五箇山トンネル(ごかやまトンネル)は、富山県南砺市にある国道304号のトンネル。このトンネルと梨谷トンネル・梨谷大橋の開通により、それまで難所・細尾峠に行く手を阻まれてきた五箇山地区と城端地区が通年で往来できるようになった。全長3072メートル[2]は富山県の道路トンネルとしては第3位(2006年(平成18年)8月現在)である。
五箇山トンネル(城端側)(2010年撮影) | |
概要 | |
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位置 | 富山県南砺市 |
座標 | 北緯36度27分13秒 東経136度55分11秒 / 北緯36.45361度 東経136.91972度座標: 北緯36度27分13秒 東経136度55分11秒 / 北緯36.45361度 東経136.91972度 |
現況 | 供用中 |
所属路線名 | 国道304号 |
起点 | 富山県南砺市大鋸屋[1] |
終点 | 富山県南砺市梨谷[1] |
運用 | |
建設開始 | 1979年(昭和54年) |
開通 | 1984年(昭和59年) |
通行対象 | 自動車・歩行者 |
技術情報 | |
全長 | 3,072 m[2] |
道路車線数 | 2車線(片側1車線) |
歴史
藩政時代より生活物資が運ばれた旧五箇山街道で知られるが、積雪期の街道は高さ4 mも積もる雪の下に埋もれ、しばしば雪崩にも襲われた[3]。「人喰谷(ひとくいだに)」「朴峠(ほうとうげ)」の区間は、急峻な斜面を開削してつくられた狭隘な道で、その道の厳しさは、民謡『五箇山追分』の一節にも表現されたように、五箇山の住民たちは城端の町へ出るために雪崩の恐怖におびえながら通行したといわれる[3]。地元地域住民の国道昇格の熱意が叶って、1970年(昭和45年)にこの道が国道304号として国道昇格し、道路改良整備が進められることになった[3]。地元住民の悲願であった「冬季間も途絶することのない道路のためにぜひともトンネルを」の思いは、国道昇格から9年後の1979年(昭和54年)に五箇山トンネルとして着工されることとなり、総事業費59億7000万円(当時)と5年の歳月をかけて、1984年(昭和59年)3月10日に五箇山トンネル(3070 m)を含む延長3350 mのバイパス道路が開通した[3]。
この開通によって、城端町 - 平村間の国道304号の延長が24.5 kmから12.5 kmへと大幅に短縮され、冬季間の積雪時においても通行の安全が確保されたことから、地元住民の生活や地域産業の発展に大きく寄与することとなり[3]、1987年(昭和62年)8月10日の道の日に、旧建設省と「道の日」実行委員会により制定された、「日本の道100選」の一つにも選定されている[4]。
年表
地理
五箇山トンネルがある五箇山地方は、白山山系の標高1000 m級の急峻な山岳地帯にあり、トンネル開通以前は平野部と隔絶された地域であったため、独自の文化と風俗が培われてきた地であった[7]。平家の落人集落の伝説がある地でもあり、江戸時代は加賀藩によって火薬の原料となる煙硝の生産地であった[7]。世界文化遺産に登録された相倉合掌造り集落や、「こきりこ節」「麦屋節」などの民謡民舞が生まれるなど独自の文化があるところとして、全国的にも知られる[7]。