]

沿革

今津郷の酒造家であった長部家によって1810年文化7年)に設置され[2][1]樽廻船による日本酒をはじめとして、木綿干鰯といった荷を積んで今津港を出入りする船の安全を守っていた[3]。かつては毎晩大関の丁稚が油2合を携えて点灯に向かっていたが、大正時代には電灯となり[4]、その後は周辺の明るさに応じて自動点火するようになっている[1]

1968年昭和43年)には航路標識として許可を受け[5]、今津港が産業港からレジャーの場となった[3]現代に至るまで灯台として現役であり続けている。

2016年平成28年)3月、灯台の沖合において、兵庫県が策定した「津波防災インフラ整備計画[6]」による「新川・東川統合水門」の建設工事が着工[注 1][7]。それに伴い、大関が灯台として継続使用するための移設を検討し(南側沖合付近などが候補地として挙げられている)、県が調整を行っている[7][8]

年表

交通アクセス

灯台や記念碑に近づいての見学は可能だが、前述の工事に伴う仮囲いや資材等により景観が変化しているため、注意が必要である。

鉄道

バス

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ 本工事を含む整備計画関連工事の完成は、2023年度を予定している。

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l 新西宮歴史散歩 P.17
  2. ^ a b c d 今津灯台[] - 西宮市、2013年10月29日閲覧。
  3. ^ a b 山下忠男『町名と祭りの話』西宮商工会議所、2012年、257-258頁。 
  4. ^ 今津灯台物語 - 大関、2013年10月29日閲覧。
  5. ^ 簡易標識・許可標識について (神戸海上保安部)
  6. ^ 津波防災インフラ整備計画 ~巨大津波に備えた防災・減災対策~ (PDF) - 兵庫県 2015年6月
  7. ^ a b 今津港の水門建設で灯台や砂浜、どうなる? - 朝日新聞デジタル 2016年06月04日
  8. ^ 国内最古の現役灯台 津波防災工事で移転へ 西宮 - 神戸新聞NEXT 2016/11/11
  9. ^ 大関二百八十年史 P.453

参考文献

  • 西宮市立郷土資料館 編『西宮市文化財資料第47号 新西宮歴史散歩』西宮市教育委員会、2003年3月31日。 
  • 『大関二百八十年史』大関株式会社、1996年4月1日。 

関連項目

外部リンク

  • 大関 今津灯台スペシャルサイト
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