- ロンバルド=ヴェネト王国
- Regno Lombardo-Veneto (イタリア語)
Königreich Lombardo-Venetien (ドイツ語) -
(国旗) (国章) - 国の標語: Austria Est Imperare Orbi Universo(ラテン語)
全世界を統べるのがオーストリアの使命である - 国歌: Inno imperiale(イタリア語)
神よ、皇帝フランツを守り給え
ロンバルド=ヴェネト王国の位置(1815年)
ロンバルド=ヴェネト王国(ロンバルド=ヴェネトおうこく、イタリア語: Regno Lombardo-Veneto、ドイツ語: Königreich Lombardo-Venetien)は、19世紀の北イタリアに存在し、オーストリア帝国(ハプスブルク君主国)の構成国であった王国である。
歴史
ウィーン会議により1815年6月9日に公式に成立し、ミラノ公兼マントヴァ公だったオーストリア皇帝フランツ1世がロンバルド=ヴェネト王フランチェスコ1世となった(在位:1815年 - 1835年)。そして以後もオーストリア皇帝が国王を兼ねた。
フェルディナンド1世(皇帝フェルディナント1世)統治時代の1848年3月22日、ミラノの5日間の蜂起の後、ミラノのオーストリア人は捕らえられ、ロンバルディア臨時政府の成立が宣言された。ヴェネツィアでも同年3月23日に反オーストリア勢力の蜂起が起こり、ヴェネツィア臨時政府の成立が宣言された。しかし同年7月24、25日にクストーザでサルデーニャ王国軍に対してオーストリア軍が勝利した後、8月6日にミラノは再占領され、ロンバルディア臨時政府は解散させられた。翌1849年8月24日にはヴェネツィアもオーストリアに降服し、ヴェネツィア臨時政府も解散させられた。
ロンバルド=ヴェネト王国は、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世のイタリア独立戦争時代の1859年に第二次イタリア独立戦争の際にロンバルディアがサルデーニャ王国に占領され、1861年にロンバルディアはイタリア王国の一部として併合、1866年の普墺戦争に介入した第三次イタリア独立戦争でヴェーネトが併合されるまで続いた。
歴代国王
王 | 副王/総督 | ||
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フランチェスコ1世 | 1814年–1835年 | ハインリヒ・レウス・プラウエン総督 | 1814年–1815年 |
(ハインリヒ・ヨハン・ベルギャルド)総督 | 1815年–1816年 | ||
(アントニオ・ヴィットーリオ)副王 | 1816年–1818年 | ||
ラニエーリ・ダズブルゴ副王 | 1818年–1835年 | ||
フェルディナンド1世 | 1835年–1848年 | ラニエーリ・ダズブルゴ副王 | 1835年–1848年 |
フランチェスコ・ジュゼッペ1世 | 1848年–1859年 | ヨーゼフ・ラデツキー副王 | 1848年–1857年 |
マッシミリアーノ1世・ダズブルゴ副王 | 1857年–1859年 | ||
(フェレンツ・ジュライ)副王 | 1859年 | ||
(ハインリヒ・ヘルマン・フォン・ヘス)副王 | 1859年 |